第一線で活躍されている大阪府立大学の卒業生や大学関係者のお話を伺う校友会主催の校友懇話会。今回は、昨年4月に学長に就任された辰巳砂 昌弘先生(前 工学研究科長)に、長年の研究テーマで、現在も研究者として取組んでおられる「全固体リチウムイオン電池」についてお話いただきました。

■辰巳砂 昌弘 プロフィール
1980年 大阪大学大学院 工学研究科 博士課程前期課程修了
1980年 大阪府立大学 工学部助手として着任
1991年 工学部講師就任
1993年 助教授就任
1996年 教授就任
2011年 副研究科長就任
2015年 研究科長就任
2019年 大阪府立大学 学長(兼)公立大学法人大阪 副理事長就任


● イントロダクション/電池の歴史について

電池は、手軽なエネルギー源として私たちの暮らしに根付いています。電池が世界で初めて開発されたのは1800年です。開発したのはイタリア人の物理学者ボルタ。ボルタは、銅、亜鉛、硫酸を使って電池を創り出すことに成功しました。その名も「ボルタ電池」。その後、世界各国の研究者の切磋琢磨によって「乾電池」が開発、生産されてきました。一方、充電できる電池は、鉛蓄電池、ニッケル・カドミウム電池、ニッケル水素電池、そしてリチウムイオン電池と進んできました。どちらも背景にあるのは利便性と安全性の実現です。

辰巳砂学長の研究テーマは「全固体リチウムイオン電池の開発」です。充電ができる画期的な電池として、電解質が液体である現在のリチウムイオン電池の生産が1991年に始まり、スマートフォン、ノートPCなど小型電子機器などに用いられています。しかしながら、現行のリチウムイオン電池は電気自動車(EV/Electric Vehicle)など大電力を要するものへの利用には、様々な課題があります。辰巳砂先生は約40年前からこのような用途にも適した、電解質として固体を用いた全固体リチウムイオン電池の研究開発に取り組んでこられました。講演は電池の種類と構造、リチウムイオン電池の解説から始まりました。

講演の様子

●リチウムイオン電池と全固体リチウムイオン電池について

蓄電池には、アルカリ乾電池やリチウム電池など使い切りタイプの「一次電池」と、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池などの充電することで繰り返し使える「二次電池」があります。そしてこのリチウムイオン電池の研究・実用化で米ニューヨーク州立大学 ウイッティンガム教授、米テキサス大学 グッドイナフ教授、旭化成 吉野名誉フェローが、2019年のノーベル化学賞を受賞されました。

ウイッティンガム教授は、世界で初めて電極にリチウムを使うことを発見した方です(1970年代)。リチウムは軽くて良く働くため負極に使い、正極には硫化物を使うことを考えたのですが、反応が不安定で実質的な実用化には至りませんでした。その後、グッドイナフ教授が、正極にコバルト酸リチウムを使うことを考えつきました(1980年代)。

吉野氏は「もっと負極に相応しい材料はないかと」と探していた研究者の一人です。以前から、負極にはカーボンが良い働きをするということはわかっていたのですが、吉野氏は、さまざまなカーボンを試して、グラファイトを組み合わせると電圧の高い電池ができることを突き止めました。このような方々の研究によりリチウムイオン電池が実用化されました。

リチウムイオン電池の充電、放電プロセスの図

図:リチウムイオン電池の充電、放電プロセス

では「全固体リチウムイオン電池」とは何かということですが、わかりやすく表現すると現在のリチウムイオン電池の電解質は液体が用いられていますが、これを固体にした電池です。液体であっても固体であっても、リチウムイオンが重要な役割を果します。先ず充電ですが、外部から正極にプラス、負極にマイナスの電圧を印加すると、正極(図のLiCoO2)はリチウムイオン(xLi+)、電子(xe-)などに分かれます。そして、リチウムイオンは電解質を通り負極に移動、電子は外部を通り負極に移動、負極で両者が結合しLixCが作られます。これが電池にエネルギーが蓄えられた状態です。放電はこの逆のプロセスで、負極のLixCがリチウムイオン(xLi+)、電子(xe-)などに分かれ、リチウムイオンは電解質の中を正極に移動、電子は外部回路を通り正極に移動、正極で両者が結合し元のLiCoO2に戻ります。このプロセスにおいて、外部回路に接続された機器に電気エネルギーが供給されます。

このようにリチウムイオンは電解質の中で、正極と負極を行き来します。このイオンの通り道であります電解質を固体にするメリットですが、燃えなくて安全(安全性・信頼性の飛躍的向上)、小さな体積でたくさんの電気が蓄えられる(高エネルギー密度化)、より速く電気が取り出せる(高出力化)などがあります。私は、この固体の電解質材料に関する研究を長年行っています。

