世界で活躍する府大OBの一人、HORIBA Europe社 代表取締役社長の中村博司さん(工学研究科)よりミチテイクに寄稿いただきました。
府大を修了し堀場製作所に入社されたあとも、週末は母校の工学研究科博士課程で研究、博士の学位を取得された中村さんですが、研究開発担当のころから海外の方と接する機会が多かったとのこと。そして2年間アメリカのグループ会社への出向を経て、2011年には自動車計測事業部門のグローバルセグメントリーダーとして、グローバルに49社あるHORIBAグループの自動車計測事業部門を、主に事業戦略の断面から統括する経験されました。そして2016年からはHORIBA Europe社 代表取締役社長として、さらなる重責を担っておられます。
寄稿文では、日本とドイツの共通点や違い、両者を経験したからこその日本への思いを伝えてくださっています。さらに、中村さんの今後の展望など、海外志向の府大生・受験生のロールモデルになる考え方もうかがいました。
◆中村博司さん プロフィール
1998年 大阪府立大学 工学研究科 物質系専攻 機能物質科学分野 修了。博士(工学)。
2016年よりHORIBA Europe社 代表取締役社長。
前回、中村さんに取材した記事はコチラ
〈現在のお仕事関係〉
―現在、担当されている仕事内容についてお教えください。
ドイツのフランクフルト近郊に所在するHORIBA Europe社の代表取締役社長の任に就いています。
HORIBAグループは現在、グループ全体で約8,000名の従業員がいますが、その内日本人は4割以下で、ドイツの従業員は約800名います。
HORIBA Europe社は、1972年に設立されて以来、日本で開発、生産された計測機器の販売やサービスを中心に事業展開してきましたが、2005年にはドイツのSchenck社から自動車試験設備事業部門を買収、昨年の2018年10月には、燃料電池や蓄電池の試験設備メーカのFuelCon社を買収。現在では、これらの製品の開発と生産も担い、グローバルに製品を提供しています。
―技術者・研究者から経営者(執行役員)、そして欧州法人の責任者へと、活躍の場を大きく広げられていますが、差し支えなければ何がきっかけで、このような展開になったのかお教えください。
入社当時は、自動車の排ガスを計測する機器の設計、開発部門に従事していました。お客様である自動車会社や部品のサプライヤーは、グローバルに事業展開しているため、製品に対する要求やトラブルへの対応など必然的に海外と接する機会が多くありました。開発を行いながら海外子会社のメンバーも加えた、グローバル製品企画のグループにも加わり開発の仕事を企画断面から見る経験を出来たこと、また2年間アメリカのミシガン州に所在する子会社に出向し海外グループ会社から本社の開発の仕事をみる経験が出来たことが、自分自身の視野を広げる大きなきっかけになったと思います
これらの経験から、2011年には自動車計測事業部門のグローバルセグメントリーダーを拝命し、グローバルに49社あるHORIBAグループの自動車計測事業部門を主に事業戦略の断面から統括する経験をしてきました。(HORIBAグループでは、自動車計測事業、環境・プロセス事業、医用事業、半導体事業、科学事業の5つの事業軸と、各グループ会社が統括する地域軸を融合したマトリックス経営を行っています。)
2016年には、自動車産業の先端技術が集約するドイツに赴任することになり、現在は自動車計測事業だけでなく、環境・プロセス事業、半導体事業のドイツの拠点の経営を任されています。
―執行役員と言う上位職につかれ、さらに欧州法人の代表として赴任され、日々の業務や生活で驚いたこと、感じていること、困ったこと、トピックスなどをお教えください。
ドイツで生活し仕事をしていく中で、今まであまり意識していなかったドイツと日本の共通点や異なる点に日々気付かされます。多くのドイツ企業と接して来ていますが、特に、昨年はドイツのマグデブルグ市に所在するFuelCon社の企業買収も経験し、本質的な部分で日本企業との共通点を感じました。
日本、ドイツともに、グローバルに強い大企業が注目されがちですが、98%以上の企業は中小企業であり、その高い技術力によって、両国の“ものづくり”が支えられています。これらの中小企業は大都市に集中せず地域に根差した経営をしており、また同族経営が多いことから長期的な視点で技術力を維持、地道に改善してきているのも大きな共通点であると思います。米国企業のような株主至上主義ではなく、従業員(労働組合)、地域、技術、プロセスを重視する文化は、日本の企業文化とも近いため、日本とドイツの企業はM&Aのケースだけでなく、パートナーとしてもお互いに信頼関係を築きやすいと思います。
