今回は大学時代ウィンドミルクラブに所属され、現在は川崎重工業株式会社でバイクのエンジンを設計されている野口亜矢さんに府大生がお話を伺いました。

訪問した府大生は
工学研究科 物質・化学系専攻 博士後期課程 乙山 美紗恵さん(女性研究者支援センター IRISメンバー)、
現代システム科学域 環境システム学類 2年 山口 拓哉さん(学生フォーミュラ参戦プロジェクトメンバー)

野口さんと訪問メンバーの写真

右から2人目が野口さん


■プロフィール

野口 亜矢(のぐち あや)さん
工学部 航空宇宙工学科 卒業
工学研究科 航空宇宙海洋系専攻 前期課程 2011年修了
川崎重工業株式会社 モーターサイクル&エンジンカンパニー 技術本部 第三設計部所属、また一児(女の子)の母

■ 仕事・技術関係
特に力を入れて開発されているのは、バイクの中のどの部分・機能でしょうか。

個人的にとか、会社が特に力を入れている部分とか機能というものがあるわけではなくて、川崎重工自体は商品性ということに、すごく力を入れている企業だと思っています。どの国(地域)の、どの年齢層の、どのような乗り方・使い方をする人をターゲットとするのか、ということが最初に定義されます。それから、そうした人達へ向けた商品を提供するためには、どんな技術、部品などが必要になるのかがブレイクダウンされ、ものづくりがはじまります。例えばKawasakiニンジャ250、300は、今流行の小排気量バイクの先駆けとなりました。新しいトレンドのスタート地点にKawasakiはいるのではないかと思っています。

商品性というのはマーケティングからいろいろな情報が流れてくるということですか。

商品企画部門もありますが、デザイン担当や設計者、コスト管理者などのあらゆるメンバーが参加して協議したり市場調査を行ったりしています。
商品性は、何十項目というチャートを作成して絶対的評価(数値で目標を設定しているもの)と相対的評価(競合機種とくらべたもの)で分析し、お客さま目線を重視して決められて行きます。

野口さんがエンジンの開発を担当した新型Ninjaの写真

野口さんがエンジンの開発を担当したNinja 250 KRT Edition

初めて量産機を担当されたそうですが、量産機ならではの仕事の難しさは何ですか?

量産では金型を用います。コスト削減のため現行機種の金型を次機種にも活用することがよくあるのですが、レイアウト等様々な条件をクリアできないと部品を共通化できずコストをアップになってしまいます。そこが難しいところですね。あと、バイクは使用期間が非常に長いものなので耐久試験が繰り返し行われます。信頼性を高めるための作業というのは非常に大切で、また大変な作業です。

バイクの開発期間は3年ほどあります。最初の頃は大学時代の感覚で3年もあると思っていました。しかしながら量産準備に2年、試作して検討できるのが1年くらい、さらに組立工程や試作品の手配などがあるので自由に設計検討できるのは1ヶ月ほどしかありません。この検討段階を頑張らないと、後々変更が起きるような事態を招いてしまう恐れがあり、最悪の場合は販売スケジュールなど、計り知れない影響が出ます。

大型バイクの市場は日本と北米とヨーロッパで北半球に集中しています。みなさん春から夏に乗りたいので、現地の販売は2月から3月になります。そこから逆算すると量産開始が10月か11月になり、量産準備が遅れると1年スキップすることにもなりかねません。
8年目でようやく分かってきたことは、初期検討がとても大切だということです。

自分のアイデアを設計に入れるときには、どのようにしておられますか。

唐突のアイデアという経験はないのですが、自分の担当部品や分野では実証、実績があれば聞き入れてくれる風土がKawasakiにはあります。


大型のバイクは季節が関係するというお話がありましたが、野口さんの担当されているニンジャ250は季節との関係はあるのですか。

担当しているニンジャ250は設計的には世界戦略車という位置付けで、日本と北米とヨーロッパ以外に南米、東南アジアにも販売しています。そういう意味では季節性はありませんね。ちなみに、250ccが最も売れているのはインドネシアです。

部品設計の際に部品を生産する担当者と意見が合わない場合、相手の要求をどう設計に反映させるのですか?