講演する辰巳砂学長 会場の様子

●スマホやハイブリッド車など、さまざまな分野で活用されている二次電池

電解質が液体のリチウムイオン電池は、1991年にソニーから発売され、現在ほぼすべてのスマホやパソコンに使われています。これらに用いられているリチウムイオン電池の単位重量当たりに蓄えられるエネルギー(エネルギー密度)は250~300Wh/kgです。

しかしながら大電力を要する自動車への応用となりますと、走行距離などさまざまな課題があります。現在の電気自動車では、1回の充電で走行できる距離は約300kmです。ガソリン車の場合は1回の給油で約500km走りますから、電気自動車もそのくらいは走れる電池が必要とされます。そこで、現在のリチウム電池よりも大きなエネルギー密度や短い充電時間が実現できる可能性の高い、先ほど述べた特質を持つ“全固体電池リチウムイオン電池”の実用化が期待される訳です。

●全固体リチウムイオン電池のメリットと可能性

全固体リチウムイオン電池のメリットの一つである高出力化ですが、この実現難易度は高く大きな壁になっていました。しかし3年前、トヨタと東工大が共同で電気伝導性が高く、高出力化を実現できる固体電解質を開発し壁を一つ乗り越えました。

ここで、電気自動車の現状についてお話しします。テスラという電気自動車メーカーがありますが、テスラの電気自動車はパソコンに使われている電解液を用いた円筒形のリチウムイオン電池(公称電圧 約3.7V)を直列にたくさん繋いだものを床下に設置しています。すべての電池を安定的に動作させる技術は極めて難しく、コストの問題もあるため、大きな伸びシロがないと言われています。

これ対して全固体リチウムイオン電池は個々の電池を電線で繋ぐのでは無く、正極と負極を重ね合わせて多層化し作製することで数百ボルトの電圧を取り出せますので、電気自動車への応用に適しています。ただ実用化に向けては、より電気伝導性の高い固体電解質の開発が急務で、国内はもちろん海外でも研究が進み、固体電解質と全固体電池に関する学術論文の数もここ10年で20倍と急増、2019年には900本以上になっています。

このような流れの中、私は2017年10月に日経新聞者の取材を受け、「5年後、全固体電池が実用されることを目標に研究を進めている」と応えて、その内容が記事になりました。同じ頃、東京モーターショーでトヨタの副社長が「2020年代前半に全固体電池を実用化する」との方針を発表し、さらにトヨタとパナソニックが全固体電池開発の協業を模索していると述べました。そしてこの2020年4月、トヨタとパナソニックが全固体電池を含む車載電池生産に関する合弁会社「プライム プラネット エナジー&ソリューションズ」が設立されることになりました。大勢の大阪府立大学卒業生が、これらの会社で活躍していることもお伝えしておきます。

●陰イオン、陽イオンの力を最大限に発揮させる電解質「無機ガラス系固体電解質」

ここで私の研究テーマである「全固体リチウムイオン電池に用いる無機固体電解質素材」、そして私が長年研究しています「無機ガラス系固体電解質」について紹介します。私が開発しました無機ガラス系固体電解質はリチウムイオンの高速移動が可能、すなわち高いイオン伝導性を持っており、EVに適した高出力リチウムイオン電池を実現できます。

今日は、化学を学んだ方とそれ以外の専門の方が集まっておられるため、参加者の皆さま全員に理解していただくように解説するのはとても難しいのですが、電解質についてわかりやすく解説します。液体と固体の各電解質でのリチウムイオンの動きの違いを身近なことに例えると、液体の場合はそれほど混んでいない電車、固体の場合は満員電車です。混んでいない車内であればリチウムイオン(人)は移動しやすいですが、満員電車では容易に移動ができません。ところが無機ガラス系固体電解質の場合は固体であるにもかかわらず、整列して詰め込まれていないために少し移動する余地がある上に、もし移動すると、人(リチウムイオン)が素早く通れる「通り道(イオン伝導経路)」ができるように他の人が整列する性質がある。これが、「組織選択の自由度が大きい」「超イオン伝導結晶の折出が容易」というメリットになります。

私の研究グループでは単に素材の研究だけでなく、正極、固体電解質、負極の3層を実験室のグローブボックス内に設置したプレス機でプレスし、電池として動作することを確認しております。また、出来上がった電池をハサミで切っても安定して動作することを確認、従来の液体では実現できなかった安全性を実証しております。

私は、この無機ガラス系固体電解質の研究で、30年前の1990年に日本化学会 進歩賞、2002年に学術賞、昨年2019年に学会賞を、また2018年には文部科学大臣表彰 科学技術賞を受賞しました。これらの賞は一歩一歩ではありますが確実に実用化に近付いていることの証とも言え、何とかこの技術成果を社会に役立てたいとの思いから、今も学長の仕事の傍ら研究にも携わっています。

