より一層のグローバル化が進む現在、海外留学は国際社会での活躍に必要な視野を手に入れるだけではなく、具体的なキャリア形成の面においても注目されています。近年各大学で取り組みが始まったダブル・ディグリー制度により、海外の大学と単位互換を設定することで双方の大学の学位を取得できます。

この制度を利用して、大学院工学研究科博士前期課程の森岡優一さんは、2017年9月から2018年8月までの12ヶ月、本学と学術交流協定締結校であるフランスの国際情報科学技術大学院(以下、「EISTI」)に留学し、学位を取得しました。帰国から約3ヶ月が経過し、フランス留学経験と、年々注目されているダブル・ディグリー制度(※)について振り返ってもらいました。

※ 本学及び学術交流協定締結校で所定の単位を取得すれば両大学の学位が授与される制度。取材当時において、国際情報科学技術大学院「EISTI」へのダブル・ディグリー制度を活用した留学については、工学研究科知能情報工学分野の学生のみが対象。

■どこに行くかより、何を学ぶかが大切だった
ーまずは留学に至る経緯を教えてください。

海外留学には以前から興味を持っていました。理由は、自分のスキルアップと、単純に一度海外に住んでみたかったからです。ただ現実的には留学のための資金がなかったので、ダメモトでI-wingなかもずにある国際交流グループに相談しに行ったんです。そしたら「トビタテ!留学JAPAN」っていう留学のための奨学金制度を教えてもらって、これなら行けると。そこから具体的にどこに行くか考え始めました。

ー最初からフランスに留学すると決めていたわけじゃなかったんですね。

そうですね。何を学ぶかということが大切だったので、どの国に行くかについては特にこだわっていませんでした。最終的にフランスに行くことにしたのは、「EISTI」にデータ解析のコースがあって、僕が研究している画像処理とのシナジー効果が生まれるんじゃないかと考えたからです。
分野としては全く別なんですけど、自分のキャリアパスのことなどを考えたらそれも悪くないかなって。

ーダブル・ディグリー制度はどうやって知りましたか。

それも国際交流グループの職員の方からです。それまでダブル・ディグリーなんて聞いたこともなかったし、周囲にも制度を利用して留学した人はいなかったので「へぇ、そんなのがあるんですね」って感じでした。ただそれ自体にすごく興味を持ったということでもなく、学位取れるなら取っとくかくらいの軽い気持ちでした。まあ実際に準備を始めるとめちゃくちゃ大変でしたけど(笑)。

ー何が大変でしたか。

一番苦労したのは単位互換に関する手続きです。当たり前のことなんですが、日本とフランスで100%同じ授業なんていうのは基本的にはあり得ない。だから日本のどの授業とフランスのどの授業が互換するかっていうことをひとつひとつ擦り合わせていくんです。
ただ日本のシラバスは日本語なので、まずはそれを英語に訳したり教授に書いてもらったりして、それをメールでフランスに送って、向こうの先生といろいろやり取りをしながら「これはいける」「これはダメ」っていうことをやりました。特にデータ解析コースは本学から行った人が誰もいなかったので、全部一からやる必要があったのは大変でした。

あと苦労したことといえば、これは文化的な違いですけど、フランス人は長期な休暇シーズンになると一切メールを返してくれないんです。こっちは締め切りが迫っていて焦ってるのに、全然返事がこない。そういう意味では結構やきもきしました。

■フランスでの生活と学び
ー実際に留学が始まってみて、フランスでの生活はどうでしたか。想像していたのと違ったとか。

実はフランスには以前旅行で行ったことがあったので、初めて行った国で感じるような純粋な驚きみたいなものはそれほどなかったです。ただ生活していく上でやっぱりフランス語が流暢でないというのはいろいろ難しい点がありました。例えば僕が住んでいたのは大学から紹介された学生アパートみたいなところだったんですけど、不動産屋の人が全く英語を喋ってくれなくて、ちょっとしたやり取りもずいぶん苦労しましたね。

フランスには英語を全く話せない人も多いし、多少話せても積極的に話さないという人も多い。フランスでフランス語が話せないということはなかなかのハンデでした。

ー大学の授業もフランス語で?

授業は全部英語です。それは本当に助かりました。英語は、もちろんネイティブほどではないにせよそこそこ自信があったので、授業を受ける上でも特に問題はなかったです。ただ専門用語が出てくるとそのたびにネットで検索しなければいけなかったのは、それはちょっと面倒でした。

フランスの授業でとても衝撃的だったのは、先生が一方的に喋るんじゃなくて、学生がどんどん質問や意見を挟んでいく点です。分からなかったら分からないって言うし、違うと思ったらそれ違うんじゃないかと異論を唱える。
だから授業についていくつもりのある学生は、基本的に理解が追いつかなくて取り残されるってことがないんです。日本の場合は基本的に学生は受け身で、大人数の授業で質問なんかしたら目立つじゃないですか。でもフランスではむしろ黙ってる方がおかしいと思われる。これは本当にいいなと思いました。

