化学工学課程は物質化学系学類の中でもとりわけ人気の高い課程です。しかしながら受験する高校生にとっては、化学工学という分野そのものがあまり馴染みがないかもしれません。さまざまなものづくりの分野の第一線で活躍する人材を数多く輩出する化学工学課程について、岩田政司教授にお話を伺いしました。
■化学工学は「どうやって作るか」を考える学問
―― まず基本的なことをお伺いしますが、「化学工学」とはどのような分野ですか。
岩田:一言で言えばモノづくり、とりわけ化学製品をつくる上で「どうやってつくるか」という問題について考える分野です。
例えば、ある有用な物質が発見されたとします。この物質はフラスコの中でいろんな液体を混ぜたり熱を加えたりして、結果的に1000mlの液体から1gだけ取り出すことができるとします。では、これを実際に製品として1日1000kgを製造する場合、1000mlのフラスコを100万個並べるということはおそらく現実的にはできませんよね。もしくは容量が100万リットルのフラスコを作る、これも現実的ではありません。じゃあどうするか。具体的にどういう装置を設計して、どういう工程で、どれくらいの分量ずつつくるのか……そういうことを考えるのが化学工学です。
―― 化学と産業の橋渡しといった感じですか。
岩田:まさにそのとおりです。科学者が研究室でつくったり発見したりしたものは、製品というかたちになることで、ようやくそれを必要としている人に届きます。ただ製品にするためには研究室での実験とはまた別の知識や考えが必要で、実際に工業生産のレベルまで規模を大きくしていくとさまざまな問題がでてきます。それらをよく理解し、いかに効率よく解決するかを考えるのが化学工学です。
―― 単に容量の問題だけではないんですね。
岩田:医薬品を例に上げると、最初にいくつもの原料があるわけですが、それらをどのようにして反応器に送りこむかというところから化学工学の領域です。そして反応器の中で薬物合成の化学反応を効率よく進めるためどのような条件が必要か。未反応成分をいかに分離し、生成した薬物をいかに精製するか。液体を結晶化させるための撹拌の速度や温度はどこが適切か。粉末を飲みやすい顆粒にしたり錠剤にしたりするためにはどうすればいいか。さらには検査·包装に至るまで、おおよそ全ての過程と全体の設計に化学工学の技術が使われています。
――医薬品以外ではどのような分野で化学工学は活かされていますか。
岩田:それはもうあらゆる分野です。エレクトロニクス、食品、繊維、各種素材……化学製品と呼ばれる全てのモノの製造過程に化学工学が関わっていると言っていいと思います。
■専門性を持ちつつ、全体をシステムとして捉える広い視野
――純粋な疑問ですが、それだけ多様な分野に関わる、それも製造におけるあらゆる問題に対応するためには、非常に広い範囲の専門知識を学ぶ必要があるように思えます。物質化学系学類では具体的に何をどのように学んでいくのでしょうか。
岩田:まず物質化学系学類として、他の応用化学課程やマテリアル工学課程と共通する基礎的なことというのは一通り学びます。その上で化学工学課程としての専門科目を履修していくことになるわけですが、医療やエレクトロニクスといった分野ごとのプロセスを学んでいくわけではありません。じゃあどうするかというと化学工学の構成要素をパーツごとに学んでいきます。例えば私の専門は「固液分離」、つまり液体と固体を分けるという分野なのですが、つくるモノにかかわらず液体と固体をどうやって分けるかということは同じなのですね。プラントの中で原料となる液体をどのような速度で移動させていくかということも、つくるモノにかかわらず共通です。さらにそうしたパーツを最終的に組み合わせてプラントを設計できるところまでもっていく。これが化学工学の現在のスタンダードな学び方です。かつてはプロセス全体を通して学ぶということが主流でしたが、それだとあまりに効率が悪いですし、これはつくれるけどこれがつくれないといったことになりますから。
――では基本的にオールマイティというか、どんな分野でのモノづくりにでも対応できる人材になるわけですね。
岩田:そうですね。もちろんその中での専門性というのはあって、4年生になると8つある研究グループのどれかに属しながら具体的な研究に加わっていくことになります。しかしながら化学工学そのものがいろんな要素の組み合わさったものでもあります。学生はみな卒業時には、個々に専門性を持ちながらも、全体をひとつのシステムとして捉える広い視野を身につけてくれていると思います。
――化学というと日夜研究室にこもって実験を繰り返す基礎研究のイメージが強いとおもいますが、化学工学はむしろモノづくりと密接に関わっているイメージですね。卒業後、みなさんはどういう方面へ進まれるのですか。
岩田:化学工学課程の特徴として学生の9割以上が大学院に進むので、実際の進路という意味ではその後ということがほとんどですが、ありとあらゆる産業に迎えられています。もちろんさらにドクターコースに進み研究者になる人もいますが、多くは企業の製造部門でプラントの設計やマネジメントに携わることが多いですね。単純に就職率という点では非常にいいと思います。
――大学院に進んだ場合、やはり個々の専門と関わりの深い業界へと行く人が多いですか。
岩田:そこはそうでもないですね。採用する企業としては、もちろん何を研究していたかということも重要なのですが、それよりもむしろモノづくりの全体をイメージできる人材という点を評価してもらっているという印象です。あとは、何かに興味をもって自ら研究し、学会などでも責任を持って発表できる人材には、現場で仕事を任せても大丈夫だという信頼感を感じていただいているのだと思います。これはある意味で当たり前のことですが、研究を進めるにあたっては、さまざまな論文を読んで世界的な水準や最先端の状況を理解し、捉え、作戦を立てないといけない。そういう段取りがちゃんとできる人には、 例えばプラントに何か問題があったとしても、 ここをこうすればもっと良くなるとか、もうちょっと利益が上がるとか、そういう判断ができると感じてもらっているのではないかと思います。
〈取材後記〉
先生のお話を伺い、化学工学が化学と産業そして私達の生活をつなぐ役割だということがわかりました。大阪府立大学は化学工学課程を卒業し、社会で活躍しているたくさんの卒業生を輩出しています。
■工学域 物質化学系学類 卒業生インタビュー
耳塚 孝さん (東レ)
岡本 美沙さん (トヨタ自動車)
■工学域 物質化学系学類 化学工学課程について
http://www.osakafu-u.ac.jp/academics/college/ce/smcce/cec/
【取材日:2017年11月15日】※所属は取材当時