認知科学、心理学、臨床心理学などの専門的視点から、「人間の心の動き」について深く学ぶことをめざす、環境システム学類 人間環境科学課程。この課程の3年生を対象とする「心理検査法」は、人間の心の動きを客観的に理解するうえで重要な役割を持つ各種の心理検査法を、身をもって学ぶことができる授業です。

テスター、被検者、観察者を順番に演じながら、各種の検査法を体験する

取材にお邪魔した日のテーマは、WISC-IV(ウィスク・フォース)という5歳から16歳の子どもを対象にした児童用知能検査法。学生は3人ひと組になって、検査を行うテスターと検査される被検者、観察者の役割を順番に演じていきます。

学生たちが検査を始める前に、授業を受け持つ橋本朋広教授は、これから行う検査法の概略や、テスターと被検者の両方の立場で体験してみる意義についてこう話します。

「知能というものは、かつては単純に“頭の良さ”ととらえられていました。しかしいまでは、言語理解の能力、非言語的情報に基づいて推理する能力、情報を記憶にとどめ操作する能力など、多様な能力で構成されていることが分かっています。このWISC-IVは知能の多様な側面を調べられる代表的な検査法です。実際にやってみると、『いま私はこの能力を使っている』と感じることができ、身をもって知能の多様な側面を理解することができます。

またもうひとつの重要な目的は、被検者の負担を体験することです。やれば分かりますが、被検者はとても緊張しますし、心身の疲労も大きい。将来、心に苦しみを抱える人たちをセラピーやケアで支えたいと考える人は、ぜひ、検査が与える負担を味わっておいてください」。

被検者の負担を知る。この言葉の重みに、学生たちは静かにうなずきました。

 机をはさんでテスターと被検者が向きあい、両者を観察できるポジションに観察者が座ります。テスト項目は15ほどあり、2回の授業でその内の10個を体験します。個々のテストがどんな能力を調べるものかは事前に教えてもらえません。学生たち自身の“気づきや発見”を大切にするためです。

いよいよWISC-IV検査がスタート。各グループに配られた検査キット。その中の実施・採点マニュアルに基づき、各種のテストを次々と実施していきます。

赤と白に塗り分けられた積み木でマニュアルが示す色パターンをつくらせる。一部分が欠けている乗り物などの絵を見せて、足りないものを答えさせる。数ケタの数字を読みあげ、まずは同じ順番で、次に逆の順番で反復させる…。

テスト内容は色々ですが、難易度がどんどん高まる設定になっているため、最初は笑顔だった被検者の表情が次第に真剣に。テスターも役割を果たさなくてはならないプレッシャーからか、質問を読み上げる際につまずくことも。そんな両者を観察者がじっと見守ります。

読み上げた数字を反復させるテストは、読み書きや暗算、会話など様々な作業に必要なワーキングメモリ(短期記憶・作業記憶)の能力を調べるもの。2つの単語の類似点を挙げさせるテストで調べるのは、言語的な推理を行ったり言語的な概念を形成したりする力です。それぞれが認知心理学の知見に基づく設問になっていて、学生はテスターや被検者を演じながら、知らないうちに心理学の深い領域に触れることができます。

この授業で心理学の思考法を身につけ、「他者を正しく理解できる人」になって欲しい。

今回の授業終了後、橋本先生からこの授業の目的や全体像についてお話をうかがいました。

心理学は、人の心を体系立てて理解するためのもの。心に苦しみを抱える人と関わり、支援するには心理学に基づく理解が欠かせません。心の理解には色々なアプローチがありますが、この授業では、心の動きを客観的に知る手段としての心理検査法にフォーカスし、各種の検査法を正しく実施できる知識と技術を学んでもらいます。

半年間の授業を通して色々な検査法を経験できます。質問に『はい』『いいえ』で答えさせて性格特性を捉える矢田部ギルフォード性格検査。樹木を描かせることで人格や心理状態を読み取るバウムテスト。文章の前半を提示して後半を完成してもらう文章完成法。『川を描いてください』などの指示に基づき風景を描いてもらう風景構成法。今回と同様にそれらをまず実践してもらい、解釈のやり方を後で学んでもらいます。

心理学を学ぶ学生の中には、将来、臨床心理士などのセラピーやケアのプロになって、他者を支えたいと志す人も大勢います。この授業で心理学の思考法を身につけてもらい、『他者の心を正しく理解できるプロ』として、社会で活躍してもらえたらうれしいですね。思い込みで他者を理解しているうちは、人間の本当の面白さは分かりません。先入観を取り払い、相手をありのまま理解すると、人間が持つ喜びや悲しみ、一生懸命さといった豊かな世界と出会え、人間の“真の尊さ”が分かるでしょう。心理学の面白さはそこにあります。

「検査を行う際に大切な“いたわりの心”を学べました」(学生の感想)

学生たちが7、8項目ほどのテストを終えた頃に授業は終了。疲労の色を浮かべる学生もいますが、瞳は充実感に輝いています。授業の感想を数人の学生に聞いてみました。

Aさん「臨床心理士を目指すために環境システム学類を選びました。これまでにも別種の検査法を学びましたが、この授業で被検者の立場を経験できたことで、検査を実施する際に大切な“被検者をいたわる気持ち”に気づけました」

Bさん「私も臨床心理士を目指しているので、将来、心に苦しみを抱える人にこのテストをするかも知れません。今日は『そんな人ならどう答えるだろう』という点にまで思いを馳せることができ、貴重なことを学べた気がします」。

Cさん「1、2回生で心理学を学んで面白かったので、この分野へ進みました。心理検査の解釈はひとつではありません。絵を見て何を感じるかなどを答える経験を繰り返す中で、解釈の多様性を考える姿勢が身につきました」。

将来、セラピーやケアのプロとして、心に苦しみを抱える人を支援したいと志す人には、特にお薦めしたい授業です。そうでない人にとっても、心理学は「豊かな人間観」を与えてくれることでしょう。

【取材日:2017年6月20日】※所属・学年は取材当時