教授たちが挑むナレッジ(知)の最前線を紹介したい。そんな想いで大阪府立大学が大阪市立大学と共催する「ナレッジキャピタル超学校」。くつろいだ気分の中で、明日の社会を変えるかも知れない「超研究」と出会う。熱気あふれる講義内容をウェブマガジン「MICHI?TAKE PLUS」でもご紹介します。

今回の「超学校」のテーマは、私たちに身近な海洋環境の現状と未来を語る「大阪湾の環境」です。講師は大阪府立大学大学院・人間社会システム科学研究科の大塚耕司先生と、大阪市立大学大学院・工学研究科の重松孝昌先生。2017年3月10日にグランフロント大阪で開催されました。

(講師プロフィール)
■大塚耕司
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科 現代システム科学専攻教授

大阪府立大学大学院工学研究科博士前期課程船舶工学専攻修了後、大阪府立大学大学院工学研究科助手・講師・助教授を経て、2016年4月から現職。主に大阪湾をフィールドに、閉鎖性海域の環境修復技術に関する研究・海陸一体型バイオマス有効利用システムに関する研究などに携わる。

 

 

■重松孝昌
大阪市立大学大学院工学研究科都市系専攻 河海工学分野教授

大阪市立大学大学院工学研究科前期博士課程土木工学専攻修了後、大阪市立大学大学院工学研究科助手・講師・助教授を経て、2010年4月から現職。港湾海域の環境修復に資する技術に関する研究、都市域における複合水災害と防災・減災に関する研究、波力発電システムの開発・研究などに携わる。

 

 

●富栄養化を抱える海域、栄養不足に悩む海域

大塚:大阪湾の面積は約1,450平方㎞。長辺60㎞、横幅30㎞の楕円形をしていて、平均水深は27.5mです。江戸期の新田開発や近代の臨海工業地帯建造に伴う大規模な埋立により、5mより浅い水域(干潟)はとても少なくなって、東京湾の10分の1ほどしかありません。

大阪湾が美しい海か、豊かな海かといえば、阪神間に連なる都市部に沿った「奥側」と、大阪湾の中央から南にかけての「手前側」では様相がかなり異なっています。

「奥側」には、窒素やリンなどの栄養塩が淀川・神崎川・大和川から流入して生じる赤潮等が深刻な海域もあります。たとえば、堺浜のある海域ではプランクトンの大量発生でコーラのような色に濁り、岸和田のある海域には緑色をした海藻アオサの異常繁殖によるグリーンタイドが発生。栄養塩の濃度もある程度までは、水棲生物にとって餌の豊富な海となりますが、度を超えたら海底で酸素が欠乏し、生物がすめない海にしてしまいます。

その一方、「手前側」には栄養不足という真逆の問題を抱える海域もあり、兵庫県のある海域では、色が薄く食味も劣る海苔しかできずに困っています。1960年代から70年代頃の大阪湾がどんなに汚かったかをご記憶の方もおられるでしょう。当時の大阪湾と比べれば,下水処理施設の整備が進んだお陰で、現在の大阪湾はとてもきれいになりました。いまでは大阪湾で釣った魚を安心して食べられます。

●湾に注ぐ河川流域の暮らし方が湾の環境に影響

重松:大阪湾再生推進会議では、2004年から年1回のペースで大阪湾各所の水質一斉調査を実施しています。大阪市立大学は、そのお手伝いをさせていただいています。そのデータから分かった湾環境の変遷と現状をお話します。

水中酸素濃度(DO)は、湾の中央から南の「手前側」では豊富ですが、大阪港や尼崎港がある「奥側」の水底ではほとんどなく、その結果、夏場は生物がほぼいない状況になっています。値が大きいほど「不健全な環境」であることを示すCOD(化学的酸素要求量)という指標も酸素濃度とよく似た分布ですが、年を追って高い値のエリアが狭くなる傾向が見られ、陸地から海に流入してくる栄養塩が減り続けているものと推測できます。

生態系を支える植物プランクトンが生長・増殖するためには、いろいろな物質が必要です。一般的には、植物プランクトンの生長・増殖に必要な物質は、窒素やリンなどを除けば、十分な量が海中には存在しています。窒素やリン等があれば植物プランクトンが生長しやすくなるという意味で、窒素やリン等を栄養塩と呼びます。そもそも海中にはほとんど存在しない窒素やリン等は、私達の家庭などからの出される生活排水などに豊富に含まれています。適度な栄養塩が海域に入ってくるのであれば豊かな生態系が形成されて良いのですが、過剰に流入すると赤潮やグリーンタイドが発生してしまいます。大阪湾水質一斉調査では、川や湖の水質も計っています。調査によれば、琵琶湖付近の川では栄養塩濃度は低く、大阪湾に近づくに従って栄養塩濃度は高くなっています。流域に住む私たちの暮らし方が、海の健全さと密接に関わることを物語っています。

