大阪府立大学では2018年度に学士課程の改革を行い、これまでの生命環境科学域 自然科学類を募集停止とし、4月より新たに「理学類」が設置されます。理学類では自然科学類からの3課程(物理、分子、生物)を受け継ぎ、「数理科学課程」が設置されました。
http://www.osakafu-u.ac.jp/academics/college/cleas/ss/cms/

数学とその応用を学び、表層の奥に潜む真理の探究に挑む学問、それが「数理科学」。来年から始まる新たな学び舎の構築に向けて、担当する各教員も準備にいそしんでいます。

そんな教員の、数学への思いや受験生・学生への期待をお伺いしようと、田中先生にお話をお伺いしました。

 

◆プロフィール
田中 潮(たなか うしお)

研究分野:微分幾何学、点過程論、空間統計、確率幾何学、Shape Theory、サイエンス・碁に対する幾何学、数学史

 

【どのような研究をされていますか?】

点から多様体までにわたる幾何学的対象に対して、それらに関する理論を深め発展させること、そして、それを自然科学、社会科学、人文科学をはじめとするさまざまな科学へ応用することが研究目的です。

微分幾何学、点過程論、空間統計、確率幾何学、Shape Theory、さまざまなサイエンス・碁に対する幾何学を紹介します。

 

●微分幾何学 (differential geometry)は、図形の長さ、面積、体積、角度、曲がり方等、定量的な性質を研究する学問です。2003年、Grigori Perelman (1966-)が、20世紀の幾何学に大きな刺激を与えたHenri Poincaré (1854-1912)による位相幾何学 (Topology)に端を発すPoincaré予想 (1904)を、微分幾何学や大域解析学に関する最新の結果を駆使し証明したことは、微分幾何学における画期的な仕事でした。研究内容を、それの歴史的背景にも触れ紹介します。

微分幾何学の創始者は、その源流を辿ると、3大数学者のひとりであるIsaac Newton (1642-1727)とJohann Carl Friedrich Gauss (1777-1855)といえます。Newtonは、数学・物理学・天文学を自在に操った知の巨人であり、微分積分学の創始者としても知られています。

一方Gaussは、滑らかな関数により定義される曲面の曲がり具合を、曲率を導入することにより定量的に定義しました。それは、その滑らかな関数の微分により定義されます。Gaussの曲面への思想は、20世紀以降の数学における多くの体系の創始者である数学者Georg Friedrich Bernhard Riemann (1826-1866)へ引き継がれ、青年Riemannはこれを的確に捉えました。実際、Riemannは、1854年6月10日、Göttingen大学哲学部において、講師就任試験講演「Über die Hypothesen, welche der Geometrie zu Grunde liegen (幾何学の基礎をなす仮説について)」にて、`多重にひろがったもの’を世に告げました。これがまさに高次元の空間であり、今日、多様体 (manifold)とよばれています。

Riemannは、曲率が定義される空間 (曲がった空間)を研究する幾何学であるRiemann幾何学 (Riemannian geometry)の創始者でもあります。この曲がった空間がRiemann多様体 (Riemannian manifold)であり、計量 (内積から決まる距離構造)が定義される多様体です。Riemann幾何学は、Albert Einstein (1879-1955)による一般相対性理論において重要な役割を果たし、一方、一般相対性理論は幾何学に刺激を与え、幾何学はさらなる発展を遂げました。微分幾何学を現代数学の視点から直観的に述べると、微分幾何学は、微分積分学により、曲がった空間の定量的な性質を研究する学問といえます。

私は学部時の指導教官の影響を受け、以来、微分幾何学が専門分野です。微分幾何学における研究分野は多岐にわたり、特に私は多様体論、Riemann幾何学、そして幾何解析 (幾何学的変分問題)を専門としています。幾何学的変分問題は、自然は作用を最小にする、いわゆる、最小作用の原理を幾何学的枠組みで捉えます。石鹸膜・シャボン玉に対する幾何学的モデルである極小曲面・平均曲率一定曲面が典型的な研究対象です。

大学院ではRiemann幾何学にはじまり、多様体の社会学を引き起こしたMikhael L. Gromov (1943-)による幾何学に関する研究指導を受けました。距離空間も重要な研究対象です。Gromovの幾何学は広くかつ深遠であり、統計科学とも関連する分野があります。

Gromovの幾何学に引き続き、私は、点過程論、空間統計、確率幾何学に関する研究指導を受ける機会にも恵まれました。

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Figure 1:M. Spivak, A Comprehensive Introduction to Differential Geometry, Vol. 1-5, Publish or Perish. 微分幾何学に関する洋書。内容が充実した良書。

