在学中からミリ波サブミリ波帯電波天文用受信機の開発研究に携わり、現在も電波天文学の世界で開発に勤しまれている、国立天文台の小嶋崇文さんにお話をお伺いしました。
小嶋崇文(こじま たかふみ)
2001年 大阪府立大学総合科学部自然環境科学科 入学
2005年 大阪府立大学大学院理学系研究科物理科学専攻 博士前期課程 入学
2007年 大阪府立大学大学院理学系研究科物理科学専攻 博士後期課程 入学
2007年 国立天文台 特別共同利用研究員
2010年 日本電信電話株式会社 先端技術総合研究所 入社
2012年 国立天文台 先端技術センター 現在に至る
国立天文台 先端技術センター
http://atc.mtk.nao.ac.jp/
―大学進学時、なぜ大阪府立大学を選ばれたのですか?
漠然と宇宙に関わることを学びたいと思ってはいましたが、私の場合はどちらかというと実家の経済状況や大学までの距離、学力などを考慮して、大阪府立大学総合科学部自然環境科学科(現在の生命環境科学域)を選択しました。
―大学ではどのような研究をされていたのですか?
学部から博士後期課程まで一貫して、ミリ波サブミリ波帯電波天文用受信機の開発研究に携わってきました。当時私は電波天文学研究室に所属し、観測装置(受信機)開発に興味を持ちました。電波天文学用の受信機は物理学的限界に近い究極の高感度でシステムを動作させるために、超伝導や半導体等のデバイスを極低温(マイナス269℃程度)に冷却して動作させます。極低温下ではデバイスの動作状態が常温環境下とは大きく異なるので、動作パラメータを測定したり推定したりしたうえで、適切な設計を施し、デバイスの性能を引き出す必要があります。私は高感度デバイスのマイクロ波やサブミリ波帯の高周波回路の設計と評価を主に行っていました。また、極低温下で性能測定するためには冷却や昇温にそれぞれ5時間以上かかります。さらに、常温で簡単に測定系が構築できたとしても、冷却状態では環境自体が測定に影響をあたえるため、デバイス単体の特性を知ることも苦労します。いかにして正確に極低温下のデバイスのみの特性を知るのか、という測定手法の構築にも時間を割いてきたと思います。これは現在も続いていると思います。
―実際に学んでみてどうでしたか
博士前期課程のとき(2006年頃)、当時指導教官であった小川英夫教授からマイクロ波帯冷却アンプの開発というテーマをいただきました。このとき、背景となる知識がなかったので、一から教科書を使って勉強しました。また、長年マイクロ波帯部品の開発に携われてきた阿部安宏客員研究員から運よく指導をうけることができ、アンプやマイクロ波回路製作のノウハウを吸収することができました。このとき、自分で初めて回路やパッケージを設計し、実際に製作して形にするという経験をしました。また、自分で構築した測定系で、製作したアンプを評価し、そのデータが設計値とどのくらいズレがあるのか、もしズレがある場合はその要因は何なのか徹底的に検証し、次の設計にフィードバックしました。こうしたプロセスを繰り返し、初めて設計通りに動作したときは感動したことを記憶しています。また、のちに論文として成果を出版できたことも自信につながりました。このように、知識がほとんどない状態から成果を出すまでのプロセスは、学生だった自分にとって、最も基本的でありながら極めて重要な経験であったと思います。
博士後期課程(2007-2010年)では東京都に引っ越し、大阪府立大学の学生として国立天文台でアルマ望遠鏡用の受信機開発に携わりました。ここでは博士前期課程とは一転して、周りの職員の方々と協力して、超高感度受信機を開発するという経験をしました。そこでの環境は大学と大きく異なり、社会人である職員の方々、外国人、他大学の学生もいました。特に、飛びぬけて優秀な学生もいたりして、世界はとても広く天井はない、自分にできることは非常に限られているということを痛感した瞬間でもありました。また、これから社会に出ていく中で、自分にできることは何なのか、自分が能力を発揮できる場所はどこなのか、ということに不安になったり悩んだりしたことを記憶しています。
―今の道に進んだきっかけを教えてください
大学に入学した時点では研究の道に進みたいと考えていたわけではありませんでした。ただ、博士前期課程で、自分の手で新しいものを世に生み出すというプロセスが自身の価値観を刺激し、もっと深く追求してみたいと思うようになりました。ただ現実問題、研究職員として生きぬくためには“研究をする”という能力だけでは不十分で、その学術分野に貢献し様々な軸で客観的に評価をされる必要もあります。博士後期課程に進学したのは、大きなプロジェクトに身を置かせていただくことで自分を分析するためでもありました。当時の指導教官(現在の上司)にもとても恵まれ、アルマ望遠鏡の最も高い周波数の受信機開発の一部に携わることができました。また、何件か論文を出版し、運よく賞もいただくことができました。こうした経験が自信につながりました。私は博士終了後に企業研究所に一度就職しているのですが、研究職を得られたことで、この道に進むことに決めました。
―現在のプロジェクトや役割、仕事内容を教えてください
南米チリの標高5000 mのアタカマ高地に巨大電波干渉計アルマ望遠鏡が運用されています。この望遠鏡は主に日米欧の国際プロジェクトで、電波天文学史上の圧倒的な性能が発揮されています。2013年から運用が始まったばかりですが、将来に向けた高性能化がすでに議論されています。
私はこのアルマ望遠鏡の高感度な性能を維持したまま、現在の何倍もの広帯域な受信機の研究開発に取り組んでいます。国際協調のプロジェクトでありながら、どの国の受信機を将来搭載するかという点については国際競争ですので、将来の電波天文研究に必要な受信機性能を世界に先駆けて実証し、論文発表するところが当面の仕事です。
―大学で学んだことで、仕事に役立っていることはありますか?
