生命環境科学域 応用生命科学類 生命機能化学課程の3年生を受講対象にした生体成分実験(分子生物学実験)にお伺いしました。

今回の実習は、通年で行われる生体成分実験の中で、遺伝子組み換え実験を行う「分子生物学実験」の一部です。「PCR による一塩基変異の検出」という内容を学ぶにあたり、DNAを扱う「毛髪からのDNA 抽出、PCR」という実験を行います。この実験を通して、学生の皆さんは、自分の体質が、父母から受け継いだ遺伝子の配列によって決まる例を学びます。今回は、お酒に強い・弱いという体質を決める重要な因子になっている「アルデヒドデヒドロゲナーゼ」という酵素遺伝子について調べていきます。

中澤昌美先生、写真

中澤昌美講師からは、PCR(polymerase chain reaction:DNAを増幅する方法のひとつ)の原理の解説や実験手順の説明、また今回の実習は体質と遺伝子の関わりについて実践的に学ぶとともに、究極のプライバシーであるDNAについての生命倫理に関する知識も身につけることを目的としていることが説明されました。

実験に使う毛髪は新鮮なものが必要となるため、毛根のある状態の髪の毛を引き抜くことから始まります。

【授業内容】
1. 自分の髪の毛を3本抜き、ハサミで刻んでチューブに入れる。

髪をチューブに入れる様子 髪を抜く学生

2. 抽出溶液および酵素を添加し、混合後、55℃で22分間インキュベートする(「一定の温度にサンプルを保つ」の意)

この操作で、髪の毛が少しずつ溶解し、DNAが溶液に抽出されてきます。待ち時間を使って、別の実験「アルコールパッチテスト」に取り掛かります。

アルコールパッチテストをしてる様子脱脂綿に70%エタノールを1 ml程度染み込ませたものを自分の二の腕など、皮膚のやわらかい部分に貼り、7分後に皮膚の色の変化を確認。色の変化がなかった人は、さらに脱脂綿を外したまま10分待ち、皮膚の色の変化を確認します。赤くなる人、ならない人、それぞれの結果が現れます。アルコールに弱い人は脱脂綿の四角い形で赤みが濃く現れていました。普段お酒を飲んだ時の自分の姿を思い出しながら「予想通りだ!」と話す人がほとんどでした。

 

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実験中の待ち時間に、学生たちに「生体成分実験」を受講しての学びや、気づきについてお話を伺いしました。

【学生のコメント 1】

講義の最初の頃は、すぐに結果が出る実験が多く、講義が進んでいくと今回の実験のような複数の実験工程の後に、やっと結果へたどり着くものになってきました。培養や反応が出るまでの待ち時間は長いですが、結果を見たときの喜びは大きくなりました。

温度を一定に保っているチューブ チューブに試薬を入れる学生 チューブを温める機械とその様子

【学生のコメント 2】

遺伝子組み換えと聞いて難しそうな印象を受けていたのですが、それが学生でもできる簡単な実験で、手間はかかりますがDNAの遺伝子型も判明してしまう。感慨深くて面白いです。

抜いた髪を見つめる学生

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それでは、DNA抽出実験再開です。

3. インキュベート後、タンパク質変性試薬(フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1))を加え、撹拌する。
ここで使う試薬は毒劇物なので、手袋とゴーグルの装着が必須です。危険なものを安全に扱うという技術も学んでいきます。

4. 遠心分離し、DNAを含む水相(上層)をピペットマン(微量の液体を扱う装置)で新しいチューブに移す。

5. 「エタノール沈殿」という方法でDNA沈殿を得る。

6. DNA沈殿をTE bufferに溶かし、各自のDNAサンプルとする。

ここで、チューブに入った全員のDNAサンプルを一旦集め、新たにナンバリングし直し、ふたたび配られます。

実験に取り組む学生

7. PCRによってDNAを増幅し、自分の遺伝子型を調べる。

今回の実験では、アルコール代謝能力の反応として、①お酒が飲めるタイプ(NN型)、②すぐ顔に出るが比較的飲めるタイプ(NM型)、③すぐ顔に出て飲めないタイプ(MM型)の3種類の遺伝子型のどれに当てはまるのかを調べます。事前に準備された2種類のPCR反応液に、DNAをそれぞれ加え、混合して、実験完了です。

