生命現象や生命機能を解明し、その知識と技術を社会に役立てるための学びと研究を通じて、バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野で活躍できる人材を育てる生命環境科学域。同学域である応用生命科学類で、タンパク質酵素の反応機構を明らかにすることで、その有効活用方法や人工酵素の設計法の研究に取り組んでいる藤枝伸宇准教授が、「特異な翻訳後修飾アミノ酸を有する金属酵素の機能解析および新規創生」というテーマで農芸化学奨励賞(※)を受賞しました。藤枝准教授に、受賞した研究テーマの解説や研究者として心がけていること、今後の目標などについて伺いました。
※ 農芸化学分野の基礎及び応用分野の進歩を図る日本農芸化学会が、優れた研究に対して贈る賞です。
● 教員プロフィール
藤枝 伸宇(ふじえだ のぶたか)准教授
担当学類/応用生命科学類
研究分野/タンパク質酵素有効活用・進化過程の探求・人工酵素設計法
担当授業/生物物理化学I、生物物理化学II、生物物理化学持論
―藤枝先生のチームの研究内容や、現在の研究に取り組んだきっかけなども教えてください。
私のチームは、タンパク質酵素の反応機構を探求し、その有効活用や人工酵素の設計法を研究しています。同分野をテーマに研究し始めたのは京都大学農学部時代のことです。酵素は、さまざまな化学反応を引き起こすための触媒として機能するのですが、補酵素(酵素だけでは発現できない触媒機能を発揮させる低分子の有機化合物。主なものにビタミンが挙げられる)と組み合わさることで、すごい速度で物質を変換させることができます。当時は、補酵素を主なテーマとして、酵素と補酵素を組み合わせることで起こる化学反応と速度の関係を探求していました。その中で、タンパク質酵素そのものに興味が湧き、卒業後は京都大学次世代開拓ユニットのテニュアトラック助教として生体高分子(タンパク質・核酸など)をテーマに、約3年間、研究に取り組みました。その後、大阪大学大学院工学研究科へ助教として異動、再度、補酵素などを再現する研究に取り組みました。
補酵素からタンパク質、再度、補酵素の研究に取り組んだのは、研究をすればするほど未知の世界が広がると感じたからです。そんな中、約1年間、スイスのバーゼル大学へ留学しました。そこでは、人工金属酵素を研究しているグループと共同研究を行い、金属を組み合わせてさまざまな反応をコントロールするという研究をしました。その後、阪大大学院へ戻り、人工酵素創成に取り組んだ後、府立大大学院に着任して現在に至ります。
―農芸化学奨励賞を受賞した「特異な翻訳後修飾アミノ酸を有する金属酵素の機能解析および新規創生」の研究内容をわかりやすく解説してください。
タンパク質は、アミノ酸が連なって構成されています。2001年頃、アミノ酸が連なって化学反応を起こし、ビタミンに類似した分子構造を誘起させているのではないかといわれ始めました。身近なことでいうなら、ビタミンCを摂ると老化防止に期待できるとされていますが、ビタミンは補酵素の主な仲間で、タンパク質酵素と結合して反応速度をコントロールする(体内の代謝を変化させる)からです。
ところがその後の研究で、それはビタミンではなく、ビタミンのような働きをする補因子(酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の物質)であるということがわかりました。それが「特異な翻訳後修飾アミノ酸を有する金属酵素(Protein-Derived Cofactors/プロテイン ディライブド コファクターズ)」です。
研究では、従来の生化学的な手法と電気化学測定法を駆使して「特異な翻訳後修飾アミノ酸を有する金属酵素」の物理化学特性評価を行い、電子の受け取りやすさを明らかにしました。アミノ酸は、求核剤(反応する相手に電子を与えて攻撃すること)として働く事が多く、電子の授受に関わる性質があるということで、アミノ酸としては特殊な性質を持っているといえます。
さらに、金属を導入して人工金属酵素の創生ができることも証明しました。人工金属酵素の創生とは、天然にない酵素を新しく創ったということです。創生の際に、「特異な翻訳後修飾アミノ酸を有する金属酵素」が、化学反応のスピードを調律していることもわかったのですが、この制御は極めて巧みで、今後、人為的にこの制御を行うことができれば、さまざまな産業分野に貢献できると思います。
―金属酵素を人工的に創生できると、具体的に何ができるのでしょうか?