ー授業以外での、例えば他の学生とのコミュニケーションはどうでしたか。

もちろんフランス人同士がフランス語で話しているところに入っていくのは難しかったです。ただ以前本学に留学していたフランス人の学生がいて、既に仲が良かったので、彼を通じていろんな友達ができました。あとフランス人は本当に日本のマンガを読んでいて、「NARUTO」「ONE PIECE」の話をしたら大体盛り上がって、仲良くなりましたね。

ー大学以外の交友関係はどうでしたか。留学中にロッククライミングをされていたと聞きました。

大学の近くのクライミングジムに通っていて、そこでもいろんな仲間ができました。クライミングは大学に入ってから始めたんですけど、そこそこ大きな大会に出られるくらいには上手かったので、ジムにいるといろんな人に声をかけられました。
それでパリ郊外のフォンテーヌブローっていうロッククライミングの聖地みたいな場所があって、そこに月に2回くらい車で連れて行ってもらってました。

ある程度極めた特技とか趣味とかがあれば、それがきっかけでコミュニケーションが取れるんだなと実感しましたね。

■多様な価値観に触れて辿り着いた「楽をしたい」
ー留学中いろんなことを経験されたと思いますが、考えや価値観で変化したことはありますか。

もともとの留学の目的はスキルアップでした。でもフランスに来て日本では出会うことのない、いろんな価値観と出会っていく中で、スキルアップだけじゃなく、もうちょっと自分自身の人生について考えるようになったと思います。具体的に言うと「楽をしたい」って言うか。

ー楽をしたい?

古い話なんですけど高校がすごく厳しい進学校で、先生に「今はしんどいけど、いい大学入ったらあとは人生楽できるから頑張れ」って言われてたんです。その言葉を信じてやりたかった部活もせず勉強ばかりしてました。

でもある時いい大学に入ったくらいで人生は楽にはならないし、結局自分で自分のスキルを上げ続けるしかないんだって考えるようになって、もともと目的だったはずの「楽をしたい」っていう気持ちを封印してしまったんです。でもフランスに来て、自分はこのままでいいのか、本当は何がしたいんだろうって根底から考え直させられました。

ーそれは多様な人生観に影響されたということですか。

そうですね。もちろん日本にもいろんな価値観や人生観を持った人がいますけど、それでもやっぱり単一的というか日本人的だなと思います。
それに比べてフランスには本当にいろんな人がいるし、人種も宗教もいろいろ。それらが一気に自分の中に入ってくると、あまりにも自分の価値観と違いすぎて、そうなると本当にこのままでいいのかなって考えざるを得なくなるんですよ。

さらに言えば、言葉が分からないから日本にいる時よりインプットされる情報が激減して、考える余裕もできる。だからこれはフランスに限った話ではなくて、留学した人には多かれ少なかれ起こることかなとも思います。
それで僕の場合は、ずっと封印していた「楽をしたい」っていう根本に気付かされました。

ースキルアップのためにダブル・ディグリーで学位までとって、その結果が「楽をしたい」っていうのは面白いですね。

そうですよね(笑)。でも明確な目的を持って留学したけど留学中にそれが変わってしまうということはよくあることだと思います。むしろ留学って経験はそもそもそういうものなのかとも思います。
ネットやSNSで世界が近くなって様々な価値観に触れやすくなったとは言え、やっぱりそれ自体は情報でそんなに深く入ってこない。だからこそ実際に海外に身を置くというのは、それだけですごく意味のあることだと思います。

■留学で悩んでいる人へ、「あなたはひとりじゃない」
ー13ヶ月の留学を終えて、ダブル・ディグリーで取得された学位について教えてください。

「EISTI」のビッグデータコースの学位です。

ー帰国されて3ヶ月ほどが経ちましたが、留学で学んだことが自身の研究に反映されていることはありますか。

それは難しいですね(笑)。僕の場合は違う分野で留学したので、将来的につながっていくことはあるかもしれないけど、今の研究に直接反映されるってことはほとんどないです。
反映されているといえば、気持ちだったり姿勢の部分ですね。分からないことを分からないと言ったり質問したりすることに対して恐れなくなった、とか。

ー最後に、留学を考えている在学生に対してメッセージをお願いします。

留学に興味があるけどあと一歩が踏み出せないという人は、「あなたはひとりじゃない」って言いたいですね。
留学って、自分で行き先を決めて、自分で全部準備をしてって、何もかも自分一人でやらなくちゃいけないイメージがあるかもしれないですが、僕の場合は全然そうじゃなかった。国際交流グループの職員の方たちや教授、そして学長にも助けてもらって、文部科学省の制度も使わせてもらって、なんとか行けるようになったんです。

だから留学についてひとりで悩んでいるんだったら、まずは国際交流グループで悩みを聞いてもらえばいいと思います。そしたら大抵のことは解決すると思います。支援体制がしっかりしているし、職員のみなさんもすごく親身になって相談に乗ってくれると思います。

【取材日:2018年12月27日】※所属は取材当時。