教育専門誌「教育PRO」令和2年3月17日号に掲載された、吉田敦彦副学長(学生担当)の寄稿記事をお届けします。(誌の転載承諾済み)

吉田敦彦副学長

【時 評】「教育無償化」を拡張する三つの新制度の導入 ―すべての人に学び成長する機会を保障する国際動向のなかで― 大阪府立大学副学長・教授 吉田敦彦

「教育無償化」とも謳われた経済面での修学支援の新しい三つの制度について、その意義を国際的な動向のなかで押さえておきたい。

高等教育、私立高校、幼児教育・保育の「無償化」導入

2019年10月の幼児教育・保育の無償化につづき、2020年4月から、国の制度として私立高校の実質無償化、そして高等教育の修学支援新制度が導入される。

幼児教育・保育の無償化(子育てのための施設等利用給付)によって、幼稚園・保育所・認定こども園等は、すべての3~5歳児と、住民税非課税世帯の0〜2歳児の利用料が無料になった。地域型保育や認可外保育施設、幼稚園の預かり保育なども条件付きで対象となる。高等学校については、これまで公立学校の年間授業料相当分の就学支援金が支給されていたが、今春より、年収590万円未満の世帯を対象に、私立高校授業料の全国平均額にまで引き上げ、「実質無償化」する。

大学等の高等教育の「無償化」(公称は「修学支援新制度」)は、授業料・入学金の免除/減額と給付型奨学金の支給を行う。住民税非課税世帯の学生については、授業料・入学金の全額免除、給付型奨学金は自宅外通学生で月額66,700円(国公立)または75,800円(私立)を給付。それに準ずる世帯の学生については三分の二または三分の一が減額・給付される。

なお、大阪では、府独自予算で私立高校実質無償化をカバーしてきた財源を、大阪府立大学と大阪市立大学の(大阪府在住の)学生への、国の制度に上乗せした修学支援に充当する方針が決まっている。

国際的な学習権保障の動向――高等教育無償化の国際公約

さてこのような教育無償化の意義を考えるに当たって、国際的な動向を視野に入れておくことが重要だ。少子化対策(子育て世帯の負担軽減)や消費税率引き上げの財源論といった側面が注目されがちであるが、もっと大きな人類史的な背景をもつものだからである。

「世界人権宣言」(1948年)の第二十六条で、高等教育の機会均等が明記されている。その「宣言」を条約化した「国際人権規約」(1966年)を日本が1979年になって批准した際、じつは次の条項の「無償教育の漸進的な導入により」の部分を「留保」していた。

ー社会権規約十三条2(c)「高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。」(前項(b)の中等教育についても同様)ー

「留保」というのは、この規約の批准によって、直ちに無償教育の漸進的導入を約束しないという意味である。実際のところ当時の日本は国立大学の授業料の大幅値上げを行っていた。そして、締結国160か国のうち「留保」しているのがマダガスカルと日本の2か国のみになっていた2012年に、日本政府もようやく「留保撤回」を国際連合に通告した。遅ればせながら、この時点で高校や大学の漸進的無償化は拘束力のある国際公約になったのである。

OECDによる幼児教育・保育の重視政策

幼児教育・保育の無償化にかかわる国際動向として、OECDの「スターティング・ストロング」政策に触れておく。2007年にJ・ヘックマン(ノーベル経済学賞受賞者)が、質の高い幼児教育・保育は、潜在成長力を高める最も効率的な戦略であり、それへの投資は、社会全体にもたらたす経済的効果が最も高いとする研究成果を発表した。

こういったデータを踏まえ、OECDが提唱した「スターティング・ストロング」政策(邦訳:『OECD保育白書―人生の始まりこそ力強く』2011)の影響を受けて、加盟各国は、幼児教育・保育への公的支出を拡大している。つまり、幼児期の教育・保育がその後の学校教育や、成人以降の職業や生活満足などに大きな影響を与えることが明らかにされて以来、無償化を視野に入れた教育投資は国際的にもホットな潮流となった。

また近年では、量的拡大だけでなく、むしろ「保育の質向上」が焦眉の課題として認識されるに至っている(『OECD保育の質向上白書』2019参照)。この点は、今後日本で無償化による保育利用者や保育時間が量的に拡大する中、保育の内容・質を支える保育士の処遇や保育施設の充実改善を進めていくうえで欠くことのできない視点である。

国際比較にみる日本の公財政における教育支出の低迷

このような国際動向にあって、日本の公財政における教育支出がOECD各国と比して少ないことは、つとに指摘されてきたが、特に「幼児教育及び高等教育に対する支出は、その50%以上が家計から捻出され、各家庭に極めて重い経済的負担を強いている」と、OECDは日本を対象とした『カントリーノート:図表でみる教育2018」で特筆している。指摘を受けた日本のデータを紹介する。

・公財政支出における高等教育への支出割合の低さは特に顕著で、OECD加盟国平均3%に対して1.7%である。
・日本の国公立教育機関の学士レベル課程の授業料は、データのあるOECD加盟国の中で、イギリス、米国、チリに次ぎ四番目に高い。
・高等教育段階の支出の68%が私費負担に依存しており、OECD平均30%の二倍を超える。
・日本は、就学前教育に対する教育支出の対GDP比がOECD加盟国35か国中34位である。
・GDPのわずか0.2%が就学前教育に支出され、この割合はOECD加盟国平均の三分の一である。
・幼児教育への支出の約半分は私費負担によって賄われ、これはOECD諸国の中で英国に次ぎ2番目に高い割合である。(2016年時点)

これらのレポートのなかでOECDは繰り返し、日本政府はこの状況を改善するために、高等教育や幼児教育の無償化に向けた制度設計を行っている途上であると言及している。

普通教育のプレ/ポストに無償化を拡張する人類史的な意義

このように見てくると、高等教育や幼児教育・保育の「無償化」の「漸進的」な導入は、不十分な課題は抱えつつも、ようやく国際公約を果たし、世界的な教育・ケアの機会保障の動向に追い付こうとする至極当然なものだと評価できる。それは「少子化対策」や「人づくり政策」の文脈で語られることが多いが、むしろ世界人権宣言や子どもの権利条約がめざすベーシックな教育を受ける権利、学び成長する権利の保障を目的とする。つまり、全ての人が、生涯にわたる全過程を通して、平等かつ公正に開かれた学習機会を得て、自らの潜在的な力を最大限に開発できるように保障するものである。

人類の歴史が進むにしたがって、すべての人に教育を保障する無償化は、小学校・中学校の義務教育段階の「普通教育」に限定されず、それ以前(プレ)の乳幼児期の教育・ケアにも、それ以降(ポスト)の高校や高等教育にも、次第に拡張されようとしている。ようやく日本も、そこに踏み出そうとしているわけだ。そしてそれは、近年のSDGs(持続可能な開発目標)で言えば、目標4「すべての人に質の高い教育を」に対応するのみならず、その全体を貫く理念である「誰一人取り残さない」を体現するものに他ならない。

 

 

【寄稿日:2020年3月17日】※所属は寄稿当時