I-siteなんば「まちライブラリー@大阪府立大学」で開催されているアカデミックカフェ。

2014年4月15日(火)に行われた第1回では生命環境科学研究科の石井実教授をお招きし、街に近い自然である里山をテーマに、チョウについてお話くださいました。その様子をお届けしたいと思います。

アカデミックカフェの様子

<プロフィール>
石井 実(いしい みのる)IMG_1856
生命環境科学研究科 緑地環境科学専攻 教授
理学博士。専門は動物生態学、昆虫学、保全生物学、生物多様性保全。
研究キーワードとして都市や里地里山地域における各種研究(昆虫類の多様性調査、野生獣対策、ビオトープ、外来生物、温暖化、生息域外保全など)
日本鱗翅学会会長 環境省中央環境審議会の小委員会委員長などを歴任

 

「チョウを知る」
まず「チョウと蛾はどこが違うんだ」という質問があると思いますが、チョウと蛾は同じ仲間で、決定的な識別点はありません。現在知られている世界のチョウは約2万種、蛾は約15万種と蛾の方が圧倒的に多くの種が知られています。

ゼフィルス

ゼフィルス

チョウの一生は、成虫が卵を産み、孵化した幼虫が種により決まった植物の葉を食べて育ちます。アリやアブラムシを食べるものもいます。幼虫は最後にサナギになって、羽化します。成虫は花の蜜を吸う訪花性ものばかりではなく、樹液に来るもの、果実に来るものなどいろいろです。チョウは1年間に何回も世代を繰り返す多化性の種と、1年に1世代の1化性の種があります。

石井先生講演風景 石井先生講演風景

 

「チョウを通じて自然が見える」
今、「モニタリングサイト1000」という長期事業を環境省が進めていて、日本のさまざまなタイプの自然を約1000ヶ所選んで継続的に調べていますが、そのうちの約200ヶ所が里山です。この調査を含め、全国の里山を調べてみると、多くの場所でチョウの多様性が減少していることがわかりました。里山環境を改善するとチョウの多様性が回復するので、チョウを見て自然環境を改善していくことができそうです。

全国のチョウの研究者や愛好者に自宅の庭にくるチョウのアンケート調査をしたことがあります。その結果、出現庭数の上位3種はアゲハ、モンシロチョウ、ヤマトシジミでした。これらが全国の市街地の普通種と言えるでしょう。大阪の市街地で調べると、これらに加えてアオスジアゲハが上位に出てくる特徴があります。これは街路樹や公園に食樹のクスノキを植えているからです。

庭とチョウの調査

街路樹や公園の植栽樹によってもチョウの種構成は変わってくるんですが、大阪城公園や靭公園、大泉緑地、大仙公園など都市部の緑地では、とくにユニークなチョウはいないんですね。これが重要なポイントでして、どの公園も種構成は似たり寄ったりで、先ほどの4種を含め、多化性・訪花性で明るい環境を好む草原性・林縁性の種がほとんどです。

これらのチョウは比較的移動性の高い種です。でも、自然環境が残されたところ、例えば箕面公園や生駒山地の山麓にある大阪市立大学植物園などには、もう都市部では見ることのできないチョウがいます。私の好きな里山林のチョウ、オオムラサキは箕面で見ることができました。いろいろな木を植えて都市部に森のような公園を造ったとしても、チョウは騙されないんですね。チョウを調べると自然が見えてくるわけです。

オオムラサキ

オオムラサキ

このように場所によってチョウの種構成は違います。それは幼虫時代に食べる食草が違うから、というのが1つの理由です。都市化が進むと、大きな森や草原、湿地などがなくなり、チョウの種構成は偏っていきます。庭がチョウだらけになるというのも気持ち悪いかもしれませんが、チョウや野鳥などの生息環境も意識して庭造りをすれば市街地にもいろんなチョウが住めるようになるでしょう。

こんなことを書いたのが私の著書『チョウの庭』です。私の庭でも実践しているんですけれど、毎日ひらひらって飛んでくるチョウを見ながら「最近、ホシミスジが増えてきたな」とか「あぁ、ミドリヒョウモンが来なくなったな」などとつぶやいています。住宅地の周りの自然環境が悪くなれば、庭に来るチョウの種や個体数も減ります。「チョウは自然からの便り」なのです。これで「チョウを通じて自然を見る」という原理をおわかりいただけたかと思います。

 

「里山の自然を守る意味」ゼフィルス
チョウから見たとき、都市緑地と里山とでは何が違うのでしょうか。例えば、大阪府北部に残された里山林、三草山ゼフィルスの森では森林性のチョウが種数でも個体数でも多く見られます。また先ほども述べたように、都市部の公園では成虫が花に集まる「訪花性」の種がほとんどですが、三草山では「訪花性」の種は個体数ベースで50%くらいに過ぎず、残りは「樹液食」の種です。

