日本海の島根県半島沖合、約60キロに浮かぶ隠岐諸島の中ノ島。島根県海士町(あまちょう)は人口約2,300人の小さな島です。この島の観光協会で研修生として働きながら、毎週十数時間をかけて大学に通う、現代システム科学域 環境システム学類(以下、環シス)4年生の藤尾 ことみさん(出身校:兵庫県立八鹿高等学校)に、大学との両立や島での暮らし、就職活動についての考え方、さらに今後の展望などお話しを伺いました。 |
―現在、研究している学びは、どのような内容のものですか?
専攻は社会学です。社会学での研究対象は、私が個人的に思うには基本的自由です。自分が知りたいと思ったこと、不思議だと感じたこと、なんでも「問い」を投げかけたものが研究対象となります。特に今の社会で「あたりまえ」「常識」「普通」だと思われていることに「本当にそうだろうか」、「なぜなのか」、と立ち止まって考えてみることが研究の始まりだと思っています。そしてその「問い」に対する答えは一つではないし、問いの終わりはありません。だからこそ研究は楽しく、ワクワクするものであると日々感じています。
―大阪府立大学に進学されたのも社会学に興味があったからですか
私は幼いころからピアノを習っており、他大学の発達科学部で音楽を学ぶつもりでいたので、実は大阪府立大学の存在を全く知りませんでした。後に府大のことを知り、受験をしました。
―いつごろから社会学を楽しいと感じだしたのでしょうか
社会共生科学課程の学びと出会えて、研究対象の広さや自由さ、担当してくださる先生方も自由な感覚で、優しく面白いところに触れた3年生の頃です。専攻する社会共生科学課程は高校までの暗記を主にした「勉強」とは全く違い、ここでの学びには正解がなく、研究対象を追求し続けられる面白さに惹かれました。
私たち学生と先生の間に隔たりを感じることがなく、学生が抱く興味関心を一緒になって熱心に考えてくださる姿勢に大変驚きました。
生涯何かを問いかけ、学び追究し続けられる人になろうと思えるようになり、今ではこれだけ幅広く、自由にのびのびと研究できるこの環シスに大きな誇りを持っています。
―3年生の頃というと、卒業後の進路について具体的に考え出す時期ですね
私は就職活動を特にしていませんが、両親を安心させ、安定した収入があるのは公務員しかないだろうと安易な考えで公務員講座だけは受講をしました。ですが、自分が公務員になっている未来も想像できず、悩みっぱなしでした。
■副専攻での必須条件が、将来の道への第一歩に
藤尾さんが副専攻で受講してた「グローバルコミュニケーション」では、受講の必須条件に海外の連携大学でのインタ―ンシップに参加するか、国内で60時間以上のインターンシップに参加し、いずれも参加後には報告レポートを発表します。 しかし、公務員講座の為に長期で海外に行く時間と渡航費もままならない中、国内インターンシップに参加することを決め、この必須条件が藤尾さんの大きな転機になりました。 |
―国内でのインターンシップはすぐにみつかりましたか?
60時間以上の受け入れをしている事業所が、なかなか見つからず苦戦しました。
大学のキャリアサポート室のWEB掲示板で探していたところ「ジョブカフェしまね」のwebサイトにたどり着き、条件にあった事業所一覧の一番上に掲載されていた海士町を選びました。
どこにあるのかも、どんな特色のある地域なのかも知らずに決めて、アクセスを調べた時に初めて離島だと知りました。
■ア行の一番上にあった海士町へ、いよいよ上陸!
—初めての土地へ行く心境はいかがでしたか
海士町へ向かうフェリーの中では、後ろ向きな感情の方が大きかったです。しかし実際に行ってみると、気持ちが一変!
島では崎地区(さきちく)にあるシェアハウスで3週間生活するのですが、来島2日目で地域のバーベキューに呼んでいただき、その場で愛称をつけてくださったりと暖かく迎え入れていただきました。私はかなりの人見知りなので、挨拶と自己紹介をするだけで大緊張していましたが、いつのまにか楽しんでいました。
―インターンシップが始まってからは、どうですか?
