工学域 物質化学系学類の3課程のひとつ、マテリアル工学課程。「暮らしと時代を支える材料」を作り出すのに必要な知識を学べます。
2年生からこの課程に進んだ学生は、マテリアル創製に関わる様々な課題に挑み、試行錯誤を重ねて目標を達成する喜びを味わうことができる「マテリアル工学実験」を受講します。
今回は3年生が対象の「マテリアル工学実験Ⅲ」をレポート。
「マテリアル工学実験Ⅲ」は、マテリアル工学課程の9研究グループが取り組む研究テーマから「3年生の段階で手掛けることで、将来のステップアップに役立つ」と思われるテーマを提示。年度によって異なりますが、2017年度は学生が6つの実験課題から興味のあるテーマを選び、実験に取り組んでいます。
6つの実験課題のうち上杉 徳照 准教授が所属する研究室を訪問し、先生、TA(※)そして実験に参加する学生の皆さんにお話をうかがいました。
(↑小見出し)
(※)TA:ティーチング・アシスタント。学域生向けの講義や実験等の教育 補助業務を行う大学院学生
■教員インタビュー
<教員プロフィール>
上杉 徳照(うえすぎ とくてる) 物質化学系 准教授
研究分野:計算材料科学
研究テーマ:第一原理計算による構造材料のマテリアルデザイン
「マテリアル工学実験Ⅲ」の実験課題:第一原理計算によるニッケルの粒界強化元素の予測
Q. 「マテリアル工学実験」の目的を教えてください。
学生は4年生になると各研究室に配属されて、卒業論文研究に取り組みます。その前段階で「どんな手順で課題を解決していくか」といった研究に必要な思考方法と発想力を少しでも身につけてほしい。これが「マテリアル工学実験」の全体目標です。
「マテリアル工学実験」は2年生の「マテリアル工学実験Ⅰ」と3年生前期の「マテリアル工学実験Ⅱ」、そして3年生後期で履修するこの「マテリアル工学実験Ⅲ」の3ステップで構成されています。実験手法が細かく説明されたテキストブックに則して進める「Ⅰ」「Ⅱ」で装置や器具類に馴れ、実験の流れを理解してもらった後に、この「Ⅲ」では「課題をいかに解決するかを自ら考え、手を動かしながら結果を出していく」ことの難しさ、楽しさを体感することができます。
この授業での学びと経験が、その後の卒論研究や修士論文研究等をより豊かなものにする基礎力になればと思います。また、就活スケジュールに追われ「研究に興味があるか」を考える余裕がないまま、進路を選ばなくてはならない現状もある中、2年生・3年生の時点で「研究の現場」に少しでも接する機会があることは大変意義のあることだと考えています。
Q.上杉先生が担当される課題の概略と、そこから学べることを教えてください。
優れた金属材料を追求するうえでの大きな課題が、微量の有害元素が引き起こす「粒界脆化」、つまり多結晶体の結晶間の界面がもろくなる現象で、良好なマテリアルを創りだすには、なんらかの元素の作用でこれを抑えなくてはなりません。
では、どの元素が有効なのか。それを第一原理という実験結果を参照しない「電子状態計算手法」で予測することが、学生に提示している実験課題です。
先端材料を実際に創りあげ、その特性を実地に検証してみる実験が多いこの授業の中で、候補となる元素の原子番号と構造をシミュレーターに入力し、コンピューターの演算結果に基づいて有効性を判定します。得られた数値から結晶の電子状態がどうなったかを理解し、それを他者と共有できる表現に置き換える作業を重ねるこの課題から得られる「知恵」は、将来、材料メーカーの研究職等に就いた際に必ず役立つことでしょう。
Q.上杉先生ご自身は、マテリアル工学にどんな魅力をお感じですか?
対象が自然そのものの理学と、社会での実用性を重視する工学の両方の要素を持つ点がとても魅力的です。機械工学や情報工学などイノベーションに結びつきやすい分野に比べると脚光を浴びにくい領域ですが、電子デバイスにせよ、メカトロニクスにせよ、その基礎になっているのは「材料」ですから、マテリアルが変われば、他の分野も劇的に進歩するとの自負がありますね。
■実験に参加する学生やTAの皆さんの声
橋本 翔太郎さん(マテリアル工学課程3年生)
来年から配属される研究室のイメージをつかめたことが大きな収穫です。シミュレーターでの計算が中心なので、自分が何をしているかをイメージしにくい場面もあります。ただ簡単に課題を解決することができない分、やりがいを感じて実験に取り組んでいます。
大堂 文彰さん(マテリアル工学課程3年生)
並列接続したパソコンに演算させるのですが、結果が出るまで1週間かかるなど、研究はコツコツ積みあげる作業だということを実感しました。私は金属材料を学びたくて大阪府立大学を志望したのですが、学生の数に対して教員数が多いことも魅力に感じています。
TA 久井 志紘さん(工学研究科 物質・化学系専攻 マテリアル工学分野)
「迷路」に迷うことは、研究に必要な思考法を養う上で貴重な経験だと感じています。学生の皆さんが行き詰まってもすぐに正解を示すことはせず、考え方の方向性を示し、まずは自分たちで考えてもらうよう意識しています。それはこの授業の教員陣とTA全員に共通する姿勢です。特にTAは学生の皆さんに近い立場にいるので、みんながどこで行き詰まりやすいか、先回りして助言するよう心掛けています。
この実験課題では「現物のない研究」に挑むため、イメージがつかみにくく、想像力と表現力が大きなテーマになります。材料開発の最前線でも同様の手法は広く使われるので、その分野を目指す人にはお薦めできますね。
■この授業で取り組まれる他の5課題の概略
○「電解析出法によるバルクナノ結晶ニッケル合金の作製」
マテリアル設計最適化研究グループ 瀧川 順庸 准教授
自動車部品を造る金型等の寿命を伸ばす新材料として期待されるバルクナノ結晶ニッケル合金。工業的に重要な「強度と延性」が共に高いものを電解析出法で実際に創り、期待通りの特性が得られたかを検証します。
○「照射場での還元反応によるナノ微粒子の合成と評価」
照射場マテリアル科学研究グループ 堀 史説 准教授
超音波や電子、ガンマ線等を金属材料に照射することでナノ微粒子に変え、その構造や光吸収特性などを調べると共に、照射エネルギーと特性変化の相関を様々なパラメーターで検証します。
○「炭化ケイ素セラミックス原料の合成」
材料プロセス制御研究グループ 成澤 雅紀 准教授
600°で燃える炭素繊維に対して、1500°程度までの耐熱性がある炭化ケイ素系複合材料。その原料づくりを様々な精製プロセスや触媒で試みながら、どうすれば収率(生産性)が高まるかを探ります。
○「有機・無機複合ナノシートの作製と評価」
複合ナノ材料研究グループ 牧浦 理恵 准教授
液面を利用する画期的な手法と分子から組みあげるボトムアップ法で、ナノサイズのものの透過・分離に役立つナノシートを配位結合を用いて有機・無機複合材料から創製。その構造や特性の評価方法も学びます。
○「遷移金属酸化物の高圧合成と構造解析・特性評価」
超高圧合成材料研究グループ 山田 幾也 准教授
数万気圧以上、1000°以上の特殊環境を使い、鉄・銅などを磁性や超伝導性、触媒活性等の特性を持つ遷移金属元素へと変換。その試料の状態を変えながら各種の特性がどう変化するかを解析します。
【取材日:2017年11月24日】 ※所属・学年は取材当時