 

●点過程 (point processes)は、突発的に発生する事象を幾何学的に抽象化した点により、それが発生するメカニズムを記述する幾何学的確率過程です。歴史的には、旧東独の流れを汲み、そのルーツはPoisson (1837)に遡ります。電話サービスにおける待ち時間に関する研究 (1909)や銀河に対する数学的モデル (1939, 1972)が代表的な研究事例です。点過程は、突発的に発生する事象を幾何学的に抽象化した点により、それが発生するメカニズムを記述する幾何学的確率過程です。

時間の推移と共に様々な地点において実験等をとおして観測される時空間データ (spatio-temporal data)を解析する時空間統計解析 (spatio-temporal statistical analysis)は、新たな発展を遂げている統計科学において最も注目を浴び、関連する学術分野は、自然科学から社会科学、そして人文科学にまでわたり、究極の統計科学ともいわれています。

点過程論、空間統計 (spatial statistics)は、時空間統計解析において重要な一分野を占めています。特に確率幾何学 (stochastic geometry)は、点過程論と積分幾何学が結実した幾何学であり、空間統計への応用により急速に発展を遂げました。積分幾何学は幾何学的確率論として研究され、現代数学の視点からそれを発展させた分野であり、微分幾何学とも関連しています。

 

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Figure 2:クラスター点過程は、統計地震学では余震活動に対するモデリング、生態学では種子の散布、近年では点過程に立脚した宇宙論に関する研究が象徴するような自然科学のみならず、経済学や犯罪学をふくむ社会科学に加え、スポーツ科学に対してもその応用が期待され、ますます重要なモデルとして認識されています。

 

●Shape Theoryは、考古学や天文学における形に関心があったD.G. Kendall (1918-2007)が、1977年に提唱した新しい数学の一分野です。Riemann幾何学と位相幾何学に対するKendallの独創性を実感できます(Kendall et al. (2008))。

 

●サイエンスに対する幾何学として
・Shape Theoryに関する研究をはじめた頃、共同研究者より、Kumasaka and Shibata (2008)が提案した高次元データを可視化するTextilePlotの紹介を受けました。データ解析に対する画期的な手法であるTextilePlotは、それ自身、興味深い幾何構造をもつことを知り、以来我々は、TextilePlotを数学的に定式化したTextileSetを幾何学の視点から研究し、データの潜在的幾何構造を徐々に明らかにしています。これにより、高次元データを効率良く解析できると期待できます (T. Sei and U. Tanaka (2015))。

・私は医学にも関心があり、特に、近年注目されているパーシステントホモロジ― (Persistent homology)による数理医学も研究分野のひとつです。パーシステントホモロジ―は、位相的データ解析とよばれる位相幾何学によるデータ解析の分野において中心的な役割を果たし、情報通信や材料科学への応用、ビッグデータに対する解析、さらにはベンチャー企業の創設等、様々な科学・産業にあらわれる具体的な問題への応用がはじめられています。パーシステントホモロジ―は位相幾何学に立脚し、実験やシミュレーションにより得られる高次元データを解析します。従って、パーシステントホモロジ―の研究対象は、点過程論、空間統計とも共通します。パーシステントホモロジ―と点過程論、空間統計の関係を調べることは自然な問題意識と考えられます。

 

●碁に対する幾何学は、私が提案している研究分野です。対局をとおして、この研究分野の提案に至りました。昨今、碁・将棋は、それらに対するコンピュータの目覚ましい発展 (Game AI)により注目されていますが、碁に対する幾何学は、これと一線を画すものです。A. Einstein,John Forbes Nash, Jr. (1928-2015), Stephen Smale (1930-)に代表されるように、碁を打つ数学者が多いことは、数学的思考と碁の思考との間に正の相関を連想させます。石の死活や碁に関する格言のひとつは、現代数学の概念により記述できると期待できます。

実際、格言のひとつにある`一石に負けなし’は、盤上の配石に適当な位相構造をいれることにより位相空間とし、`それの連結成分はひとつである’に対応すると考えられます。また、石の形:好形・愚形を定量的に特徴付けることも研究目的のひとつです。

 

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Figure 3:研究を遂行する際、歴史的な研究課題や世界中の数学者と関連する研究者による学術論文・学術文献を調べます。大学をはじめとする研究機関では、世界中の学術論文の多くを瞬時に検索できます。

 

【数学に興味を持った理由は何ですか?】

小学低学年の頃、計算が早く計算問題が得意でしたが、応用問題に関する成績は芳しくありませんでした。次第に応用問題を数学的に捉えることにより理解でき、成績は右肩上がりになりましたが良程度と記憶しています。

