エネルギー危機、食糧不足、環境破壊など、
地球規模の課題解決のための基礎を学ぶ「有機化学Ⅱ」

日本は今、人口減少が進み、少子高齢社会が深刻化しています。ところが視野を世界に移してみると人口は増加傾向にあります。これにより、エネルギー危機、食糧不足、環境破壊などの課題が地球規模で広がっており、世界中の人が一丸となって課題解決に取り組まなければならない時代になっています。

講義の様子

応用生命科学は、このような地球規模の課題を科学の力で解決するための学問領域であり、有機化学は地球規模の課題を解決する基礎力を養う学びです。その理由は、人間も含めて地球上に存在する生物由来のものはすべて有機物(炭素・水素・酸素およびその他の化合物)でできており、これら有機物の性質や反応を扱い、複雑でパズルのような化学構造式と反応式の原理原則を理解して、「より安全に」「もっと快適に」といったニーズを満たす新しい物質を生み出す力を培う第一歩となるからです。

「有機化学Ⅱ」の授業を担当するのは、他大学や研究所等との協働で微生物肥料の開発に取り組む秋山 康紀教授です。この「有機化学Ⅱ」では、全授業を通じて、

1. 非局在化したπ電子系を持つ化合物の性質、化学反応、反応機構について説明できること。
2. ベンゼンおよびベンゼン誘導体の命名法、性質、化学反応、反応機構について説明できること。
3. アルデヒドおよびケトンの命名法、性質、化学反応、反応機構について説明できること。
4. カルボン酸およびカルボン誘導体の命名法、性質、化学反応、反応機構について説明できること。
5. アミンおよびその誘導体の命名法、性質、化学反応、反応機構について説明できること。
6. ヘテロ環化合物の命名法、性質、化学反応、反応機構について説明できること。
を目標としています。

講義の教科書とノートを書く学生「有機化学Ⅱ」の授業の対象は、応用生命科学類 生命機能化学課程の2年生。同科学類1年、2年は、有機化学の他に、生化学、分子生物学など、バイオサイエンス、バイオテクノロジーの基礎となる科目を座学で履修しながら、生体試料の扱い方や分析方法など基礎的な実験技術の修得にも取り組みます。実験の授業では活気あふれる学生たちですが、教室での座学の授業となると、複雑な化学式など暗記すべき事柄が次々と出てくるため、教授の言葉を一言一句聞き逃すまいと耳を傾けて、熱心にノートを取る姿が印象的です。

「有機化学Ⅱ」の今回の授業のテーマは「カルボン酸」です。秋山教授が「今日の授業の最初は、前回の第7回目の授業で少し残っている項目『エノラール、エノラートとアルドール縮合』の後半をやりましょう」と、教室を見渡しながら学生たちに語りかけ、「α、β不飽和アルデヒドおよびケトンの性質」「α、β-不飽和アルデヒドおよびケトンの共役付加」など、アルデヒドやケトンの性質、化学反応、反応機構に関する説明を行い、この章の最後の項目「エノラートイオンの共役付加反応:Michael付加およびRobinson環化(Robinson annulation)」の解説へと移ります。

講義をする秋山康紀教授

「エノラートイオンは、α、β-不飽和アルデヒドやケトンに共役付加します。このタイプの反応は、Michael付加反応として知られており、Michael付加反応は、アメリカの化学者アーサー・マイケル(Arthur Michael)が報告した有機反応の一つです。3-ブテン-2-オンのような、ある種のMichael受容体では、はじめに生成した付加体が分子内アルドール縮合することが可能で、これによって新たな環が形成されます。Robinson環化とは、Michael付加と分子内アルドール縮合を連続的に行う合成反応を指し、この反応を用いるとステロイド骨格を構築することができます。これは有機合成化学において重要な反応として知られています」(秋山教授)。

ステロイド骨格を人の手で構築できると、どのようなメリットがあるのでしょう。秋山教授は「ステロイド剤の合成に活用されており、アトピーの治療薬として使われています」と解説を付け加えました。