もうひとつ特徴的なのは、三草山には幼虫時代にササ類を食べるヒカゲチョウ類が優占しているのに対して、都市部の公園では「ササ食」のチョウがほとんど見られないことです。ササ原のある都市公園なんてめったにないですよね。それから、これも先ほど述べたように、都市部の公園には移動性の高いチョウが多いのに対して、三草山では定住性のチョウがほとんどです。

そしてこれが最も重要な点ですが、三草山のチョウは日本固有種を含め、東アジアの温帯地域にのみ分布するものが多いという特徴があります。それに対して、都市部の公園では、南方系や北方系の広い分布域をもつチョウが多いんです。つまり三草山のような里山には、日本的なチョウが残存していると言えます。このことは里山の他の動物や植物でも同じです。里山の自然環境がなくなると日本的な生物を失ってしまうということですね。チョウを調べることで、そんなことも見えてくるんです。

石井先生講演風景

里山は三草山のような薪や炭などの燃料、堆肥などを得るために、定期的に伐採・更新することにより維持されてきた二次林のことです。関西の平地ではコナラやクヌギ、アカマツなどからなる雑木林ですね。

私たちにとって里山とは何かですが、まず1つには、これまでいろいろな資源を供給してくれる林でした。「桃太郎」のおじいさんが柴刈りに行った「山」ですね。2つ目には、里山は和歌や民話などを生み出す日本的な文化の温床でもありました。国木田独歩が随筆「武蔵野」に描いた雑木林が里山です。精神的・文化的価値と言ったらよいでしょうか。現在では癒しの場、環境教育の場でもあります。そして3つ目ですが、里山自体は自然の生態系ですので、新鮮な水や空気を生産する能力すらない都市という不完全な人工生態系を補完する「生命維持装置」としての働きがあります。

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これらに加えて最後の重要な観点ですが、いま、里山あるいは水田や牧地なども含む里地里山というのは、日本的な野生生物の避難場所になっているといえます。

これらは「生態系サービス」と呼ばれるものの見方ですけれど、これまで里山はいろいろなサービスを私たちに提供してきたということです。昭和前期の燃料革命や肥料革命によって、現在では経済的価値の低下した里山を守る意味について考えるきっかけになれば幸いです。

また、今回の私の話を通じて、チョウを見れば自然の状態がわかる、「チョウは自然からの便り」ということを知っていただければと思っています。ご清聴ありがとうございました。

チョウは自然からの便り

 

 

おすすめの3冊

(石井教授 おすすめの3冊)

『チョウの庭(森の新聞)』(フレーベル社) 著者/石井 実
さまざまな種類のチョウを呼び寄せる庭づくりに挑戦。庭づくりが進みチョウのことがわかってくると、見なれたはずの庭や町のなかに、それまで気づかなかったチョウのくらしが見えてくる。

●石井教授「この本は写真で構成されていまして、チョウを調べると何がわかるかということを子供向けにやさしく解説したものです。私の家の庭も出てきますよ。だいたいチョウが好きな人っていうのは面白い人たちでして『庭に自分の好きなチョウが来たらいいなぁ』と思う人が多いんですね。私も、堺市の自宅で庭にチョウを呼ぶ試みをやっています。毎日チョウの観察をして、データを取っています。庭は一番近い調査フィールドと私は思っています」

 

『里山の自然をまもる』(築地書館) 著者/石井 実、植田邦彦、重松敏則
里山を多様な生き物の共生する自然環境としてとらえ直し、その生態と人間とのかかわりの中で、環境の復元と活性化をはかる。

●石井教授「私の書いた本の中で最も売れた本はこれでしょうか。1980年代後半に、日本鱗翅学会(チョウとガの学会)で『日本産蝶類の衰亡と保護』という報告書を出版したんですが、それで明確にわかったのは、日本のチョウ類が危機的な状態にあるということでした。その原因は、里山の自然環境が崩壊しつつあるからだということに気づいて、その報告書の内容に基づいてこの本を書きました。当時大阪府立大学におられた他の2名の先生と共に書いた本です。里山という言葉を定着させるきっかけになった本かなと思っています」

 

『蝶、海へ還る――イチモンジセセリ 渡りの謎』(冬樹社) 著者/中筋房夫
渡り鳥のように群れをなして移動する蝶、イチモンジセセリの謎を10年以上研究してきた2人がこの不思議を解き明かした。イチモンジセセリはどこからやってきて、どこにゆくのだろうか、その意義は…? 実験やフィールドワークなどで迫るサイエンス・ノンフィクション快作。

●石井教授「イチモンジセセリという稲の害虫が、秋にどこからどこまで移動するのかということを研究した本です。大学院生時代の『懐かしいな』という思い出がよみがえってきます」

 

【取材日:2014年4月15日】※所属等は取材当時