みなさん、「文科省EDGEプログラム」って聞いた事ありますか?これは、正式には「グローバルアントレプレナー育成促進事業」と言うもので、文部科学省が全国の大学に募集を呼びかけた採択事業です。
大阪府立大学が応募したプログラムも見事採択され、2014年の秋から中百舌鳥キャンパス内に事務局が立ち上がりました。府大のプログラム名は「地域産学官連携型持続的イノベーション・エコシステム拠点:科学技術駆動型イノベーション創出プレイヤー養成プログラム」。通称「Fledge」、巣立ちさせるという意です。高度研究者を実質的な起業家として育成するプログラムです。
では具体的にどういった内容のプログラムなんでしょうか?そこに関わる人はどんな想いを持ってこれからこのプログラムを進めていくのでしょうか?
今回、ミチテイク・プラスのインタビュー企画として、プログラムを立案し、実際に講師もされている広瀬正特認教授にお話をお伺いする機会を頂きました。
以前は日立の研究者をされていた広瀬先生、その幅広い経験をベースにしたお考えや、いま感じてらっしゃることなど、実際にFledgeの講義に参加したこともある大学院生と共に、様々なお話をお伺いしました。

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聞き手― 岡本 恵典さん(大学院理学系研究科 博士前期課程2年(2014年当時))、広報課

 

◆広瀬 正(ひろせ ただし)

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【プロフィール】
慶應義塾大学理工学部、慶應義塾大学大学院理工学研究科卒業。株式会社日立製作所システム開発研究所にてOS/DBの開発及びエキスパートシステム、意思決定支援システム、AI(人工知能)関連研究・開発。1994年より、情報・通信事業グループの新事業企画、事業戦略の策定を担当。2000年より、米国シリコンバレーにてベンチャー企業への投資・企業育成を担当。スタンフォード大学ビジネススクール・コーポレートガバナンスコース修了。投資先ベンチャー企業のBoardメンバーとしてベンチャー育成を推進。2005年に日本へ戻り、日立製作所研究開発本部CVC室(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)室長。同社退社後、2014年より大阪府立大学特認教授。

 

――今回、広瀬先生が参画されることになったこの府大プログラムは「文部科学省グローバルアントレプレナー育成促進事業」、通称「文科省EDGEプログラム」です。先生は、このプロブラムの狙いについて、どうお考えでしょうか?

広瀬 EDGEというのは、2004年頃やってきた大学発ベンチャーを1000社作ろうという政府の施策があって、その時は結果として2000社くらいできたんです。でも息が続かなかった。その反省から立ち上がったプログラムだと私としては思っています。

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その時の狙いは2つあります。1つは人材の教育。会社をつくってもそれを運営する人材がいないといけないということがわかりました。
もう1つは、大学が持つ役割の変化。明治の始めに大学ができましたが、ある時から、人材を輩出するだけの役割に加えて、研究機能を入れたんですよね。それは人材がいれば産業が発達したという時代から、良い研究がないと、先進研究がないといけないという時代になり、やがてそれを一緒に行いましょうという流れが生まれました。したがって大学には、教育と研究、2つの流れができました。
しかし今は3つ目が求められています。それは、知の創造が研究だとしたら次はそれをどう「活用」するか。それはすごく大きな変化だと思うんですよね。今はその変化が起きている時で、このEDGEプログラムの役目は「起業家たる人材をつくる」ということと同時に、「大学は知の活用拠点」にもなれ、という命題が入っています。僕はそう考えているし、今はそういうことが期待されていると思いますね。

 

――経済界や社会でも、ベンチャーへの期待が高まっています。社会的なニーズとして、今、なぜベンチャーなのか? またアントレプレナーシップ、いわゆる「起業家精神」は現代の社会でどのように必要とされてきているとお考えでしょうか?

広瀬 非常に必要とされていますよね。起業家精神とは「頑張って、元気になれ」ということで、昔からあったわけですよ。松下幸之助も、本田宗一郎も起業家精神にあふれていたと思うんです。でも恵まれた時代になると、忘れてしまうのかな。甘えるところがあると思うんですよね。起業家というのは、現状に甘えず、もっと良くしようと思わないとダメ。発展しないということは、ともすれば衰退になってしまう。いつも自転車操業というわけではないですが、発展していないと、元気が出ません。
だから「失われた20年」と言いますけど、今、日本だけに限らず、みんな満足してしまっている。満たされていて、次に行こうとしていないところが、起業家精神が特に必要だと言われている所以だと思うし、それは大切なことだと思いますね。
社会としては停滞すると、次第に衰退します。社会的にはそうですが、個人としては、それぞれ幸せに生きればそれでいいわけ。でも起業家精神は社会的にも必要とされているし、個人としても起業家精神を持った方が、楽しいんじゃないなかと僕はそう思っています。起業家精神って、そんなに難しいことではなくて、現状に満足せずに、元気よく生きよう、新しいことをやろう、大きくなろう、成長しようということですからね。

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――日本の起業家に足りないと思うことはなんでしょう?