また、全固体電池は国レベルでの開発も急ぐ必要があると言うことで、科学技術振興機構(通称JST)の先端的低炭素化技術開発プロジェクト(ALCA)で研究開発が進められています。私は次世代蓄電池開発(ALCA-SPRING)の「全固体電池チーム※」のリーダとしてプロジェクトを推進しております。なおチームには大学、公的研究機関、そして企業がメンバーとして参画していますが、府大からは私以外に林 晃敏教授、森 茂生教授の研究室がメンバーとして参画しています。
https://www.jst.go.jp/alca/alca-spring/team/index.html

講演に聞き入る参加者の写真

●電気自動車は実用化実現の第一歩

今後、さらなる研究開発が行われ、電気自動車だけでなく航空機用、船舶用、陸運用など、さまざまな乗り物への普及はもちろん、住宅や医療現場、あらゆる産業に活用されることが期待されます。電気自動車用の車載用蓄電池の開発はあくまでもその第一歩なのです。そんな中、今年開催される東京オリンピックでは、国内企業が研究開発の成果として、全固体リチウムイオン電池の実用化が近いことを何らかの形でアピールするのではないかと思います。どの企業が、何をアピールするかに注目していただければと思います。

このように全固体リチウムイオン電池の実用化に向けての研究が進められていますが、「いかに活物質、固体電解質間の界面抵抗の低減と活物質量を増大させるか」、「いかに液型蓄電池製造プロセスを転用するのか」、「研究者が少ない」、「研究遂行に一定の設備が必要」といった様々な課題があります。これら課題の解決のため、固体イオニクス、分散・混合技術、液体工学、ガラス・セラミックス・ポリマー技術、薄膜形成技術、高度な材料構造解析・構築技術も必要で、さまざまな技術分野からの参入を期待しているところです。

●最後に

私は、1980年に府大に工学部助手として着任、今年で丁度40年間、府大で教育・研究に携わったことになります。その間の、たくさんの教え子が社会で活躍してくれています。そして府大は2023年に創基140年を迎えます。また、大阪市立大学は今年創立140年を迎えます。ご存知のように両大学は2022年に統合する予定で、両大学が共に互いの140年を祝おうと思っております。府大の創基140年事業の具体的な内容については現在検討中ですが、詳細が決まり次第卒業生の皆さまにお知らせすると共に、ご協力をお願いしたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

辰巳砂学長の府大での40年間にわたる研究と社会還元、大学の枠を超えた国レベルでの活躍、そして創基140年を迎える府大への熱い思いなどが凝縮された講演となりました。今回の懇話会には卒業生だけでなく辰巳砂先生の講義を聞きたいとの思いから、工学域 物質化学系学類2年の朝倉 大智さん、石丸 諒太郎さんが参加しました。講演後の和やかな雰囲気の懇親会の中で二人から辰巳砂先生に、「研究のモチベーション」、「博士後期課程に進学すべきかどうか」などの質問がありました。これらの質問を頷きながら聞き、そして真摯に答えておられる姿が印象に残りました。また先輩卒業生もその様子を温かい目で見守っていました。府大の特徴のひとつは、「先生と学生の距離が近いこと」とよく言われますが、そのことを思い出すとともに、新大学になってもこの良き伝統が継承されることを願いました。

参加者からの質問に答える辰巳砂学長

参加者の様子 講演会後の談笑の様子

 

<工学域 物質化学系学類2年 朝倉 大智さんの感想>
今回の講演では、自分の専門の、加えて興味のある分野で普段は聞くことのできない貴重なお話を聞かせていただきました。私がこの講演でとても印象に残っているのは全固体リチウムイオン電池のこれからについてです。今課題となっていることやどんなプロジェクトで研究開発を行っていくかなど、興味深いお話を直にお聞きすることができました。懇話会や講演後はOB・OGの方々とお話しさせていただき、以前の府大についてや、応用化学課程についてもお話を伺いました。
一年後研究室に配属される身として、このようなお話を聞かせていただくことはこれからの励みになりました。これからも今までに増して勉学に励んでいきたいと思います。

<工学域 物質化学系学類2年 石丸 諒太郎さんの感想>
今回のご講演では、大変貴重なお話を伺いました。辰巳砂先生が取り組んで来られた全固体リチウムイオン電池の研究分野は、今世界から注目を浴びており、その研究の先駆者であることを伺い大変驚きました。ただ、注目を浴びている分、世界からの追い上げは凄く、私達日本の学生が興味関心を持って、研究に取り組んで行くことの重要性を再認識しました。
ご講演の後は、OB・OGの方々、そして辰巳砂先生ともお話させていただき、普段学生の間では聞けない話を伺わせていただきました。今回のご講演で学んだ、感じたことを大切にし、有意義な学生生活にしたいと思います。

【取材日:2020年2月12日】
【寄稿:広報課 卒業生室 上田勝彦】