生き生きと働く島の人たち、一緒にシェアハウスで暮らす他大学の学生の将来に対する希望や考えを聞いていて、どんどん自信がなくなっていき「私には何もない」「何が向いているのだろう」「何ができるのだろう」と期間中かなり悩んでいました。
そんな中、インターンシップ受け入れ側スタッフの太田 章彦さん(以下、太田さん)と仕事について話していて「仕事の選び方は働く内容だけで選ばなくてもいい。働く場所で仕事を選ぶのも、ありなんじゃないかな?」と言われたことが、かなり印象に残りました。
私には特別な経歴や特技はないけれど、海士町への想いだけはあります。その想いを元に全力になれる、地域のために手足を動かす人、マルチワーカーになりたいと思いました。
■ Iターン移住の決め手は、あの時のひとこと
―卒業後ではなく、在学中の「今」移住を決意したのですね。
どうしても卒業論文に海士町のこと、あるいはマルチワーカーについて取り上げたかったので、1年間休学をして海士町に実際に暮らしながら調査をするつもりでした。
しかし学費や生活費などの経済的理由、そして休学後に復学できるのかという不安要素もあり、両親から猛反対を受け、海士町での調査を半ば諦めそうになりました。そんな時、インターンシップでお世話になった海士町観光協会の太田さんと連絡を取ったことで、今の道が開けました。
「なんで諦めるの。別に休学する必要がある? 同時進行すればいいんじゃない?」とアドバイスをいただいて、「その手があったか!」とハッとさせられました。私一人では全く浮かばなかった ”ピンチをチャンスに変える!” そんな考えに面白さを感じずにはいられませんでした。
■海士町ふたたび
インターンシップ終了後に、再び島に戻り、多種多様な仕事に取り組みました。水産物の下処理・加工処理を行い、現在も続けている海士町観光協会窓口にてお客様対応、予約手配などの事務作業をはじめ、海中展望船「あまんぼう」のガイド、リネン工場にて宿泊施設で利用するシーツ・浴衣などの洗濯、離島ワーキングホリデー参加者女子寮のハウスマスターもこなし、藤尾さんは、まさになりたいと思っているマルチワーカーを実践していたのです。 |
―期間限定のインターンシップとは違い、本格的な移住だと寂しくはないですか
いつも地域の方々に支えられていると感じることばかりです。特に私の住んでいる地区の商店のおばちゃんには「かなり気にかけてもらっているな」と感じることが多いです。
ご飯時に行くと必ずおすそ分けをしてくださったり、一緒に献立を考えてくださったり、新聞をくださったり、「藤尾さん、大変だけど無理せんようにね」といつも励ましてくださいます。どれだけ仕事で疲れていても商店のおばちゃんと話していると、海士町に「母親」ができたように感じ、元気がでます。ありがたいことに、海士町には住んでいる地域以外にも家族のように暖かく接してくれる人がたくさんいます。悩んだ時、立ち止まった時に相談に乗ってくれる人がいる、見守ってくれる人がたくさんいることは本当に幸せです。
―今は海士町観光協会で研修生として仕事をされていますが、インターンシップの時と違いは感じますか?
人手の足りていない観光協会では、研修生も他の職員と同じように担当の仕事を持って働きます。今まで経験のない仕事ばかりではありますが、仕事の中では研修生だからという言い訳は通じません。仕事を中途半端に抱えたまま大学の登校日が来ると、たとえ電車やフェリーの中でも仕事をしなければなりません。その点で普通の大学生活よりも、仕事に対しての「責任感」を感じることが多くあります。
―関西圏から離れて生活をしていると、大学との両立は大変ではないですか?