中学では魅力的な数学の先生に恵まれ、次第に数学に関心をもちました。整数に関する問題 (素因数分解、最大公約数、最小公倍数、約数の個数に関する問題)をとおして、数学のおもしろさをはじめて実感しました。歴史も好きでした。

数学史に関する文献をとおして、Leonhard Euler (1707-1783),Gauss,そしてRiemannに代表される数学者の存在を知り、数学の未解決問題を眺め挑戦し、徐々に数学を専門的に学びたい意志が固まりました。

高等学校では、数学オリンピックへの出場を目指しました。入学直後、数学オリンピック事情をご存知の先生(私の数学担当)をご紹介頂き、その先生にその旨をお伝えした際、オリンピック事情の提供に対して交換条件を提示されました。`囲碁をやらないか’、碁の手ほどきを受けることが条件でした。碁を打つ生徒を探していたようです。

私は、碁に関する経験が皆無で、また興味もなく、オリンピック事情を伺い次第、即碁をやめるつもりで交換条件を受けました。ところが、先生は数学オリンピック事情をご存知ではなく、碁へのお誘いを断れず渋々碁のご指導を受ける日が続き1年以上が経ちました。私のように、先生に籠絡されたかは定かではありませんが、同時期に囲碁未経験の犠牲者が数名集まりました。さらに暫く経ち、なぜかしら、プロ棋士の碁を鑑賞し棋譜をならべていると徐々に碁のおもしろさに気づき、その深さに魅了されました。

石の形:好形・愚形を数学的に特徴づけようと碁に明け暮れました。受験勉強をほとんど放棄するまでになりましたが、碁は私自身を豊かにしてくれました。そして現在、碁は私の研究分野のひとつにもなりました。碁の世界へ導いて頂いた当時の先生に感謝しています。

 

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Figure 4:Shape Theoryは、芸術や生態学等も研究対象とします。データを観測するため、研究室には絵画やサンスベリアもあります。写真は、Évariste Galois (1811-1832)の墓 (Bourg-la-Reine,仏)を訪れた際撮影。

 

【高校数学と大学数学の違いとは】

高校数学で学ぶほとんどの概念は、大学数学において厳密に講じられます。微分積分学に関して紹介すると、例えば、実数、実数列、実数値関数に対する極限・連続性・微分可能性・可積分性は高校数学で導入され、それらの計算方法を学びますが、私は当時、これらの概念は厳密に定義されていない、証明も高校数学の範疇では完結できないことに気づき、数学に対して厳密性のみを追求していたため、高校数学に対する関心は失せ、その代わりに大学数学に関する文献をとおして数学を学びました。この姿勢は大学生の然るべき姿勢であり、高校生にとって適切ではありません。なぜなら、高校数学は、いわゆる受験数学を解くための解法を覚え、それにより解けることを目的としているためです。

これが高校数学と大学数学の違いといえます。大学数学が本来の数学です。

数学は、高校数学と異なり、定義や定理等は、効率的な記号 (EinsteinによるEinstein規約が典型的)と、全称記号・存在記号により記述されます。論理は、数学を構成するために重要ですが、論理の構成そのものが数学ではありません。数学の醍醐味は、定理等の主張に対して構想を描き理解することです。正しい構想に論理が従うといわれています。

 

【数学は社会のどんな場面で使われているのですか?】

社会でご活躍されている方々のご意見がより説得力があると考え、関連する数学セミナー (9, 2016)の一部を抜粋し紹介します:

数学の考え方は企業経営に役立つ:会社経営において意識することは、原理原則を外さないということ。それは、数学では、「公理」や「定理」に対応します。会社経営では、ときには「公理」をつくり出すところから行う必要もありますが、継続し、長期的に安定して成長するためには原理原則がとても大事です。もちろんそれだけでは成長しないのですが、欠かせない条件です。

経営では環境の変化に適合しながら成長する必要があり、適合のためには「定理」が必要で常につくっています。「公理」まで新たにつくり出す必要があるときは、会社が相当追い込まれたときかもしれません。また、「位相」のように空間を変えていろいろと検討したものを、また現実の世界に戻して当てはめるということは、経営のなかで意識的にやっています。」(紹介、以上。)

 

加えてUSでは、Mathematician (数学者)、Statistician (統計学者)が高収入職種として紹介され、日本以上に評価されています。

社会に対して貢献している数学に関する研究を紹介します (Figures 5, 6):

 

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Figure 5:「地震の発生は全く無秩序ではなく、統計的な経験法則が数多くあり、確率的な予測はある程度可能である。」尾形良彦名誉教授 (統計数理研究所)による統計地震学と統計モデルに関する研究記事 (神奈川新聞、2010年11月8日)。点過程論に基づき、理論が展開されます(http://www.ism.ac.jp/~ogata/)。