前述の通りアルマ望遠鏡は国際プロジェクトで、建設期では定められた仕様を満たした受信機を開発し、2014年の期限までに73台の受信機を製造・納品するという国際的な責任が発生していました。私は2007年ごろに国立天文台の受託院生となりましたが、参加したグループではアルマの中で最も難しいと言われていた受信機(バンド10:787-950 GHz)の開発を担当していました。世界のどの研究機関も仕様を満足するような受信機がなかったのです。当グループでは最終的に2009年に開発に成功し、そこから2014年まで73台を製造・納品まですべて達成しました。
世界で誰も達成していないような受信機性能を限られた期間内で達成し、何としても国際的に要求された責任を果たす、というプロフェッショナルな仕事を学生時代に近くで見ることができたという貴重な経験が、現在の仕事に取り組む姿勢の基礎になっていると思います。
―今になって高校や大学で、やっておけばよかった、考えておけばよかったということはありますか
考えをまとめて人と議論するとか異なる意見を持った人と議論をするという経験をもっと積極的に重ねてきたら今はもう少し楽なのかな、と今になって思います。ただ、嘆いてもしょうがないので、結局今必要なことを一生懸命取り組むということが大事なのだと思います。
―今後の目標や夢はありますか?
チームとしては日本の電波天文学の技術力を世界一にすることです。
個人的には、技術で人を感動させてみたいです。
―現在、進路を考えている受験生にメッセージをお願いします
昨今、夢や将来へのビジョンを明確に持ち、自身のキャリアを考える重要性が説かれていると思います。一方、実は多くの方が進路を自分の意志以外の要因で決めたり、周りに流されたりしているのも事実だと思います。ただ、将来のことで後悔をしないためには、自分の気持ちに嘘をつかず自分の責任で進路を決める必要があるとも思います。
理系の研究では論理力や理性などが重要視されますので、進路もそのように決めるべきだと考えられるのかもしれません。ただ、私はその対極にある直感・感情もとても重要な要素だと考えています。自分の興味や面白いと感じるものが行動の動機や原動力になっているからです。
実際、私は深く考えずに進学した側で、博士前期課程に入ってからようやく将来へのイメージを具体化していったと思います。ただ、研究活動を通じて、自分でものを作ったりして「面白い」「楽しい」とか、他人の発表を聞いて「感動」「驚嘆」したりする体験を重ねるにつれて、自分の価値観を発掘できたのだと思います。そういう意味では、与えられたものであっても深く考えずにとりあえず一生懸命やってみて、まず経験をしてみるというのが、自分のやりたいことを見つける一つの方法なのかもしれません。
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現在は電波天文学の世界で技術向上に切磋琢磨されている小嶋さんですが、学部在学当時は4年生まで、ほとんどの時間を部活である馬術部に費やされたそうです。
「全身全霊をかけて挑んだ全国大会予選で結局大失敗し、今もなお昨日のことのように夢に出てきます。」
しかし、ここでの経験で精神力を鍛えられたとも語っておられました。
小嶋さんのかかわるプロジェクトが電波天文研究に必要な受信機性能を世界に先駆けて実証されることを期待しています。
【取材日:11月1日】※所属は寄稿当時