長期インターンシップに参加したり、こうして遠方に移住すると問題になるのが、やはり大学との両立です。私は片道十数時間かけて通学していますが、例えば「オンライン授業」のようなものがあれば移動時間や費用をかけずに両立させることができます。
大学生の就職活動やインターンシップの参加をより負担なく行うには、従来の授業・制度を少し変えていくことも必要なのではないかと考えます。
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■仕事の選び方は ひとつじゃなくてもいいじゃない
―副専攻の必須条件としてのインターンシップでしたが、長期間の体験を経て制度についても考えるようになったそうですね。
はい、インターンシップ制度について更に選択肢の幅が拡がればと思います。そしてもっと拡がってほしいと考えます。何も分からない状態で就職するよりは、実際にその現場に入って働いてみる、という時間を設けることで見えてくるものや考えることがあると思います。
また、キャリアサポート関連の講座でもそうですが、大手企業やメガバンク、国家公務員系の紹介が多い中、地方や町づくり関連の職業についての紹介が比較的少ないように感じます。学生が幅広い分野に目を向け、自分に合った職業を探していくには、様々な機会が必要だと思いました。
―就職活動についても、深く考えるようになったようですね
私は正直、日本の就職活動は好きではありません。
3年生の時に公務員講座を受け始めたのも、何をすればいいのか、自分に何が向いているのか分からないという気持ちと、就職活動の在り方に疑問を持っていたからです。皆が同じスーツを着て、髪を黒く染め、しっかりと化粧をし、ヒールや革靴を履き、ロボットのように面接を受け、そんな数分で一人ひとりの何が分かるのだろう、私はそんな型にはまった就職活動をしたくないと思うのです。
日本は終身雇用の制度が根強いですし、一度就職してから転職することにあまり良い印象を持たれないことが多いように思います。でも、両立できるのであれば仕事を複数持つことや、時によって働く場所が複数に変化してもいいと思うのです。それがマルチワーカーという働き方を海士町で実際に見て感じたことです。
そういう働き方が拡がれば様々な場所の人手不足の解消にも、繋がるのではないかと考えます。
■現場で活きる、大学での学び
―大学の学びから、島での生活で活かしていることはありますか?
島で暮らし始めてから特に挨拶や笑顔、礼儀は心がけるようにしています。
特に、私の学んでいる社会学では聞き取り調査、参与観察など自分自身がその空間に入り込みながら調査をすることが多いので、相手の心を開き、信頼関係を築くには、そういった基本のコミュニケーションが大事だと感じることが多くあります。
―島でのコミュニケーションも積極的にされていますね。
分からないことや不安もありますが、島の方々に声を掛けていただいた時、機会をいただいた時はなんでも挑戦する、やってみることにしています。
最初は乗り気ではなくてもやってみたら楽しかったり、考えさせられることがあったり、なんらかの学びがあったりということばかりです。それは大学での学びも同じ。少しでも興味がある、疑問に思ったりしたときは、最初は少し勇気がいるかもしれないけれど、飛び込んでみる。好奇心のままに調査したり、学んだり、考えたりすることが未知の学びの世界へと繋がっているように思います。今回海士町に興味を持って想いのままに飛び込んでいったように、これから生きていく上で少しでも何かの機会があれば、そして少しでも興味があるのなら、飛び込んでいきたいと思います。そうして生涯学び続ける大人でありたいと思います。
■大多数が思う「あたりまえ」をなくしたい!
―これからの目標や希望はありますか
「自分には何もない」と悩んでいた私でも今こうやって毎日楽しく充実した日々を送っていることをみんなに伝えたいです。
今までは人前で話すことが苦手でしたが、観光船のガイドに挑戦し、日々悪戦苦闘しながらも、今では人前に立ってお客様をご案内するこの仕事が大好きです。
何がしたいのか、何が向いているのかわからない、それでもいい。そんな自分が海士町に関わるようになって学んだことを、同じような悩みを抱えるひとに伝えたいと思っています。
そして、一般的に多くの人が送っている生活、「あたりまえ」だと思われていることに必ずしも従う必要はないと考えます。それは学問でも同じことだと思うのです。
数的にマジョリティにあるから「あたりまえ」だと多くの人が思っていることにもう一度目を向け、疑問を持ち、考えてみる。そうすると何か新しいものが見えてきたりすると思うのです。そういった目をも持ちながら一般的な「あたりまえ」をあたりまえではなくしていくこと、そこから学んでいくことが私の目標です。
―受験生へのメッセ―ジをお願いします
「学び」は「勉強」とは違います。教科書に書いてあることだけが学びではありません。大学での学びは、受験までやってきた勉強とは違います。あなたの目の前に広がっているものごと、あるいは目に見えない何か、学びの対象はなんだっていい。私は府大に入学して学びの自由さを感じることが多かったです。自由にありとあらゆるものを学びの対象に。そう考えるとあなたの身の回りにもたくさんの学びへの扉が隠れているはずです。学びの扉を見つけに、あなたの進む、あなただけの学びの路を府大で拓いていきませんか?