先ずは、できることなのか、できないことなのかの切り分けをするようにしています。なぜできないのか、どうすればできるのかを確認することが重要です。また、設計と生産ではものを見る立場が違うので、意思、意図の確認を多く行うようにしています。設計は自分の機種だけの担当となりますが、生産の方は多くの機種の製造を担当しているので、どうしても優先順位が発生してしまいます。そこで、ちゃんと私の仕事、依頼などに注意をはらってもらうための努力は必要ですね。

■ 一般・ワークライフバランス関係
大学でしておいて良かった経験は何ですか。逆に大学でしておけばよかったと思うことは何ですか。

もっと交友関係を広めておけばよかったと思っています。クラブ活動の狭い世界の人間以外、知り合いがいない状態になっていて、学科の友達も、連絡を取る人がいないんです(笑)。私はあまり知り合いがいないなと思ってしまっています。

同じ学科の知り合いがいれば、同じような企業に勤めている人から業界の色々な情報を仕入れることが出来ると思います。そういう意味でも人脈は大事だなと思っています。

しておいて良かったことは、むしろやりすぎた感がありますが、クラブ活動ですね。物作りの部活だったのですが、物作りだけではなくてプロジェクト運営に関わることが出来たことは非常に良い経験でした。数百万の年間予算に対するすべての決定権を持ち、活動できたというのは、なかなかできない経験であったと思っています。また、組織について勉強する機会にもなりました。やりたいことのためにプロジェクトをするのですが、プロジェクトを進めるために、やりたくないこともしなくてはならない。会社に入り、やりたくない仕事がまわってくると、貧乏くじ引いたとか、私がする仕事じゃないとか思うかもしれませんが、これをすることで何を得られるのかという全体を見渡してものを見る目、判断する能力を身につけることができたと思っています。

物作り系部活活動なども含めて大学で学んだことが、仕事にどのように活かされていますか。

大学の勉強がすべてのベースになると思っています。皆さん、ちゃんと勉強しておいてくださいね(笑)。会社に入ると自分の得意分野、苦手分野に関係なく課題に対応する必要があります。持っている知識をベースに解決して行かねばなりません。

ライフワークバランスをどのように意識していますか。

うまく取れてないのが実情ですね。仕事もしたいし、子どもとも関わりたい。でもどちらも満足に出来てないし、妥協点を見つけながらやっている状態です。自分が作ったバイクにも乗ってみたいし。
忙しい夕方に家事の時間を取るため朝は7時出社しているので、子どもは旦那さんに保育所まで送ってもらっています。普段は16時の定時に帰りますが、もう少し仕事をしたい時も延長保育しなくて済む17時半までには帰るようにしています。

▼参考記事
日刊工業新聞 リケジョneo(3)川崎重工業・野口亜矢(のぐち・あや)さん
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00458597


仕事のやりがいは何ですか。

この仕事を選んだのは、消費者の声が近い仕事がしたいという思いからでした。喜んでもらえることが、やりがいになっています。雑誌だったり、ネットだったり、記事を見つけるたびに、こっそり喜んでいます(笑)。これも大学時代と絡んでいて、もともと自分をもっとスキルアップしたいという思いから部活に励んでいたのですが、結果的には、たくさんの人に喜んでもらえたことが原点になっています。もともと人の評価は気にしないタイプでしたが、今では評価してもらえると素直に嬉しいですね。

育児と仕事を両立するコツはありますか。

切り替えて割り切ることですね。それと情報共有は常に人一倍、気を付けて行っています。「あの仕事、どうなってる?」と聞かれないようにスケジュール管理能力を磨き、自分が出来ないことは早め早めに人にお願いするとか、どれだけ自分自身を管理できているかが大事かなと思います。

最後に、女性も活躍できる社会はどのような社会だと思いますか。

女性は働き方に自由度があると思っています。バリバリ働きたい人、子どもに寄り添いたい人、そこそこでいいかなという人とか、自由度があると思います。それに対して男性は自由度が無いのではと思います。周りの足並みに合わせてバリバリ働かないと行けないとか、旦那さんがそうなんですが(笑)。男性も働き方も選べる社会になればいいのになぁと思っています。

インタビューのあと、車体製造部 増永部長の案内のもと、明石工場のバイク組み立てライン、アルミボディの溶接、塗装、製品検査など、普段は絶対に見ることができない多くの工程を見せていただきました。3人の学生は、初めて見る物作りの現場に目を輝かせ、そして熱心に質問をしていました。

インタビューの前には、メリケンパークの神戸海洋博物館内にあるカワサキワールドも見学させていただき、全体を通して川崎重工の技術力の高さ、ものづくりへの拘りなどの理解を深める事が出来ました。また工場内では多くの従業員の方から「こんにちは」の挨拶が、また工場の門を出ようとすると、インタビューに同席いただいた企画本部 小林渉外担当部長から、「西明石駅の向こう側に、明石焼きの美味しいお店がありますよ」との声も。非常に温かな会社でもあるなぁと思った広報担当者でした。

【取材日:2018年6月12日】※所属・学年は取材当時