酵素の生体内の化学反応を制御する力を活用して、すでにバイオセンサーや電子回路に活用されていますが、例えば、人工金属酵素を電子回路素子として活用するとLSIの計算能力が格段に上がります。グルコースセンサーであれば、精度を上げることができるため、採血に使用する針の先を今以上に細くできますから、採血時の苦痛を和らげることができるでしょう。
もちろんこれらは、現時点では“そんな可能性がある”という範疇であり、少し言い過ぎになるのかもしれません。ところが、今、当たり前のように使っているものは、何年か前には夢物語だったはずです。どのような研究も、次の快適さや便利さを実現するための布石であることに違いはありません。
―研究を行うにあたり、最も苦労したことを教えてください。
ターゲットとなる分子は、折りたたまれているような複雑な構造をしているタンパク質の中央に存在しています。分子は、何本かの鎖で絡まった殻の中央にあるわけです。まずはその殻を壊さなくてはなりません。試薬を使って殻を溶解して、必要な分子のみを取り出します。殻を破って中身を取り出すというと簡単そうに聞こえるかもしれませんが、すべてがタンパク質のためバラバラにしても性質がよく似ています。例えるなら、一卵性の7つ子の中から、ほんの少しだけ異なる何らかの素質を持った子を一人、捜し当てるほどの難しさといえばわかるでしょうか。また、やっと取り出すことができても、それはとても不安定ですぐに壊れてしまいます。取り出して24時間以内に精製しなければいけないのですが、この一連の作業が大変でした。
―藤枝先生が、生命環境科学域の研究に興味を持ったきっかけを教えてください。
私が育ったのは神戸市の中でも自然が残っているエリアでした。虫がたくさんいたので、虫を捕まえて遊んでいたのですが、幼稚園に通っていた頃、ふと「なぜ、動くんだろう?」との疑問が浮かんできたのです。気になることは探求したくなる性格なので、バラバラにしてみました。バラバラにすると、当然、動かなくなるし、中を見てもそれだけでは仕組みはわからず、謎は深まるばかりでした。あるとき、学習雑誌に遺伝子工学についての特集がありました。この中で「遺伝子」という言葉に初めて出会い、大いに好奇心が刺激されました。子ども心に「この世界を勉強すれば、人造人間や人造昆虫をつくり出すことができるのでは?!」と考えたのが、この学域に関する興味の始まりでした。人造人間というと倫理的に少し物騒ですが(笑)。
―小学生時代の目標をずっと持ち続けていたのですか?
中高一貫校に通っていたのですが、途中、プログラマーも面白そうだなと考えた時期もありました。正直に言うと、ずっと向学心に燃えていたわけではなく、高校時代に阪神・淡路大震災があり、本当にやりたいことをやらなければという気持ちになり、本当にやりたいことって何かと考えた結果、小学生のときに考えた「遺伝子の世界を学ぶ」ということでした。そのときに、遺伝子工学を学ぶために京大農学部へ行こうと決意して、本気で勉強を始めたのです。
―研究者として心がけておられることを教えてください。
「人事を尽くして天命を待つ」を信条としています。専門とする生物物理化学は予想する学問です。仮説を立てて実験を行うわけですが、あの手この手を考え尽くして、やり尽くす。そして、予想外の結果が出ると、また、次の手を考えて、実行します。心がけていることというより研究者はこれに尽きるのではないでしょうか。
また、自分が立てた仮説が外れたときに相手(自然現象)の大きさを実感します。相手が大きいと感じるたびに、まだやるべきことがあると実感します。アインシュタインが「自分の無知を知れば知るほど、さらに学びたくなる。」と言っていますが、本当にその通りだと思いますし、これこそが研究者であることの面白さだとも思います。
―今後の目標をお願いします。
「特異な翻訳後修飾アミノ酸を有する金属酵素」は、現在、30種類以上、発見されており、その機能の全貌が明らかになっているわけではありません。今後も、発見される可能性もあります。この状況を踏まえると、人工酵素の研究をフルマラソンに例えたとしたら、私はまだ100mしか走っていないと感じます。
人工酵素の研究が進むと、細胞内の複雑な反応の代謝系を細胞のないところで再構築し、産業界に重要な物質を今まで以上に簡単に、省エネルギーでつくり出せるようになります。現在、私たちは、石油からつくられたものを使って暮らしていますが、人工酵素の研究が進めばバイオマスからさまざまなものをつくり出せるようになるのです。例えば、食物から燃料を、燃料から食物をというように。そうなると、世界の各地域で産出するものを使って、その国で食糧やあらゆるものをまかなうことができるかもしれません。
こうして話をしていると、子どもの頃に「虫はなぜ動くのか」と興味を持ったことで命の壮大な世界に足を踏み入れ、そこから遺伝子につながり、遺伝子の情報に基づいて構成される酵素へとつながったという意味では、子どもの頃に見た夢が今も続いていると感じます。そして今、研究者のエネルギーは何かと問われると、迷わず夢だと答えます。今後も人工酵素の研究に取り組み、社会に貢献したいと思います。
【取材日:2019年7月3日】 ※所属は取材当時。