現在、虐待が原因となって、産みの親と暮らすことができずに施設や里親のもとで暮らすなど「社会的養護」を必要とする子どもが、全国で約4万5000人を数えています。この社会的背景を受けて、2020年4月、親の体罰禁止を盛り込んだ「改正児童虐待防止法」「改正児童福祉法」が施行されます。

社会的養護に関する研究の第一人者であり、ご自身も里親として里子を養育されている伊藤嘉余子先生に、社会的養護の概要をはじめ、虐待を受けた子どもを支える社会のあり方や学生に期待することなどについてうかがいました。

伊藤先生の写真①

●教員プロフィール
伊藤 嘉余子教授(いとう かよこ)
担当学類:地域保健学域 教育福祉学類
研究分野:社会福祉学
研究テーマ:社会的養護のあり方に関する研究、施設養護の専門性に関する研究、里親支援に関する研究、社会的養護当事者の自立支援、要養護問題を抱える家庭への支援に関する研究など

 

――伊藤先生の研究分野である「社会的養護」について教えてください。

「社会的養護」とは、保護者からの虐待や経済的理由などの家庭的な理由で保護者のもとで暮らせなくなった⼦どもたちを、公的な責任として社会的に養育することを⾔います。私は、「子ども家庭福祉」の中でもとくに「社会的養護」を専門としています。「子ども家庭福祉学」は、すべての子どもと家族の幸せを実現するにはどうすれば良いのかを研究する分野で、保育、子育て支援、障害児福祉、ひとり親家庭の子どもの支援、学童保育なども含まれています。社会的養護はその中のひとつの領域といえます。

――「社会的養護」を受ける子どもは、産みの親からの虐待が主な原因ということですが、虐待以外の原因としてはどのようなことが挙げられますか?

産みの親が死去した場合が挙げられます。以前の日本では、産みの親の死去が主な理由を占めていた時期がありました。親からの虐待が原因で社会的養護を必要とする子どもが増加したのは近年のことです。

また、社会的養護のもとで暮らす子どもの多くには、親がいます。そのため、親子関係の再構築や親子再統合について考えることも必要です。たとえ再び親子が一緒に暮らすことができないとしても、適切な距離のとり方や、家族であることの意味などについて子どもなりに意味を見つけて生きていけるよう支援することが大切になります。

――「社会的養護」について、くわしく教えてください。

「社会的養護」には、児童養護福祉施設で子どもを養育する「施設養護」と「家庭養護」があります。「家庭養護」には、一般の家庭で養護を必要とする子どもを一定期間受け入れる「里親制度」と、子どもを戸籍に入れて実子とする「養子縁組(特別養子縁組・普通養子縁組)」という2つの制度があります。

日本は、社会的養護に関しては施設養護を中心に行ってきており、先進国の中でも里親が少ないという実情があります。この現状を受けて、日本はこれまで3度にわたって国連から改善勧告を受けています。こうした背景もあって、2017年、国は「新しい社会的養育ビジョン」として里親委託率5割を目標に掲げて家庭養護を推進してきました。その成果もあって、かつては1割未満であった里親委託率が現在は2割になりました。

伊藤先生の写真②――里親委託率が1割から2割に増えたことで、どのような課題が見えてきたのでしょうか。

虐待には、身体的な暴力だけでなく言葉の暴力など心理的虐待も含まれます。さらに、食事を与えないなどの育児放棄(ネグレクト)も虐待に含まれます。例えば、ネグレクトの家庭の子どもは、赤ちゃんのときに泣いても放っておかれる環境で育ち、物心がついても食事や歯磨き、お風呂に入って身体を清潔に保つといた生活習慣を教えてもらえていません。このように「要求しても応えてもらえない。要求しても無視される。自分に関心を持ってもらえない」といった環境で育った子どもは、他者に対する信頼感を持つことが難しく、SOSを出す必要があっても出すことができません。

