私たち人間はもちろん、すべての動物は食べ物を摂取してタンパク質や糖質、脂質、ミネラルといった栄養素を摂らなければ生きてゆくことができません。

これは、あまりにも当たり前のことですが、「なぜ、栄養素を摂取すると生命を維持することができるのだろう」「食事の後、身体の中では何が起こっているのだろう」と考えたことはありませんか?
栄養生化学」は、そのような疑問をひもときながら、健康の維持や増進、さらには生活習慣病の予防にまで触れ、“人体の不思議”に迫る興味深い領域です。

「栄養生化学」を学ぶのは、バイオサイエンスやバイオテクノロジー分野の研究職や食品会社、化学系の企業で機能性食品の研究・開発職を目指す学生が多数在籍する応用生命科学類 生命機能化学課程の3年生。授業を担当するのは、細胞生物学、生化学、食品科学(栄養化学)分野で「寝たきり予防としての骨格筋の萎縮を調節する因子の同定とその作用機構」「メタボリックシンドローム対策としての骨格筋の形成・肥大に関わる機能性食品成分の同定とその機能解析」といった研究テーマに取り組み、食品、化学工業などの産業分野に貢献している山地 亮一教授です。

「栄養生化学」の授業は15回。全授業を通じて、

1・水溶性ビタミンの構造・生理機能・作用機構を説明できること。
2・脂溶性ビタミンの構造・生理機能・作用機構を説明できること。
3・ミネラルの生理機能・作用機構を説明できること。
4・消化管と消化酵素、消化管ホルモンとその分泌調節機構を説明できること。
5・三大栄養素(糖質、タンパク質、脂質)の膜消化と吸収を説明できること。
6・三大栄養素(糖質、タンパク質、脂質)の代謝調節機構を説明できること。
を目標としています。

第5回目となる今回の授業のテーマは「脂溶性ビタミンD」。脂溶性ビタミンDの構造、生理機能、作用機構について学びます。

まず、山地教授は、前回の授業のおさらいとして「ビタミンA、K、D」の働きの概要を解説し「このあたり、覚えているよね」と学生たちの表情を確認し、テーマはVDR(ビタミンD受容体)に移ります。教室の空気が一気に緊迫したところでVDRの働きに関する解説が始まりました。
「VDRは、小腸からカルシウムを吸収するためのタンパク質の遺伝子発現を転写因子として調節する働きがあります。わかりやすく言うと、VDRはカルシウムを腸管から小腸の細胞を経由して血管に流す働きをサポートするということです。では、その働きを説明します。小腸からカルシウムを吸収するステップには2段階あります。カルシウムが小腸に流れて来ると、小腸表面にある、カルシウム輸送タンパク質であるTRPV6とTRPV5がカルシウムを取り込みます。これがファーストステップ。次のステップとして、カルシウムはCaBP-9K(カルシウム結合タンパク質)と結合し、取り込まれたカルシウムはPMCA1bによって血管側に輸送されます。TRPV6とTRPV5、CaBP-9K、PMCA1bの発現は、VDRによって制御されています。つまりカルシウムの取り込みや輸送など、すべてのステップに関わっているのがVDRです。カルシウムを効率良く吸収するには、VDRを機能させるビタミンDを一緒に摂ることが大切といわれるのはこのためで、このことは2008年に発表された論文に書かれています」。

肉眼では見えない栄養素の働きを研究するには、どのような方法があるのでしょう。VDRとカルシウムの密接な関係を聞いていると、そんな素朴な疑問が湧いてきます。学生たちの疑問を受けて、「この仕組みは、ビタミンD欠乏食を与え続けたマウスと、ビタミンDの受け手であるVDR受容体を壊したマウスを活用した研究で解明されました。しかし、最近では、欠乏食を与えて影響を見るという研究よりも、タンパク質などの特定のファンクション(機能)を無くしたらどうなるのかを観察して、そのファンクションが必要なのかどうかを見る『Loss of Function(機能欠損)』、特定のファンクションを過剰な状態にするとどうなるのかを見る『Gain of Function(機能獲得型)』という2つの研究を行うことが主流です。ここで留意すべきは、欠損型と獲得型の結果が真逆になるとは限らないということです」と山地教授。山地教授の解説で、研究方法も進化していることがわかります。