 

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Figure 6:「謎の絵師 写楽の正体は・・・」村上征勝名誉教授 (統計数理研究所)による`顔の部品の角度分析’に関する研究記事 (朝日新聞、2002年10月19日)。数学が日本美術史に対して貢献した研究成果。

 

 

【理学類 数理科学課程とは】

数学は古代文明の発生とともに文明を支える重要な道具として登場し、四千年以上の長い歴史をもっています。数学は高度に抽象化され、自己の発展に忙しかった20世紀数学を経て現代数学に至ります。現代数学は様々な科学と結実し、思いもかけない応用が見出され、現在も活発に研究されています。

理学類 数理科学課程は、研究分野が多岐にわたる研究者により、現代数学への入門から、それの基礎と展開を享受できる研究環境です。研究分野に特色があることも魅力のひとつです。

数理科学課程をはじめ、各課程に所属する教員によるメッセージ (YouTube)も是非ご覧ください:
https://www.youtube.com/playlist?list=PLrcOc8f2kDq9SohpkFyD6Xhj3iqU5Uvy1

 

 

【どのような学生に来てほしいですか】

USのように、日本でも数学に対する評価は、今後、ますます向上していくと期待できます。従って、社会に対する数学の需要が増し、数学を学ぶ動機が明確ではない学生にとっても数学が身近になり、それを学ぶことが自然になる時代になりつつあります。

大学数学の理解と高校数学のそれとの間には必ずしも正の相関はありません。実際、世界的に有名な数学者で、大学入学時、数学科ではなく他学科に入学し、縁あって大学数学を知り、数学を専攻された方々がいらっしゃいます。

過去の数学の成績を判断材料とせず、大学数学に関する本を一度眺めてみては如何でしょう。大学数学に向いている可能性は十分考えられます。

次の3部作をご紹介します。拙稿参考文献に加え、是非一度ご覧ください:

<数学との出会い3部作>

  • この数学書がおもしろい 増補新版
  • この定理が美しい
  • この数学者に出会えてよかった

以上、数学書房編集部編。

 

上記に加え、20世紀数学を俯瞰できる文献として次を紹介します:

  • 上野健爾:現代数学の広がり1,第1章,岩波書店

 

【取材日:2017年8月10日】※所属は取材当時

 

◆オープンキャンパス2017 模擬講義の様子はこちら
http://michitake.osakafu-u.ac.jp/2018/06/13/ushio_tanaka_science/

 

 

◆参考文献
1.  青本和彦 他 編著 (2007) 岩波 数学入門辞典,岩波書店.
2.  上野健爾,志賀浩二,砂田利一 編集 (1997) 創刊号 数学のたのしみ フォーラム:現代数学の風景 ζの世界,日本評論社.
3.  上野健爾,志賀浩二,砂田利一 編 (2001) 現代数学をはぐくんだ重要な諸概念の意味を探る 現代数学の土壌2 数学をささえる基本概念,日本評論社.
4.  上野健爾 他 (2004) 現代数学への入門 現代数学の流れ1,岩波書店.
5.  春日真人 (2011) 100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者の光と影,新潮文庫.
6.  栗田稔 (2009) 復刊積分幾何学,共立出版.
7.  D.G. Kendall, D. Barden, T. K. Carne, H. Le (2008) Shapes and Shape Spaces, Wiley Series in Probability and Statistics.
8.  小平邦彦 編 (2015) 新・数学の学び方,岩波書店.
9.  志賀浩二 (1994) 数学が育っていく物語 第6週 曲面 硬い面,柔らかい面,岩波書店.
10.  志賀浩二,砂田利一 (1996) 高校生に贈る数学III,岩波書店.
11.  数学セミナー増刊 数学ガイダンス 2016,日本評論社.
12.  数学セミナー 2017 11コンピュータ 将棋・囲碁のこれから,日本評論社.
13.  T. Sei and U. Tanaka (2015) Geometric Properties of Textile Plot. In: Nielsen F., Barbaresco F. (eds) Geometric Science of Information. GSI 2015. Lecture Notes in Computer Science, vol 9389. Springer, Cham. doi: https://doi.org/10.1007/978-3-319-25040-3_78
14.  日本数学会 編集 (2008) 岩波 数学辞典 第4版,岩波書店.
15.  平岡裕章 (2016) 位相的データ解析とパーシステントホモロジー,数学 第68巻 第4号,岩波書店.
16.  矢島美寛,田中潮 (2019) 時空間統計解析,共立出版.