一方で、仕事の進め方は大きく異なります。日本では、充分に各組織間で議論を行い洗練された計画をもって実行に移し、実行段階でも日本人のすり合わせ能力に裏付けされた現場力で組織として問題解決を行っていきますが、ドイツでは、トップダウンで方針が決まれば、能力の高い個々人がアサインされ個人の裁量で物事を進めていきます。一般的にドイツの方が生産性は高いとも言われますが、個人への依存が大きく、また問題発生時のさかのぼりに時間を要するため、一長一短があります。ドイツに所在する日本企業としては、ドイツの長所を生かしながら日本企業として組織的な対応が融合できればより強いオペレーションができるのではないかと考えます。
〈ドイツと日本の違いについて〉
―欧州における、博士号取得者に対する処遇、敬意など一般的なことで結構ですのでお教えください。
ドイツでは博士号のタイトルは名前の一部として扱われます。例えば、運転免許証やパスポートの表記、家の表札やお墓の名前にまでDr.が付けられるので、博士号に対する社会的な認識や価値の高さは分かるかと思います。
実際に、優良企業の役員をみても博士号をとっている方が非常に多く、博士号取得者はその専門性だけでなく、経営者としても能力を発揮できる機会は非常に多いと思います。
―欧州から日本をご覧になって思うところがありましたら、お教えください。
ドイツと日本の大学を比較して、違いを感じるのは産学連携の仕組みです。驚くのはドイツの大学が持っている研究設備。最新の研究設備が揃っておりその規模も企業の研究設備に引けを取りません。
ドイツの大学では、基礎研究に留まらず、設計・評価などエンジニアリングに特化した研究にも多く取り組んでおり実用化に至る部分までを補完しているために、非常に産業に近い研究もされています。また大学内に研究機関を設け、独立した組織として企業との連携をとれる仕組みが確立されているために、企業としても共同研究を行いやすくなっています。また最新の研究設備で実用化段階における課題解決にも一緒に取り組むことができるため、企業にとってのメリットも多くあります。こうした共同研究の活動や、それによって得た資金でさらに最新の設備を導入していくという好循環が生まれています。
日本の研究補助金制度や産学連携のシステムも、見習える部分は多いのではないかと思います。
〈後輩、受験生に対して〉
―将来は海外で働きたいと考えている府大生に対し、学生時代に何をすべきかなどをお教えください。また、現在、進路を考えている受験生に対するメッセージをお願いします。
ドイツは、第二次世界大戦後の経済成長を支えるために、トルコ、イタリア、ポルトガル、ギリシャなどから多くの移民を積極的に受け入れてきた歴史的背景から、現在は移民の背景を持つ方が1700万人、ドイツ総人口の20%以上を占めています。HORIBA Europe社の中でも、ヨーロッパ各地を出身地(あるいは親の出身地)に持つ従業員が多く活躍しており、ドイツの中でも多国籍の文化が交わっています。
日本でも労働力不足の深刻な問題から出入国管理法が改正されており、多くの海外の方と一緒に働く機会は今後ますます増えていくと思います。インターネットなどのITが進化し国際社会を身近に感じられるようになってきていますが、これからは、たとえ日本で働いていても多国籍の仲間と供に仕事をしていくことが必要になってくると想像します。その為の準備をしておくことが、今後の皆さんの活躍の場を広げる重要なファクターになると思います。
―ご自身の、今後の目標や夢をお教えください。
2015年末に起こったディーゼルゲートに端を発し、欧州では環境政策に注目が集まっています。最大で55%のシェアがあったディーゼル車は2018年時点で36%まで急激に低下した一方で、燃費の悪いガソリン車のシェアが60%まで増加したため、順調に減少していた車両からの二酸化炭素排出量が2017年以降、増加に転じています。
電動化への転換があらゆるところで報じられていますが、この問題は、自動車産業のみに留まらず、火力発電に大きく依存している日本、ドイツのエネルギー政策にも深く関わった問題となっています。この激動する時代の中で、いち技術者として的確に物事を判断した上で我々の持つ計測・制御技術を発展させ、その事業を通じて、産業の発展、社会・環境への貢献ができるように努力していきたく思います。
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中村さん、貴重な生の声を寄稿頂き本当にありがとうございました!
【寄稿日:2019年9月14日】
【寄稿:中村 博司(工学研究科OB)】※本文中の肩書等は寄稿当時