DNAの取り扱いは匿名性をもって慎重に

「ゲノムDNA」には、膨大な個人情報が含まれています。知る権利と同時に「知られない権利」を守ることがとても重要です。実験で抽出するDNAも、学生の名前が互いに分からないような形で、匿名性をもって取り扱うことになります。

そこで、各自のDNAサンプルを集め、誰のDNAかわからない状態で再配布し、実験結果は「クラス全体の結果」を捉えてレポートにまとめるという工夫がなされていました。最終的に「本人だけ結果が分かる」という仕組みになっています。

自分自身の結果をレポートに書かないという少し変わったアプローチになりますが、それだけ、DNAを取り扱うということは大きな責任が伴うということを理解してもらう機会になるのだなと感じました。

 

●中澤昌美先生からの学びポイント 1

実験の結果今回の実験を通してDNAの抽出は簡単に出来てしまうことだと実感すると思います。ゲノムDNAは簡単に扱えるようになったという一方で、その中には究極のプライバシー情報がたっぷり入っています。どうやって自分を守るかということも含めてよく理解し、実験を行ってください。今回は自分の髪の毛からDNAの抽出までは各自が責任を持って行ってください。

 

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実験の翌日に出た結果

実験の翌日に出た結果

本日の実習はここで終了ですが、ここからは温度や時間を設定した「PCR装置」が実験を行ってくれます。

94℃で2分、そこから94℃で30秒、60℃で30秒、72℃で30秒を35サイクル行うことで、目的とするDNA断片が増幅されます。そして、翌日電気泳動により結果を確認します。

これだけの細かな作業の後、ようやくDNAを抽出でき、反応が見られるようになります。取材側は実験工程を追うのにテンテコマイでしたが、さすがに3年生、戸惑うことなくスムーズに実験を進めていました。

 

アルコールパッチテスト後の腕

【学生のコメント 3】

アルコールパッチテストは中学生くらいで体験していて、それはそれで納得していたのですが、この実験では自分のDNAにアルコール代謝能力の酵素がちゃんとあると実感でき、自分のことをより詳しく知ることが出来るので面白いですね。

 

【学生のコメント 4】

高校生の頃は、化学系に進もうと思っていて生物は全く勉強していなかったのですが高校の先生の推薦もあって府大に入いりました。始めは勉強についていけるか不安だったのですが、生物の知識がなかったからこそ、こんな事もできるのかと発見がたくさんあって、今はとてもおもしろいです。

中澤昌美先生、写真

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●中澤昌美先生からの学びポイント 2

実験に取り組む学生4年生になって研究室に入ると、かなりの割合で組み換えDNA実験に取り組む学生がいます。その前に基本となる遺伝子組み換え実験の作法を身につけてもらって研究室への橋渡しをすることが大きな目的です。他の実験と違う気の遣い方をしなければいけないことと、無知であることで法律を破ることもあることをよく理解して、しっかり学んでもらいたいです。危険な試薬も多く取り扱うので、危険性や取り扱い方をちゃんと理解し学んで実験を行うということも重視しています。

これまでの実習(分子生物学実験)では酵素を使ってDNAを切ったり貼ったりしてきたのですが、今回はDNAを増やす際、一般的には非常にメジャーなPCRを知ってもらい、PCRでのDNA増幅をしっかりと大学の実験実習の中で行うことも、社会への橋渡しとして意味を持っています。それから、パッチテストのような簡単な方法で確認できることと、詳しく調べて確認できることとの相関性も実感してもらいたいですね。

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危険な試薬も取り扱う実験とあって、手袋に防護メガネを装着して行う場面もあり、少々緊張しながらお話をお伺いしました。

応用範囲が非常に広い遺伝子増幅技術であるPCR(polymerase chain reaction)を用いて、自分の毛髪からゲノムDNAを抽出する実験が、大学でもできると知り驚いています。
抽出したDNAをベースにしてアルコール代謝に関わる酵素遺伝子DNA断片を増幅させ、調べることができるなんてテレビドラマのようですが、こうした府大での授業を通して「実験の作法」を身に着けた学生たちが社会で活躍しているんですね、とても頼もしいです。

 

 

【取材日:2019年10月15日】 ※所属等は取材当時