広瀬 あえていえば、グローバルの常識がまだ足りない。僕はアメリカに5年、特にベンチャーキャピタリストとして住んでいたので、非常に強く思いますよね。常識が足りないというのは、何が足りないの?違うの? と言われると、表現が難しいのですが、あらゆる事が違うんですよ。大きく言えば、例えば多民族、他の人種と話をする時に、相手の考えが違うということを、どれだけ受け入れられるかという感覚です。日本だけ閉じて生きていく時代でもありません、単に英語ができるということではなくて、意見の違う、違う意見も受け入れられる、認められるかということだと思います。そういう感覚そのものが例えば「グローバル化」な訳で、それを身につけるのはなかなか難しい。海外旅行が楽になったからグローバル化していると思ったら大間違いで、まだまだ勉強すべきじゃないかな、と思います。

――今回の府大プログラム「科学技術駆動型イノベーション創出プレイヤー養成プログラム」、通称Fledgeの概要をお聞かせください。

広瀬 Fledgeというのは、先ほどお話した、文科省の人材教育プログラムを府大で行いましょう、ということです。1つは人材教育、もう1つは知の活用拠点になろうと、それからイノベーションの拠点になろうと。もっとわかりやすく言えば、ベンチャー企業を創出するならば、みんながやりやすく取り組めるよう、拠点を作ろうと。この2つから成っています。
特徴は、実際の知識の教育だけじゃなくて、演習を中心に行います。それから、さっき言ったように、グローバル化を身につけることで、すでにシリコンバレーのオフィスを作りました。シリコンバレーとは月に一度、スカイプで話をして、みんながそういう常識を持てるようにするのが特徴です。これはなぜかと言ったら、においとか顔つきとか、どういう風に話すかとか、そういう事が実感としてわからないと、グローバルな常識が入ってこないと思っています。だから常につながってるような感じになればいいと思っています。F「l」edgeのエフは府大のエフですが、エルは、Live(ライブ)のエルなんですよ。
それに、地域の人にも開放しています。府大の院生のみならず、学部の学生、地域の方、卒業された方、地域の方も参加できます。知の拠点にするためには、大学の関係者だけで行っていても、知の拠点とは言えませんよね。外部の方もアクセスできるということが特徴です。

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――今回、このプログラムに参画しようと思った理由についてお聞かせください。

広瀬 私は、今話したような事をみんなに伝える事が大切だと思い、アメリカに行って、2004年からは社内でも同じようなプログラムを動かしてたんですけど、投資側、つまりお金を出す側で、プレイヤーの側でなかったんですよ。最初はプレイヤーの側で、さっき言ったように電子書籍を作ったりしていたたんですけど、あるところから、経営者の側に入っちゃった。で、もう一度ね、「ワクワク」したくて来ました。プレイヤーの側に入ってもう一度やってみたい、あるいはみんなに伝えたい、ということです。
プレイヤーはね…起業家精神のプレイヤーというのか、面白いんですよ。何が一番の楽しさかというと、ワクワクするんですよ(笑) 例えばラグビーでもサッカーでも、みんなで勝つとワクワクするでしょ? 同じですよね。そういうワクワク感が楽しいと思ってこのプログラムに参加しようと思いました。

――Fledgeの一環の取り組みや講義を通し、府大生にどのようなことを期待していますか? また将来、どのような人材となって欲しいと思いますか?

広瀬 まだたくさんの府大生とはお話してないんですけど、結構元気で、自分をもっておられる、というのかな。チャレンジ精神を持っていると思うんですよね。だから世の中の常識というのか、さっきのグローバルの常識もそうですけど、世の中の常識をもうちょっと持って、こちらからは正しいチャレンジ法というものを伝授するので、大いにチャレンジして欲しいですね。起業するのもそれは大きなチャレンジで起業して欲しいし、だけど起業しなくても、会社に入ってもね、チャレンジするような会社になるように導くような人材になって欲しい。そういう志を持って欲しいですね。

――少し話を変えまして、広瀬先生の学生時代の様子をお聞かせください。ご自身が今、大学生と接すれば接するほど、自分の時のギャップというか、違いが見えてくるものだと思います。そういったところで、今の学生には感じられないけど、先生はこういう事を考えていた事などあればお聞かせください。

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広瀬 僕の時代は、まだ学生闘争がある時代で、世の中が非常に大きく動いていました。高校生だったけれど、そうした社会の動きには非常に敏感でした。僕は学生運動しなかったけども、でも全員巻き込まれたわけだから、そういうことで熱くなっていた時代でしたね。今は平和慣れしちゃっているのか、やっぱりね、若者なりになにか持っててもいいんじゃないかな。情熱を傾けるものがあれば、それはそれで面白いんじゃないかなと思います。でもね、皆さん僕が思っていたよりは、元気ですよ。

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――従来の「教育と研究」だけでなく様々な価値創造や貢献が大学に求められています。先生から見た、大学に求められている「プラスアルファ」のミッションとは何とお考えでしょうか?

