「構造生物学」とは、生体高分子(タンパク質、核酸、多糖類)の機能を、それらの高次構造の知見を基に理解しようとする学問です。大阪府立大学では、生命環境科学域 応用生命科学類 生命機能化学課程の2年生が主に受講する授業として開講、乾 隆 教授が担当しています。
この授業では15回の講義を通じて、タンパク質の高次構造を理解し、核磁気共鳴法やX線結晶構造解析法などの方法論発展の歴史やその解析結果などを知り、構造生物学によってもたらされた新たな生命像の実例やゲノムプロジェクトとの接点についても理解することを目標としています。
具体的には、以下の能力を身につけることを達成目標としています。
1. タンパク質の一次構造を理解できること。
2. タンパク質の二次構造を理解できること。
3. タンパク質のドメイン、モチーフ、サブユニット構造を理解できること。
4. タンパク質の変性と再生のメカニズムを理解できること。
5. タンパク質のフォールディングメカニズムを理解できること。
6. 分子シャペロンを理解できること。
7. コンフォメーション病を理解できること。
8. タンパク質の構造決定法を理解できること。
取材回の授業のテーマは「コンフォメーション病」。この病気がタンパク質のミスフォールディング(※)により起こることを理解し、事例別に詳しく掘り下げる内容でした。
※フォールディング(folding)とは、タンパク質が特定の立体構造に折りたたまれる現象のこと。
では、実際に授業をのぞいてみましょう。
神経変性疾患の多くは、タンパク質の構造(conformation)の異常が発症のメカニズムに起因していることからコンフォメーション病とも呼ばれます。
代表的なものにプリオン病、アルツハイマー病、ポリグルタミン病などがあります。プリオン病は「狂牛病」と関連して覚えている方も多いのではないでしょうか。このように、認知症を引き起こすような病気にタンパク質の構造が非常に強く関わっています。
プリオン病(伝達性海綿状脳症: Transmissible spongiform encephalopathy)は複製するが核酸を持たない奇妙な病原体が原因です。感染から発症までに30年くらいかかる場合もあり、発病すると脳がスポンジのようにスカスカになっていきます。
動物での発症例は、Scrapie(羊)、BSE(牛)、TME(ミンク)、FSE(猫)などがあります。
人間にも起こりえます。CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)という病気があり、認知症、不随意運動を起こし発症後1〜2年で死に至ります。日本でも2005年に患者1名が確認されていますが、治療方法はまだ見つかっていません。
また、パプアニューギニアのフォレ族で発見されたKuru病(クールー病、クールーは「震える」を意味するフォレ語)も、伝達性海綿状脳症の一種で、ヒトのプリオンが原因です。この民族には食人儀式があり、遺体の脳を食べて感染する感染性疾患であることが研究の結果わかりました。
ほかにも、FFI(fatal familial insomnia:致死性家族性不眠症)という遺伝性疾患があります。この病気については研究の結果、プリオンタンパク質遺伝子の178番目のコドンに変異があることがわかっています。
日本でもこの遺伝を持つ家系がいくつかあることが分かっており、40〜50歳で発症し、発症してしまうと1〜2年で死に至ることが報告されており、亡くなられた方の脳内には異常型プリオンタンパク質(感染性のあるプリオンタンパク質)が蓄積していることがわかっています。
次に、タンパク質がなぜ病原体になるのかということを、解説していきます。
病気の原因を調べるために、脳をすりつぶして感染本体を調査しました。その結果、唯一見つかったのが核酸のない1種類のタンパク質でした。
高温高圧蒸気滅菌やホルマリン(強力変性剤)、UV(核酸を壊す)などの処理を行っても感染力、伝達性が無くならず、最終的には塩素漂白し、焼却するしかないほど厄介なタンパク質でした。
このプリオンタンパク質はヒトが持つ普遍的タンパク質で、その遺伝子自体はみんなが持っており、第20染色体にコードされています。
正常型プリオンタンパク質(PrPc)は、209アミノ酸から構成される分子量35-36 kDaのタンパク質で、α-helix構造を多く含んでいます。
では、なぜそれが病原体になるのか? PrPcと異常型プリオンタンパク質(PrPsc)の違いを調べると、アミノ酸配列である一次構造に差はなく、α-helixやβ-sheetで構成される二次構造に大きな差がありました。
β-sheet構造がPrPcでは3%以下であるに対して、PrPscは40%以上でした。
ではここで質問です。
シート状の構造であるβ-sheetが多いということはどういうことなのでしょうか?
-学生が当てられます-
乾:そうです、すごくいいイメージですね。それらが凝集すると硬くなります(これをアミロイド繊維という)。
タンパク質とは元々は柔らかいものなのですが、凝集して硬くなるとタンパク質分解酵素の消化を受けにくくなります。
つまり食べて消化されるはずのタンパク質が消化されずに残ってしまうということです。これが原因のひとつと考えられます。
消化しにくいPrPscがどのようにして脳に沈着するのかということは、まだ解っていません。一つの候補として考えられているのは、胃を通ったPrPscはリンパ系を介して脳(中枢)へ行くのではないか?という説があります。
またタンパク質の寿命は一般に数日なのに、感染の成立までに多くの時間がかかるのはなぜか?これもまだ解っていません。この辺りを解明すればノーベル賞が取れるかもしれませんね。
このように、タンパク質の構造は生物の病気にも関係しているということがわかってもらえたと思います。
それでは、続きはまた次回に。
この授業の様子は動画でも見ることができます。こちらもぜひご覧ください。
◆参考リンク
生体高分子機能学研究室(乾教授の研究室)
http://www.biosci.osakafu-u.ac.jp/biol-macromol/
【取材日:2017年12月5日】 ※所属は取材当時