里親の多くが「困っている子どものために何かできることをしたい」といった動機で里親になることを希望し、事前に研修を受け、里親として活動を始めます。しかし、実際に委託児童を養育することは容易なことではありません。十分な里親支援を受けられない状況で、里親夫婦で問題を抱えてしまって燃え尽きてしまい、結局はリタイアすることもあります。

また、里子との関係が良好であっても、周囲から「なぜ、わざわざ里親をするのか」などと詮索されたり、里子自身がいじめに遭ったりすることもあるそうです。このような状況から、地域で里親が相談しやすい環境をつくると同時に、里子が差別を受けない社会の構築が必要と感じます。

――伊藤先生の講義では、どのようにして学びを深めていくのでしょうか。

「社会的養護の問題を他人事としてとらえない」ということを大切にしています。まず、なるべく学生と年齢が近い「社会的養護の経験者(施設や里親家庭で暮らした経験のある人)」にゲスト講師として来ていただき、学生が当事者の生の声を聴ける機会を設けています。

当事者と学生の年齢が近いということがポイントで、かなり年上の当事者だと「そんな理不尽なことが起きたのは時代のせいではないか」と考えてしまう可能性からです。年齢の近い当事者の生の声を聴き、「もし自分が当事者だったら?」「もし、自分が施設の職員だったら、子どもたちにどのように接するのか」「将来、職場や地域社会など、身近に当事者がいたとしたら、どうするのか」と考えを深めて、自分にできることは何か、それぞれに考えてもらいます。

また、当事者の生の声を聴いた学生は、虐待での傷つき体験が想像を超えていることに驚くのですが、さらに驚くのは、どんなに虐待を受けても子どもは親のことが大好きという事実です。このことをふまえて、当事者との接し方や、親子関係の構築について考察を深めます。

――施設での実習も行うとうかがっています。

3年次の夏になると、児童養護施設(死別や虐待などさまざまな理由で、親のもとで暮らせない子どもの養育を行う施設)、児童心理治療施設(虐待等による影響から、日常的に心理的な治療が必要な子どもを支援する施設)、児童自立支援施設(発達障害や虐待を受けたこと等で居場所をなくし、非行に走る傾向のある子どものための施設)の中から一箇所を選んで実習に行き、現場でスタッフの役割を知り、当事者と触れ合うことで学びを深める機会を持っています。

伊藤先生の写真③――この学域で学んだ学生たちに期待することや進路について、メッセージをお願いします。

虐待を受けた当事者は、生きにくさを抱えていることに加えて、実家がない、実の親がいない、保証人がいないために「住まいを借りる」「奨学金を受ける」といったことができず、生活する上で制限を受けてしまいがちです。これは人生のチャンスが狭まるということです。学生には、専門的な知識と多角的な視野で、当事者が生きやすい社会システムを構築するアイデアを出し、行動できる人になってほしいと考えています。そういう意味では、社会的養護施設で働くことだけが進路ではありません。一般企業をはじめとしたさまざまな組織や地域の中でも、この学域で学んだからこそできることがたくさんあります。

外国の事例をあげましょう。スコットランドでは、社会的養護のもとで育った人への支援をあらゆる立場の人が必ず考えて行動にうつすという行動計画を各自治体や機関が策定することになっています。近年、保証人がいなくても住まいの賃貸契約を結んでくれる大家さんや物件を募る不動産屋さんも出てきました。また、一般企業が大学で学びたい人の奨学金制度を創設する例もあります。私たち一人ひとりにできること、しなければならないことはたくさんあるのです。

また私は、社会的養護の研究を通じて、「産みの親が子どもを育てられないときは、社会全体が子どもの社会的共同親となって育成する」という考え方を広めることが使命であると考えています。社会的養護を必要とする家族や子どもに対する偏見をなくし、皆が社会的共同親としてできることをする。そんな社会を構築したいと思っています。

 

【取材日:2019年6月14日】※所属は取材当時