広瀬 繰り返しになりますけど、先ほどお話した「地域の知の活用になる」ということだと思います。これはアメリカは10年進んでいて、大学に対して「大学ありがとう」と思ってる人がたくさんいるというのかな。僕が投資していた先のベンチャー会社の社長は「将来、何やりたい?」と聞いたら、「僕はテキサス大学の出身で(大学に)お世話になったから、儲かったらテキサス大学に寄付したい」と言うんです。
自分の出身校を「母校」と言うでしょう? 母の校と書いて。だけど特にアメリカは、定年まで雇用があるという世界ではなくなっていますから、母校に戻ることへのニーズが高まっています。だから母の校じゃなくて、母の港、つまり「母港」ですよね。こういう(母校に戻れる)機能が(大学には)どうしても必要になってくると思うんです。それは最初に言った、文科省EDGEプログラムの考え方と同じで、(大学には)やっぱりそうなって欲しい。府大もそうあるべきだと思います。
どこの街でもそうなんですが、なぜ大学にこういう機能を求めるかというと、これは想像だけれども、大学は組織として長く続くんですよ。長く続く安定感というのかな、安定感のあるものでないと、母港にはならないでしょ? 落ち着いた、安定感のある、100年の計でやるということがやっぱり大切で、そうしないと、みんなが安心して、帰るところではなくなりますよね。困った時に帰ってくればいいんです。調子がいい時は頑張って周りで働いてくれればいいんです。困った時に帰って来れるような、そういう母港に(府大には)なって欲しいですね。

 

――では、Fledgeが目指す人材育成の観点から、大阪府立大学が大切にしていくべきものは何とお考えでしょうか?
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広瀬 先ほど「母港」と言いましたけど、それに付け加えるならば、元気をもらえるように、活性でないとダメですよね。活性であることには、いろんな手があって、例えば毎年フットボールリーグで優勝するのもいいかもしれないし、府大だったら、鳥人間コンテストで優勝するのも活性化の1つだと思います。新しい技術をちゃんと開発して、良い研究があるのも活性化の1つだと思いますよね。学園祭を一生懸命にやるというのも大切だし、良い研究にいつも努力してるのも大切。でもとにかく母校に帰って来れるところがあって、それが元気ならばいいわけだから、元気でいて欲しいですね。

 

――最後に、この記事をご覧になる方にメッセージをお願いします。

ぜひ府大に来て、元気の出る仲間と一緒になってグローバルに活躍して欲しいですね。受験生の皆さんに伝えたいのは、就職してからでも、自分の会社を変革するくらいの起業家精神を持って欲しいし、または就職せずに自分だけの力で起業する、それらのスキルは、Fledgeできっちり学べるということです。アントレプレナーシップというのは、良い言葉ですから、モットーにしてくれてもいいかと思うんです。
またこれはリーディング(※博士課程教育リーディングプログラム)の時に話したんですが、これからは個人が企業と向き合う時代になります。就職といったら、企業に取り込まれるようなイメージですが、そうではなく、個人が企業に向き合う時代。それは1つのキーワードだと思うんですが、では個人ってどうすればいいのか?そのリーディングの講義であった質問は「マスターで卒業しようか、ドクターまで行こうか」と真剣に悩んでいる大学院生からでした。
答えは何かというと、僕は「価値」だと思います。個人に価値はあって、企業にも価値はあります。その価値がドクターで高められるということは、すごくチャンスだから、価値を高めたいと思ったらドクターに行けばいいと思いますし、今の価値で頑張ろうと思ったら、マスターで出ればいいと思います。
だから大学に入って来る人に言いたいは「大学卒」の価値を考えるということ。それは当たり前なんですが、大学卒ということは、どこかに就職するための符号ではなくて、自分の価値が高まるということを意識してくれると嬉しいですね。
人それぞれ個性があるし、生きてきた軌跡も違う。価値が違うと思うんだよね。だから僕には僕の価値があるだろうし、君には君の価値がある。それを高めたいと思って生きて行くのが、アントレプレナーシップだと思います。僕自身の価値は「アメリカでベンチャーキャピタルに取り組んできた。すすんでやってきた」ということだと思うんです。その価値を最大限に使えるというのは、例えばこういう(府大でこのプログラムに関わる)シチュエーションだと思うから、受験生の皆さんには自分の価値を高めようと自発的に感じて(府大に)来て欲しいですね。

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広瀬先生、ありがとうございました。
通称「Fledge」、「地域産学官連携型持続的イノベーション・エコシステム拠点:科学技術駆動型イノベーション創出プレイヤー養成プログラム」は、こちらのFacebookページから随時情報発信を行っております。
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【取材:岡本 恵典さん(大学院理学系研究科)、皆藤 昌利(広報課)】
【取材日:2014年12月8日】