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海士町観光協会のお母さん的な存在の高野さん、人生の水先案内人のような太田さんに観光協会で働く藤尾さんの印象をお伺いしました。
高野美知子さんのコメント
藤尾さんはとても素直で仕事に対してまじめに取り組んでくれています。アドバイスしたことをしっかり受け止め、改善する力があります。インターンシップだけで終わらず、海士町に興味を持って戻ってきてくれてうれしいです。彼女は島に合っていると思います。
太田章彦さんのコメント
私自身、海士町ではマルチワーカーとしていろいろな仕事に従事しました。藤尾さんが就職について悩んでいる時に相談に乗ったことがきっかけで、インターン終了後も海士町で働く道を切り開いたようです。いろいろと悩むことも多いようですが、頭で考えるだけではなく、もっと様々経験を積んで行って欲しいと思います。卒業後の彼女がどういう取り組みをするのか注目しています。
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藤尾さんが社会学に魅了されるきっかけとなったゼミ担当教員の工藤宏司 准教授に、大学での学ぶ姿勢や、また社会学に興味ある受験生へのメッセージもお伺いました。
工藤宏司 准教授のコメント
大学の「研究」では、具体的な対象について「なぜそうなの?」「だれが決めたの?」「どのような議論の先にこうなったの?」などを考え、調べ、分析し、という過程がとても大切です。藤尾さんは2回生のころまでに漠然とお持ちだった、社会やそれに影響を受けている私たちの生き方についてのこうした「問い」を、海士町でさまざまな方とかかわり、考えるなかで形にされていったのだと思います。
今の彼女は生き生きとしていて、ゼミでの他の学生とのやりとりでもとても率直に意見を述べ、仲間の話に耳を傾け、研究を楽しまれているように見えます。
みなさんにも藤尾さんにとっての「海士町の人々」「ゼミの仲間」が見つかりますように。
環シスでの学びはその可能性のひとつになるかもしれません。
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海士町は「地方創生の成功例」「まちづくりの成功例」として知られており、メディアなどの取材も多いようで、島に降り立った日にも早速、取材に訪れた記者と出会いました。
自然あふれるこの島の魅力は、まちづくりに特化したものではなく、島民全員の仲がよく、島民参加の年中行事がいろいろあるので誰もが知り合いなのだそうです。藤尾さんが住んでいる崎地区の住民の方も、「彼女は気さくに話をしてくれるので、とても馴染み深い」「すでにここで生まれ育った島民のように感じている」とのことでした。
Iターンを選択し、離島での一人暮らしで他の学生よりも少し早く実社会に出た藤尾さん。これからもいろんな経験を経て、大きく育っていく姿を楽しみにしています。
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藤尾さんが、週に1度、大学での講義と所属ゼミに出席するため、休暇を取得して島根県の海士町より大阪府堺市の中百舌鳥キャンパスまで通っています。前期授業の様子を少しご紹介します。
●移動スケジュ―ル【前期授業】
1日目(水曜日)
9時50分 フェリーにて菱浦港発
13時20分 境港着
本土到着後、連絡バスにて米子駅まで移動
23時 米子駅発 夜行バス(車中泊)
2日目(木曜日)
4時50分 大阪なんば着
難波到着後近辺のネットカフェに移動
7時 難波発(地下鉄御堂筋線)―中百舌鳥着
8時 大阪府立大学中百舌鳥キャンパス到着
午前中 講義受講
午後 工藤宏司先生(社会学)ゼミに参加
22時50分 大阪なんば発 夜行バス(車中泊)
3日目(金曜日)
4時50分 米子駅着
7時35分 米子駅発 連絡バス ―七類港着
9時30分 七類港発 フェリー
12時40分 菱浦港着
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<解説>
・全学域生
「学域」は、大阪府立大学における学士課程。他大学の学部に相当。
・副専攻
主専攻する分野以外の専門科目を学ぶことができるプログラムです。複数の分野を学ぶことで、広い視野に立った思考力が身につきます。
【取材日:2019年9月10日】
【取材:塩根 春華(広報課)】 ※所属は取材当時。