看護学部看護学科を卒業され、現在は、聖路加国際大学で教員としてご活躍されている下田 佳奈さんに、受験生や在学生に向けてのメッセージをいただきました。

私は現在、聖路加国際大学の看護学研究科にて助教として勤務しています。

大阪府立大学(当時は大阪府立看護大学)を卒業後すぐに上京、新宿にある国立国際医療研究センターで看護師・助産師として働きました。そこから、国際保健に関する勉強をじわじわ進め、インドで2年間助産師教育に携わった後、聖路加国際大学大学院の修士・博士課程に進学しました。そこでタンザニアで助産師の分娩ケアにまつわる研究を始め、そして今現在は大学における教育と研究が私の仕事の2本柱となっています。

海外で働きたいという気持ちが強かったため、何か専門を身に着けたうえで外へ出ようと思いました。さらに国際保健活動には、母子保健を勉強した方がいいと耳にし、助産師資格を目指せる大学に進学しました。

大学在学中は3つの資格取得のための勉強となり、本当に大変でしたが、現在につながる基盤のほとんどは当時手に入れたものですので、学び時にインプットすることの重要性を今になってやっと感じています。

「妊産婦死亡」という言葉は耳にしたことがあるでしょうか。日本では、核家族化が進んで久しく、加えて現在は病院での出産が99%のため、妊娠・出産についても身近に感じる機会が少ないかと思います。妊産婦死亡とは、「妊娠・分娩・産褥の合併症による妊娠中あるいは分娩後満42日未満の死亡」のことで、現在、世界では毎日約800人の妊産婦が命を落としています。800人というと国際線の飛行機1~2機の乗客者数にあたり、それが毎日墜落しているのと同じことになります。少ないながらも日本でも起こっている妊産婦死亡ですが、大半(99%)は発展途上国と呼ばれる国々での出来事です。

私が「発展途上国における妊産婦・新生児死亡」を初めて経験したのは、インドでの2年間であり、それは自分自身の死生観も揺るがす強烈な体験であったと同時に、その後助産師のケアに関する研究活動にシフトしていくきっかけとなる時間でした。

2009 年から2 年間、JICA青年海外協力隊の助産師隊員としてインドの農村部に住んでいました。首都デリーから夜行列車に13 時間ほど揺られると到着する、とても小さな田舎町です。日本人はおろか、外国人はいません。午前も午後も4時間ずつ計画停電するので、室内は薄暗く、不潔でネズミが走っているような病院です。

ひっきりなしに訪れる産婦と、同時に何人もが生まれる分娩室、助産師のあまりの少なさ、毎日亡くなる赤ちゃんと、出血にまみれて意識を無くしていく20代のお母さん、その横で途方に暮れる日々でした。日本から来た私は、適切に観察・判断し、適切にケアをすれば助かった命であることがわかるため、目の前で通り過ぎていく命に、悲しみとやりきれなさで言葉を無くし、その状況や自分自身に腹が立ち、悔しさとも怒りとも取れない感情と向き合う日々でした。

私が赴任する数年前まで、インドでは自宅分娩が9割を占めていました。しかし、赴任した頃は、国の政策によって病院施設で出産した人へ金銭的援助を開始したことをきっかけに、多くの人々が病院で出産する方へシフトした時期でした。一般的に、妊産婦・新生児死亡を削減する方法の一つとして、病院施設内で資格を持つ医療者の元で出産することが推奨されています。

しかし、私が赴任したような場所では、病院の中のシステムは崩壊しており、働く医療者も母子をないがしろにしていることが多くあったため、出産場所が病院に移っただけでは母子の安全を確保できるわけではないことを知りました。妊産婦・新生児死亡発生の原因は、医療側の問題だけではなく、国の経済、政治、教育、貧困、ジェンダーの問題と多岐にわたっており、ここには書ききれません。

しかし、私は自分自身がインドで関わったこともあって、病院施設の中での医療者のケアはどのようにすれば母子にとって安全で安寧なものになるのかに興味を抱きました。2012年に東京・築地の聖路加国際大学の大学院に進学しました。そこで、東アフリカのタンザニアに出会います。前述のインドでの体験と同じように、そこでもまた病院は安全で母子に優しい環境ではありませんでした。

忙しすぎるゆえか、はたまた優しくするという姿勢を知らないためか、産婦は陣痛に耐えていても医療者から無視をされたり、ひどい場合は言葉や身体の暴力を受けていたりします。このような女性を傷つける行為を「Disrespect and Abuse」during Childbirthと呼び、現在私はそのテーマで研究を続けています。人権の観点からだけでなく、無視されることで知らぬ間に亡くなったり手遅れになってしまったり、また、暴力を受けることで産後も傷つき続けていたり、結果として母子に大きな影響を与えています。そしてそれはタンザニアだけでなく、発展途上国そして日本を含む先進国においても世界中で起こっていることであり、医療者と女性の間係を考えるうえで重要なテーマであるとして、様々な研究が開始されています。

しかし、大事なことは、これは決して助産師や医師の意識の問題だけではなく、システムや、少なすぎる病院、多すぎる患者等さまざまな事が絡み合っています。ではどうすれば防止できるか?削減できるか?ということを探るため、まず今は、どんな風にそれらの行為が発生しているのか、またどんな要因が関係していそうかという研究から開始しています。

―学生へのメッセージ

「世界は広く、人々は近い」

すでに日本国内において、日本人だけで看護職とその対象者が構成される時代は終わりを迎えつつあります。“日本人” という定義も変化する時代に入り、看護の対象者がますます多様化することと思います。

どこにいても、インターネットで世界中の人や地域と接することができる時代になりました。しかし、その土地の空気、人々の会話、におい、食事、考え方、驚き、そういうものは、その土地に行く、あるいはその土地の人と話さなければわからないような気がします。

逆に、知れば知るほど、人間というのは皆どこかしら近い感情を持ち、同じようなことで笑い悲しんでいるのだということもわかります。(出産に至っては、人間みな同じプロセスで誕生します!)無知であることは、排他と攻撃、偏見を助長しますが、相手を知るということは、恐怖を無くし、相手を肯定・尊重することや信頼を形成していくことにつながります。またそれは、一朝一夕には身につきにくく、他者および他国への関心を抱き続けることから生まれると思っています。

思っているよりも世界はとても広く、思っているよりも人々は近い存在です。外国に行くことだけが全てではありませんが、機会が許せばぜひ学生のうちに日本のさまざまな地域や外国へ足を運んでみてください。また物理的な世界だけではなく、様々なカルチャー、コミュニティに接し、友人を持ち、関心を深めることをお勧めします。

それは何も国際感覚を養うことだけではなく、看護職となる方々にとっては特に、相手に関心を抱き理解しようとする姿勢はなによりも大切なものであると思うからです。

【寄稿日:2018年11月5日】
【寄稿:下田佳奈(看護学部 看護学科卒業)】