認知科学は心理学や言語学・哲学・人工知能などの複数の学問分野が関係する学問で、人間が知覚・記憶・思考などの知的能力を使って、どのように自分の外の世界を認知するかを解き明かす科学です。そんな興味深い“知“を学べる授業が、環境システム学類の3年生を対象とする「認知科学II」です。

この授業を受け持つのは、発達・教育心理学、学習科学がご専門の岡本真彦教授。

まず、授業の全体像や目標についてお話をうかがいました。

ここで学んだ認知科学を、将来、教育の現場で役立ててもらえれば

本を読む。数学の問題を解く。新しい知識を獲得するといった学習行為と密接に関わるのが知覚・記憶・思考などの知的機能を使った認知プロセスであり、認知科学はそのプロセスを解明する科学です。

私が認知科学に魅力を感じるのは、これを応用すれば、「勉強ができない子」がなぜ「できないか」を解き明かし、勉強が苦手な子どもをなくせると思っているからです。

認知科学を教育にいかに役立てるか。教員やスクールカウンセラー等を志す学生が多く在籍する環境システム学類で認知科学を教える意義はそこにあると考えます。先に履修をする「認知科学I」では目や耳、皮膚などの感覚器官と認知の関わりを学んでもらい、この「認知科学II」では、受け取った情報が心の中でどう扱われるかの理解を深めます。

「この子はなぜ理解が遅いのか」「どうすれば理解力を高められるか」。いざ子どもたちと向きあった際に、この授業で学んだことを生かして、その子の能力をすくすくと伸ばしてもらえたなら、本当にうれしいですね。

授業に潜入!テーマは「ジェスチャーと身体化認知」

では、ここから授業の様子をご紹介します。これまでは主に「脳や心のはたらきが担う知覚、記憶、思考のプロセス」を学んできましたが、前回の授業から「身体と心のはたらきの関わり」へとテーマが変わり、取材をした日の授業は「ジェスチャーと身体化認知」について教える回でした。

授業の冒頭、岡本先生から今回学ぶ内容に深く関わるキーワードが提示されます。

「今回の授業では、心の働きに身体が深く関わる証拠をいくつか紹介します。重要なキーワードは『身体図式』です。身体に関わる潜在的な知覚の枠組みのことで、身体の大きさや形、位置や運動等の知覚に使われます。皆さんにも『身体図式』があることが実感できる実験をしましょう」

実験は3ステップ形式で行われました。

まず、色々な角度の「手の甲」の画像を見せて、右手か左手かを判別させて挙手させます。次に「手のひら」の画像を見せて挙手させ、最後は最初に行ったのと同じ「手の甲」を見せて、自分の「手のひら」は上にして応えさせます。

実験の合間に、岡本先生は学生たちに質問を連発します。「手の甲と手のひらで難しいのはどっち?」「この実験は何を調べるものだと思う?」。

学生たちは、回転角度が大きくなるごとに応答速度が遅くなるのを実感。この「やりにくさ」の理由を岡本先生が説明します。

「もし、脳だけで右手か左手かを判別していれば応答速度は回転角度に比例するはず。途中の角度から難しくなって反応が遅くなるのは、『身体図式』が介在するからです。

また、手の甲の画像が反応しやすいのは、私たちが手の甲を上にして日ごろ目にする時間が長いためで、身体図式が獲得性のものである証拠と言えます」。

認知プロセスにおける身体の役割は、想像以上に大きい

次に岡本先生は、バイモーダルニューロン(体性感覚と深く関わる神経細胞)、身体化シミュレーション、ミラーニューロンといった認知科学を学ぶうえで知っておきたい重要なキーワードについて話します。全部を詳しく紹介できませんが、人間の脳には、他者の行動を見て、自分が同じ行動をとっているかのように感じられる働きがあり、これが相手の喜びや悲しみに共感できる「人間らしい心の動き」を、私たちに与えてくれるようです。

そして、話題は今日のテーマである「ジェスチャーと身体化認知」へ。

ジェスチャーは身振りを使って“想い”を伝える行為。小児や幼児は未成熟な言語能力を補うために、ジェスチャーによる意思伝達を行うとされています。

「思考は脳だけでするものではなく、身体が思考を助ける場合もある。こんな考え方を『身体化認知』と呼びますが、言語による認知と表現を身体が助けるジェスチャーは、身体化認知を考えるうえでとても興味深い行為です」。

岡本先生はこう話すと、学生たちに「歯を磨くフリをしてください」と呼びかけました。

立ちあがって、「歯を磨くフリ」を順番に演じる学生たち。誰もが“見えない歯ブラシ”を持って磨くジェスチャーをしました。

「では、3歳児はどうやると思いますか?」。この問いに、数人の学生がそれぞれなりに考えたジェスチャーを演じて、教室のみんなに見せます。

最後に岡本先生がやって見せたのは、人差し指を歯ブラシのように立てて磨く仕草。6歳以上の子の大半が「イメージされた道具」(仮想の歯ブラシ)を使うのに対して、3歳児だと身体の一部を道具に見立てる「body part gesture」を行うのです。

幼児がボディパートを使うのは、「歯を磨く」という行為を脳ではなく身体で認知しているからだと考えられ、そのため、「行為」を言語化・イメージ化して認知できる6歳以上の子とは異なるジェスチャー表現を行うのだと考えられます。

「ブラシで髪を梳く、包丁で切るなどの場合も低年齢児はボディパートを使いますが、大人でも脳のある部位を損傷した人はボディパートを使うことがあります。これは脳が行えない意識的認知を身体が代わって行っているからで、ジェスチャーで身振りを使うことは“意思伝達の補助”にとどまらず、認知や思考そのものと深く関わっていると考えられます。人間の認知プロセスにおける身体の役割は、想像以上に大きいのです」。

岡本先生はそう締めくくって、授業は終わりました。

積極的にアクティブラーニング化を推進

岡本教授は、講義形式の授業を「学生が能動的に参加できる形」へと変えるアクティブラーニング化に熱心に取り組んでいます。今回取材をした「認知科学II」の授業でも積極的に学生に発言させるなど、アクティブラーニング化を強く意識した授業スタイルを実践していました。

授業後の復習にもアクティブラーニングの手法を取り入れています。府立大の授業支援ツール「meaQs(ミークス)システム」を活用した試みで、毎回の授業ごとに学生に問題をつくって投稿してもらい、それを受講生みんなで共有し、解きあう取り組みです。授業への参加意識が高まるうえ、質問をつくることで「授業内容を正しく理解できたか」の自己チェックにも役立っています。

【取材日:2017年7月12日】 ※所属は取材当時