授業はテンポ良く進み、「骨芽細胞特異的VDR-KO(Ob-VDR-KO)マウスの研究でわかったこと」というテーマへと移ります。

山地教授は、WT(ノーマルタイプ)、Ob-VDR-KO(骨芽細胞のみでVDRをノックアウトしたタイプ)、Conventional—VDR-KO(全身のVDRをノックアウト)の3種類のマウスの、カルシウム、リン、PTH、1α,25(OH)2D(活性型ビタミンD)の量の違いを表した棒グラフ、3種のマウス大腿骨のレントゲン写真、基部から末端部の骨密度を示した折れ線グラフを示し、「皆さんは4年生になって研究室に入ると、データを読み取る力が必要になります。さて、この棒グラフ、折れ線グラフから何が読み取れますか?考えてみましょう」と問いかけます。

じっと考え込む学生や小声で意見を交わす学生の姿があるなか、山地教授の解説が始まります。
「これらのデータから、全身のVDRをKOすると遺伝子発現が低下し、カルシウムの取り込みや輸送が悪くなり、血中カルシウム濃度が減ることが読み取れます。カルシウムとリンは常にリンクして動くため、自ずとリンも減ります。このような状態になると、PHTと1α,25(OH)2D(活性型ビタミンD)が増加して、(骨の)長軸方向の短縮、骨端部の幅の増大が見られます。骨の変形ですね。このことからVDRは、カルシウム代謝を調節して骨に対して間接的に作用し、骨形成を『正』に制御することがわかります。一方で、Ob-VDRKO(骨芽細胞のみでVDRをノックアウトしたタイプ)では、骨密度が増加しています。VDRは、全身でKOすると骨密度が低下するが、骨芽細胞のみでKOすると骨密度が上がるという結果が出ています。

このことから骨芽細胞のVDRは、骨代謝制御に直接関与して骨量を『負』に制御しているといえます。つまり、VDRは、“全身”では骨を増やす方向に働き、“骨のみ”では骨密度を減らす方向に働くことがわかってきたということです。ここがVDRの不思議なところ。すべてがプラスの方向に働くわけでなく、(骨だけにフォーカスした場合)骨でたくさん発現すると骨を減らす方向に作用するというのですから。4年生になって微生物、植物、酵素の活性など、なにをテーマにするにしても、今、皆さんが見ているグラフなどから、このようなことを読み取る力を付けるために、今からトレーニングをしておきましょう。学生たちは、プロジェクターに示されたグラフを見ながら山地教授の解説を聴き、熱心にノートをとります。

話題は、ビタミンDとカルシウムを含んだ身近なインスタント飲料へと移ります。プロジェクターに、あるインスタント飲料のパッケージと栄養表示欄が映し出されました。誰もが知っている大手ドリンクメーカーの商品です。馴染みのある商品を見て、教室の空気も心なしかほころびます。
「パッケージの裏面に記載している栄養表示を見たことありますか?この課程の卒業生は、食品会社や化学系の企業で機能性食品を扱う仕事に就くことが多いので、このような表示を見るように習慣づけておいてください」と言いながら教授が示した栄養表示欄には、カルシウムを効率良く摂るためにはビタミンDも必要であり、同商品にはこれらの栄養素がバランス良く含まれているといったことが、一般ユーザーのためにわかりやすい文言で書かれています。今、授業で学んでいることが、企業の商品開発に活かされており、ユーザーの健康維持に役だっていることが手に取るようにわかります。

さて、テーマはカルシウムに移ります。
「貯蔵カルシウムの99%は骨と歯に、リン酸カルシウムとして存在しています。骨からのカルシウムの溶出と、骨へのカルシウムの取り込みのバランスが崩れると、骨の量と血中カルシウム濃度が変化します」。

