看護は“実践の科学”であると言われます。優しく患者に寄り添う「白衣の天使」的なイメージが強い看護の仕事ですが、その実態は長い歴史を経て培われてきた理論と技術によって裏付けられ、またそれらを使いこなすための知識や経験によって実践されています。そして現在、日々進化を続ける高度医療において、看護にもこれまで以上に高度な知識と技術が求められるようになってきました。

レジュメを確認する先生の手元

専門看護師(Certified Nurse Specialist : CNS)とは、複雑で解決困難な問題を抱えた人、家族、集団等に対して質の高い看護を行うための専門的な知識と技術を備えた看護師です。日本では看護系大学院修士課程を修了し、かつ実務経験が通算5年以上の者が、日本看護協会の認定審査を受けることができます。そして認定を受けると、現場での看護に加え、ケアに携わる人の相談やコーディネート、患者やその家族の権利を守るための倫理的問題解決、他の看護者や医療職者に対する教育、専門知識および技術の向上のための研究活動など、医療の向上に貢献する重要な役割を担うことができます。

 

大阪府立大学大学院 看護学研究科は博士前期課程に日本最多11分野のCNSコースを開設、これまでに多くのCNSを養成してきました。その1人でもある北村愛子先生は、急性看護学分野の第1期生であり、急性・重症患者看護CNSの認定者の1人です。今回は、そんな日本の専門看護のパイオニアである北村先生が担当する「急性看護援助特論Ⅰ」の様子をご紹介します。

 

◆クリティカル状態に必要な看護とは何か

「急性看護援助特論Ⅰ」は、生命の危機に陥っている(クリティカル状態)患者とその家族に必要な看護について理解することを目的とした授業です。しかしながら、実際の患者が置かれた状況はひとつひとつ異なり、また原因も多様かつ複雑であるため、「こういう時はこんな看護が必要」と単純に答えを導き出せるものではありません。そのため対象者から得た主観的情報と客観的情報を相互に裏付けながら、看護上の問題点を理論的に分析できる確かな知識と豊かな経験が求められます。この授業では、担当の院生が事前に与えられたテーマについて下調べを実施、プレゼンテーションを行い、その内容について他の院生や教員が理論と実践の両側面から質疑を行うといったスタイルが取られています。

 

◆この日のテーマ「トータル ペイン(全人的痛み)

この日のテーマは「トータル ペイン」。トータル ペインとは患者が抱えているさまざまな苦痛について人格や社会的立場なども含めた総合的観点から捉えた概念で、日本語では「全人的痛み」と訳されています。授業に参加した院生は2名、さらにもう一人の担当教員である大江理英先生も加わり、計4名で行われました。

学生を見つめる 大江理英先生

 

授業はまず、プレゼンテーションを担当する院生から、本日行われる授業内容の確認、授業の目標、タイムスケジュールなどの説明を行うところから始まりました。そして本日のテーマである「トータル ペイン」について担当院生が事前に作成した27ページに及ぶレジュメ資料が配布され、それを元にプレゼンテーションと質疑応答が行われました。院生によって制作されたレジュメは、以下のような構成でした。

 

 

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タイトル「クリティカル状況にある患者のTotal Painと看護援助」

Ⅰ.トータル ペインとは

1. トータル ペインの概念

2. 緩和ケアについて

Ⅱ. 身体的苦痛のアセスメントとケア

1. 痛みの定義

2. 痛みの分類

3. 原因部位による分類

4. 痛みのマネージメント

5. 痛みの評価

6. 痛みへの介入

Ⅲ. 精神的苦痛のアセスメントとケア

1. 特徴

2. 精神的苦痛のアセスメント、ケア介入

3. 危機理論との関連

Ⅳ. 社会的苦痛のアセスメントとケア

1. 社会的苦痛の種類

2.社会的苦痛の要因・影響

3. アセスメントとケア介入

Ⅴ. スピリチュアル ペインのアセスメントとケア

1. スピリットとは

2.スピリチュアリティとは

3. 看護におけるスピリチュアリティ

4. スピリチュアリティに関する概念の相違点と関連性

5. スピリチュアル ペインとは

6. スピリチュアルケア

7. 急性期におけるスピリチュアル ケア

Ⅵ. 存在(そばにいること : Presence)

1. 背景

2. 定義

3. 理論的根拠

4. 介入

5. 使用

6. 注意事項

アドバイスをする北村愛子先生

北村先生からは、院生がイメージしやすいように実践での具体例を交えながら、「朝起きた時に痛いとか、寝る前に痛いということだけではなく、患者さんが過ごしている 一日という時間の中で、痛いと認識される内的要因、あるいは外的要因が一斉に動き始めるタイミングがあるかもしれません。たとえば患者さん自身が、ゆっくりしたいと思っているタイミングで、ナースがガーゼ交換に来ることや、右向いて左向いてと指示されること、あるいは同じ部屋の患者が不快感を与えるような行為をしてくるなど、様々に考えられます。ICUの場合だと、緊急入院の患者対応で、ナースがバタバタと走り回っていることも、要因になります。そういう立体的、動的な視点も持たなければ見えてこないこともありますね。」という、助言をされていました。

 

院生と教員のディスカッションの中で、理論が単なる机上のものではなく、看護という現場に即した具体的な知恵として、きわめて現実感を持ったかたちで共有されていくさまが、とても印象的でした。そしてなにより、専門看護師に求められる知識と経験の深さ、だからこそ医療の中で果たせる重要な役割があるのだということが感じられました。

 

【取材日:2017年7月5日】 ※所属は取材当時