化学構造式や反応式が何を意味するのかは、有機化学を学んだことのない人には理解することはできません。ところがこのような解説を聞くと、私たちの豊かで、快適で、健やかな暮らしは、有機化学の恩恵で成り立っていることがわかります。

いよいよテーマは、この日のメインの「カルボン酸」へと移ります。この章では、カルボン酸の命名法、構造、性質、合成や、カルボキシ炭素および隣接位における置換え反応機構について正しく理解する学びに取り組みます。
「まずは、いつも通り命名法から始めましょう」と秋山教授。

講義をする秋山康紀教授

化合物はすべて、構造が正確にわかる仕組みになっている「IUPAC(アイユーパック)命名法」で名前が付けられています。この名前は世界共通のため、化学者を目指すなら必ず覚えておかなければならない重要事項。そのため、各章の最初に学びます。
ところが、命名法の学習にまつわる事項は、想像以上に地道な努力が必要で、この分野の学びを志す学生にとっては、最初にして最大の関門となることも多いようです。

秋山教授は、「IUPAC(アイユーパック)命名法では、カルボン酸の名称は、対応するアルカンの名称の最後の-eを、-oic acid(オイックアシッド)で置き換えます。慣用名、系統名称もしっかり覚えておいてください」とカルボン酸の命名法について書かれた一覧表を示します。さらに、カルボキシ炭素に番号1を付け、そのCOOH基を含む炭素鎖を主鎖とすること、カルボキシ官能基およびカルボン酸誘導体の官能基は、これまでに学んできた他のどの官能基よりも命名における優先順位が高く、カルボキル基を持っている分子は自動的にカルボン酸として命名することになっていること。さらに、それ以外の場合に関する解説を行いました。その後は、カルボン酸とその他の有機物質の沸点やカルボン酸の酸性および塩基性など、カルボン酸の性質をテーマとして、押さえておくべきポイントや間違いやすい事柄を示して解説し、反応に関する学びに取り組みます。

「カルボン酸誘導体:エステル/カルボン酸はアルコールと反応してエステルを生成する」という項目を示しながら、「エステルの合成は、高校の化学でも学びますが、大学では高校とは違う視点で学びます」と秋山教授。

カルボン酸と適量のアルコールを酸触媒条件下で反応させると、OHが脱水でアルコール由来のORに置き換わる。これが高校の化学での学び。大学では、反応の原理と反応をコントロールする方法に取り組みます。

講義をする秋山康紀教授

秋山教授は「カルボン酸、エステルに攻撃してくるアルコールもしくは水の求核点は共に酸素原子で求核性もほぼ同じですから、カルボン酸とアルコールを1対1で混ぜると平衡反応で行ったり来たりします。そのため、アルコールによってエステルを作りたい場合は、何かしらの細工をしなければ反応が進まないということになります。平衡反応をコントロールするには2つの方法があります。それは、二つの出発原料の一方を過剰に用いることと生成物であるエステルあるいは水を反応混合物から除去する方法です。とはいえアルコールは安価なため、アルコールを過剰に使う方法を用いることが多いのです」と解説。その後、「では、酸触媒条件下でのエステル化を各自、手元の資料に書き込んでください」と指示し、数分後、書き込んだ内容の解説などに取り組みました。

講義のなかで「カルボン酸誘導体」の項目以外でも、高校化学で学ぶ事柄が複数登場しました。その都度、秋山教授は、高校と大学での学びの違いを解説する姿が印象的でした。高校化学が、化学の基本に触れるための学びであるとするなら、大学の授業は、将来、化学者として研究やものづくりの場で活躍するための基本を養う場といえます。その活躍のフィールドは、「地球に存在している産業分野すべて」と言っても過言ではありません。活躍のフィールドが幅広いだけに、学びながら将来の目標を見極めることが日々のモチベーションになるのではないでしょうか。

「有機化学Ⅱ」の学びは全15回。今回の授業は第8回目であり、今後は「カルボン酸誘導体」「アミンおよびその誘導体」「ベンゼン置換基の反応」などに取り組みます。すべては地球の未来のために。学生たちの学びはこれからも続きます。

【取材日:2019年11月22日】 ※所属は取材当時