“思春期前後の成長期にカルシウムをたくさん摂らなければならない”とはよく言われることですが、その理由は、この時期はカルシウムの蓄積速度が最大になり、2年間で最大骨量の25%が蓄積されるから。山地教授は「成人は骨形成と骨吸収がイコールとなり、成人後は骨形成よりも骨吸収が増加します(骨量の低下)。皆さんは21歳ですね。カルシウム蓄積のピークは20歳ですから、カルシウム蓄積のピークを過ぎているといえます。さらに、女性の場合は閉経期を迎え、さらに高齢期を迎えると骨形成よりも骨吸収の度合いが激しくなり、これが原因となって骨粗鬆症になることもあります。それだけでなく、出産をして授乳する際も、骨カルシウムからカルシウムを補給しながら授乳することになるためカルシウムが不足します。また、男性の場合は、細胞内や血中のカルシウム濃度が上昇すると、血管平滑筋の収縮が起こりやすくなり血圧上昇が見られることが多くなります。いわゆる高血圧です」。

一転して、プロジェクターに宇宙飛行士の写真と国際宇宙ステーションに滞在中のジョギングをする姿が映し出されました。
宇宙では、さまざまな実験がなされていることは周知の事実です。さまざまな実験の中には、骨粗鬆症の治療薬開発のための実験も行われているそうです。「宇宙空間で骨粗鬆症の治療薬」と聞くと「なぜ?」と、戸惑ってしまいますが、微少重力の空間は骨に負荷が掛からないため、健康体であっても高齢者の約10倍の速さで骨のカルシウム成分が骨から血中や尿に溶け出すそうです。
宇宙飛行士は、微少重力空間に長期滞在した際、1か月間で平均して約1.0〜1.5%のペースで大腿骨や腰椎の骨密度が減少することがわかっています。これは寝たきりのモデル状態となるため、骨粗鬆症解決の実験が宇宙空間でなされているといいます。

さらにテーマは「年齢とカルシウム」へと移ります。グラフで、カルシウム量の変化と男性ホルモンと女性ホルモンの関わりを見ていきます。グラフを見ると、女性は50歳頃から女性ホルモンが急激に減り、それとともに総カルシウム量が激減することがわかります。さらに、約80歳で50%の人が骨粗鬆症になることも見て取れます。ここで山地教授は、女性ホルモン(エストロゲン)が減少すると、なぜ総カルシウム量が低下するのかについて解説。さらに、減少した女性ホルモンを代替するために、大豆に含まれている「大豆イソフラボン」が良い働きをするとわれている理由をひもとき、製薬会社がこれらの研究に取り組み、大豆イソフラボンやその代謝物を含む機能性食品が開発された経緯について解説しました。そして「最近は、食品でありながら何らかの働きが期待できる『ニュートラシューティカル』という分野が注目されています。食品、化学、製薬の3つの分野の間に位置するアイテムというのが相応しいかもしれません」と商品開発のトレンドにも触れました。

この後、「カルシウムの役割」として、細胞内でのカルシウムの制御の仕組みを解説し、この日の授業にまとめが始まりました。「今日は、VDRの全身と骨での役割、ビタミンDとカルシウムの関係、カルシウムの減少における男性と女性の差、カルシウム制御の仕組みを学びました。次回は、カルシウムに次いで主要なミネラルであるリンについて学びます」。

リン(P)は、カルシウム、マグネシウムとともに骨の主要な成分であり、遺伝子情報を伝えるDNAやRNAをつくる元素のひとつ。さらに、エネルギー保存利用にも重要な働きをするため、リンがなければ生命は存在せず維持もできません。ミネラルの次は、消化管と消化管ホルモン、糖質の代謝と栄養など、人体の不思議に迫る学びは始まったばかり。これからも続きます。

【取材日:2019年6月10日】 ※所属は取材当時