I-siteなんば「まちライブラリー@大阪府立大学」で2014年7月16日(水)に開催された第4回アカデミックカフェでは、大学院生命環境科学研究科 獣医学専攻 獣医臨床科学分野・高度医療学領域・獣医内科学研究グループの笹井和美教授をお招きし、「動物と人、仲良く暮らすために必要なこと~獣医学の見地から伝える大切なこと~」というテーマでお話いただきました。
<プロフィール>
笹井 和美(ささい かずみ)
大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科 獣医学専攻 獣医臨床科学分野・高度医療学領域・獣医内科学研究グループ 教授
1983年 大阪府立大学 卒業
1983年 大阪府立大学大学院農学研究科獣医学専攻 入学
1988年 同上 修了(農学博士取得)
1989年 日本学術振興会特別研究員
1989年 米国Purdue大学 客員研究員
1990年 大阪府立大学農学部 助手
1993年 米国農務省ベルツビル研究所 客員研究員
1999年 大阪府立大学農学部 講師
1999年 マレイシア農業技術センター 客員研究員
2001年 大阪府立大学大学院 農学生命科学研究科 助教授
2008年 大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 教授(現在に至る)
2012年 大阪府立大学 獣医学類 学類長(現在に至る)
2015年 大阪大学 工学研究科 招聘教授(現在に至る)
獣医師の役割とは
私は獣医師免許を取得して30年あまりこの世界に携わっています。まず、獣医学とは何をするものかというと、獣医療を通じて、人と動物が仲良く暮らしていくための調整を行うことだと私は考えています。
獣医師は国内に38,000名余りいて、その中に犬、猫、小鳥などの小動物臨床に従事している者が15,000名くらいいます。これ以外は家畜の健康を守る獣医師が5,000名。その尊い命を食料としていただく、食の安全・安心を守ることを公衆衛生関係といいますが、これに携わる獣医師が大体5,000名程度います。あと、製薬会社や研究所、大学などで4,000名弱が研究に従事しています。他は、野生動物の保護、動物愛護、環境保全、その他関連する業務で海外にて活動している者もいます。また、獣医師でありながら獣医師の資格の必要ない仕事をしている者も5,000名くらいいます。
人と動物の暮らしの中で起きる問題
人と動物の距離は縮まり、動物は今や家族の一員になっています。日本の3分の1強の家庭で動物が飼われているといわれています。これは増えたり減ったりせず維持されているようで、「動物たちは裏切らない」と、どんどん動物と人の関係は深まって親密になっています。これはとてもいいことですが、時に「ペットロス」などのさまざまな問題につながることもあります。
家族の一員ですから医療もほとんど人間と同じです。当然診療を受けると高額な医療費が発生することもあります。「なぜこんなに高いのか?」それは保険がないからです。公的な保険制度はありません。日本では、人は保険診療で3割負担・高額医療控除が適用されますが、獣医療では、国が所管する家畜共済保険制度が適用される家畜を除き全額個人負担が原則です。また、獣医療は自由診療ですから診療費(価格)は独自に決めないといけないという法律(独占禁止法)もあります。ですから病院ごとに、施設やスタッフの数など、それによって実施できる治療の違いにもよって、診療費も違うのです。
困難な治療法の選択、動物の高齢化
たとえ治療費を支払うことが可能な場合でも、治療方法を飼い主が選択することは難しいことです。獣医師は、飼い主の方に納得頂き、最善と考えて頂ける検査法や治療法を提案します。また、「動物の寿命」と「生きている間の苦しみなど」を天秤にかけて考えます。人の医療と違い、動物の意思の本当のところは誰にもわかりませんので、飼い主が考えて納得することが最も重要です。動物が好きというだけでは獣医療はできません。まず人間が好きで、動物と人の気持ちを考えないといけないのです。