●生態系サービスの視点で府立大が取り組む「魚庭(なにわ)の海の再生」

大塚:ここまでは、大阪湾の現状をお話しました。富栄養化と酸素欠乏の課題を抱える都市沿海部。逆に栄養不足に悩む「手前側」。これらを乗り越え、もっと豊かな海にしていくために私たちに何ができるか。それを考えるうえで、「生態系サービス」というキーワードをご提示します。

「海の豊かさ」とは何か。沿岸に暮らす私たちにとっては、海の環境と海が育む生物多様性がもたらしてくれる様々な恩恵のことだといえます。たとえば大阪湾は魚介類等の食料を恵んでくれるほか、汚水を浄化してくれたり、芸術創作の題材のインスピレーションを与えてくれたりします。これらの恩恵が生態系サービスであり、供給サービス・調整サービスなど4つに分類できますが、供給サービスのひとつである水産物はその市場価格、文化的サービスに含まれる観光の場合は海岸へ遊びに来るまでの交通費や現地で使った食費といったように「経済価値」に換算できます。

私たち大阪府立大学は、この生態系サービスの観点から、海の豊かさの創出に向きあっています。そのひとつが、大阪府阪南市で取り組む「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」プロジェクト。大阪府立大と阪南市、それにNPO法人大阪湾沿岸域環境創造研究センターとセメント会社がタッグを組む産官学民連携事業です。

ここで活躍するのが、海の栄養不足対策のために、セメント会社が開発した栄養供給骨材です。養魚用飼料フィッシュミール(魚粉)の製造過程で生じる残液をオガクズにしみ込ませ、表面をセメントで覆ったゴルフボール大の球体で、海中に沈めれば栄養をじわじわと放出します。阪南市の漁場が抱える栄養不足問題をこれで解消すると共に、獲れた海産物を売るための仕掛けや、魅力的な食べ方の提案までお手伝いすることで、漁業を軸にした持続可能な多世代コミュニティ創出を目指しています。

生態系サービスを考える時、この事業のように供給サービス(漁獲)と文化的サービス(漁業が生む観光魅力や食育)を融合させるなど、価値の相乗効果を狙うことが大切だと考えます。

●大阪湾をヒートアイランド現象緩和に利用する大阪市立大の研究

重松:環境経済学の視点から大阪湾環境改善の取り組みについて大塚先生にご紹介頂きました。大阪市立大学では、河海工学(河と海を対象にする土木工学)や環境水域工学の立場から大阪湾の将来像を見つめています。地球温暖化の影響を把握するための海中の二酸化炭素濃度測定や、浅い海域でのグリーンタイド抑制など、総合的な視野から大阪湾を研究し、問題点を抽出して環境を健全化させるアクティブな提案を行っています。そのひとつが港湾周辺の酸素不足対策です。大気から酸素を吸収した浅い海の水を活発に循環させれば、海底にも酸素が行き渡るだろう。そのような発想から“海水のかき混ぜ”を促すような構造を海中に造るという構想です。

海が持つ熱交換機能を都市のヒートアイランド現象の緩和に利用する研究はそのひとつです。オフィスビル等から大気中に放出される廃熱を温排水に変えて海底に放流します。少量だと温度が高く密度の小さな温排水がゆっくりと上昇するだけですが、ある程度以上の量を放流すると、温排水が海底から海面へ上昇する間にその周辺の水を巻き込むようになり、海底の冷たい海水もこれに伴って水面付近にまで上昇するようになります。その結果として海水面の温度が下がるようになれば、大気の熱を吸収して海上の大気温が下がるようになります。この海上の大気が海風(海から陸へと向かって吹く風)にのって陸域に運ばれるようになれば、陸域の気温が低下することが期待されます。

●海の中の資源の豊かさにもっと目を向けたい

重松:植物プランクトンを捕食して栄養塩をストックしてくれる干潟の貝は、「海の豊かさ」の指標のひとつと言えます。その点では、干潟が少なく、貝類が少ない大阪湾は「豊かさに乏しい海」だといえます。浅瀬を埋め立て、工業地を造ることで豊かさを追求してきた日本ですが、海の中の資源の豊かさに、もっと目を向けて欲しいですね。

大塚:私たちは酸素が乏しい港湾近辺でも生態系の修復は可能だと考えて、尼崎港の護岸沿いの浅海域に縦横2m高さ1mのボックス型構造物を階段状に設置する実証実験を行いました。結果、構造物に着いた二枚貝を目当てにクロダイが集まる環境を作り出すことに成功しています。大規模な浅瀬の回復は難しいでしょうが、このような環境修復技術を組み合わせることで、「大阪湾の豊かさ」はきっと取り戻せると信じています。

 

【取材日:2017年3月10日】※所属等は取材当時