また、人間もそうですが、動物も高齢化によってさまざまな問題が出てきます。飼い主も、今までできていたことが共にできなくなるケースも多くて、動物と人の老齢介護みたいな問題になるケースもあります。また高齢の方で、自分が飼っている動物の方が寿命が長いと考えられるケースであれば、次の飼い主を見つけておく必要があります。飼った動物は最期まで絶対に面倒を見るということは必須ですが、自分以外の後を託せる方を早めに確保して、動物が人と最期まで仲良く暮らせるよう、予め考えていただくことが重要だと思います。
動物の病気と人への感染
人間の伝染病の7割が動物にも共通して感染します。色々な呼び方がありまして、この場では私は「共通感染症」と呼びたいと思いますが、このような共通感染症は、普通は余程抵抗力が落ちていないと簡単には感染しません。健康な人はほとんど感染しないというのが原則です。基本的にほとんどの動物は健康で、人に病気をうつすことはまずありません。仮にうつるようなことがあったとしても、早期に発見して治療すれば、大概治ります。ただし、動物を飼われている方向けに、感染すると特徴的な症状が人に出る病気をいくつか知っておいていただきたいと思います。
まず、わかりやすいものでは「皮膚に症状が出る」病気です。動物が痒がっていて自分も痒いということがあります。それから、「風邪みたいな症状」です。これには厄介な狂犬病というものも含まれます。あとは「おなかを壊す」とか「気分が悪くなる」「下痢をする」「嘔吐する」などの消化器症状、こういうような3つの症状にだいたい集約されます。ですから、動物と一緒に生活していてなんか調子がおかしいと思ったら、人間のお医者さんに相談してください。同じ症状を動物が示せば、獣医さんに相談してください。共通感染症に詳しいお医者さんを知らなかったら、保健所が把握していますので保健所で聞いてください。風邪だといって抗生物質を出されても、こういう病気は普通の風邪などの診療では使用しない種類の抗生物質以外は効かないことも多く、病気を長引かせたり悪化させたりすることがあるので気をつけてください。
共通感染症のなかでも特筆したいのは、先ほど話に出た「狂犬病」です。これは日本では59年前を最後に途絶えた病気ですが、日本を除く世界各国で狂犬病は比較的多くなっています。日本にはありませんが、私たち日本人が観光に行くほぼ全ての国に狂犬病はあるということです。狂犬病は、ヒト、犬、猫、コウモリなどすべての哺乳類にかかります。この病気は症状が出てしまいますとほぼ100%死に至ります。だけど発症するまでに治療すれば助かることも多い病気です。
動物と人とのかかわり方、暮らし方
野生動物は概ね人間が嫌いです(怖がり恐れていることが自然です。「嫌い」という言葉を敢えて用いて、強調しています)。だから野生動物にむやみやたらに近づいては「ダメ」です。特別の場合を除き野生動物がいる環境にはできるだけ近づかないで、望遠鏡で見たりDVDで鑑賞したり動物園で見るなどがお勧めです。また、野生動物とは適当な距離を保って、「共に生きる」ことが重要だと私は考えております。野生動物が人間に近づいてくるということは、極端な言い方をすると「人間が悪いこと」をしたということです。それは何かといえば「エサをやった」ということです。また、自然環境の変化で餌が不足し、人里に近づく野生動物もいます。
動物と人が仲良く生活するためには、人は動物の気持ちになって物事を考えることが最も重要だと思います。物言わぬ動物とこれからも地球上で共存するためには、一人一人が個々人の動物の飼育の有無に関わらず気を配る必要があります。人と人との関係も「相手の気持ちになって考えれば」、概ね問題は解決するのと同様だと思います。
(笹井教授 おすすめの本)
『獣医内科学第2版』(文永堂出版)
編 日本獣医内科学アカデミー
監修(小動物編)岩﨑利郎/滝口満喜/辻本 元
監修(大動物編)猪熊 壽/北川 均/内藤善久
●笹井教授「獣医臨床学の基礎となる書籍で、獣医師は必ずこの本で勉強します」
『獣医内科学全書Ⅰ、Ⅱ』(LLL PUBLISHER)
著者 Stephen E.Ettinger、Edward Feldman 他298名
監修 松原 哲舟
●笹井教授「大動物と小動物の内科学に分かれており、大動物は馬とか牛とか家畜のことです。これ以外にも、教科書だけでこの20倍ほどの量を習得しないと獣医師になれません」
【取材日:2014年7月16日】※所属等は取材当時