【時 評】産学トップによる「採用と大学教育の未来に関する提言」を受けて―基本スタンスにおける三つの重点移動に焦点を当てて― 大阪府立大学副学長・教授 吉田敦彦
経団連と国公私立大学のトップをメンバーとする「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」による「中間とりまとめと共同提言」(以下、「提言」)が、本年4月22日に公表された。早速ながらこれを紹介するとともに、批評コメントを記しておきたい。
ポイントを3つに絞ろう。1)人材像における、グローバル人材からSociety5.0人材へ。2)大学教育における、定型的な学修から非定型の多様な経験へ。3)採用形態における、メンバーシップ型からジョブ型へ。それぞれ前者を否定するものではないが、後者への重点の移動を明確に打ち出している。
1)人材像における、「グローバル人材」から「Society5.0人材」へ
「提言」は、求められる人材とその能力を、「Society5.0時代」への対応において導き出している。Society5.0時代とは、「人類史上、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く5番目の未来社会の姿」であり、「経団連が実現を目指す、デジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、経済発展と社会的課題解決・価値創造を両立する社会」と定義される。知られているように、経団連のみならず、2016年には閣議決定され、日本政府が策定した「第5期科学技術基本計画」の中で用いられている。
そこでは(以下、科学技術・イノベーション(内閣府Webサイト)参照)、IoT(Internet of Things)、ロボット、人工知能(AI)、ビッグデータ等の新たな技術を取り入れ、イノベーションから新たな価値が創造されることにより、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる「人間中心の社会」が、Society5.0だと強調される。「一人一人の人間が中心となる社会であり、決してAIやロボットに支配され、監視されるような未来ではありません」。そして、「経済のグローバル化が進み、国際的な競争も激化し、富の集中や地域間の不平等といった面も生じてきています」というようにグローバル化の負の側面を見据え、さらに「経済発展に相反(トレードオフ)して解決すべき社会的課題は複雑化」しているため、「経済発展と社会的課題解決・価値創造の両立」が肝要だとする。「国連の「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)の達成にも通じる」として、「Society 5.0 for SDGs」というキャッチフレーズも作っている。
このような背景を踏まえて注目したいのは、これまで前面に出ていた、グローバル化競争で勝ち残り、経済発展に寄与する「グローバル人材」というトーンが、「Society5.0人材」では、やや変化している点である。すなわち、富や地域間の格差是正、環境や産業の持続可能性といった社会的課題を発見し解決する力、幅広い視野をもって規範的に望ましい未来を構想しうる力、リベラルアーツ教育で涵養されるような論理的思考力や規範的判断力、この3つが、Society 5.0時代の人材に求められる主要な能力とされるのである。
2)大学教育における、定型的な「学修」から非定型の「多様な経験」へ
「超スマート社会」とも形容されるSociety 5.0については、理想化が過ぎるという問題はあるとしても、そこから教育に求められるものについて、まずはポジティブに受けとめたい。「提言」は、大学教育について多岐にわたる提言をしている。本題の就活ルールに関わって一点を挙げれば、「学修経験時間の確保」が興味深い。これは、文科省が推進してきた授業時間数の確保(単位制度の実質化)とは異なる。「学修経験時間」とは、「授業等の学修時間のみならず、留学やインターシップ、社会貢献活動、課外活動等の学生が多様な経験を積む時間のことを指す」。つまり、正課カリキュラム(「学修」)だけでなく、それ以外の学生時代の多様な「経験」もまた、いわば両輪のように、上述のごとき人材育成にとっては重要だと踏み込んだのである。これは、近年の教育学の用語では、「定型的な教育」と「非定型の学び」に対応する。アクティブ・ラーニングやプロジェクト型のPBLは、正課カリキュラムにも導入されてきているが、お膳立てをしてもらった型の定まったレールの上での「学修」に負けず劣らず、自分の意志で参加する課外活動での「経験」において、学生たちは自ら主体的に多様な人たちと協働して成長している。たとえば学園祭の実行委員会やボランティア活動、地域・行政と連携した貢献活動、そして自ら企画して行動に移す留学や長期インターンシップなど。したがって、「採用・選考活動の早期化や長期化は、学生が密度の濃い学修や海外留学も含む多様な体験活動を行う際の阻害要因となる」ため、配慮が必要であるとした。
3)採用形態における、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へ。
この提言の通り、採用・選考活動の早期化や長期化への配慮、またインターンシップ制度の改善は、早急の実行を期待する。他にも「中間とりまとめ」には具体的なアクションプランが提示されているが、ここでは、従来の「新卒一括採用」のみならず「ジョブ型」を加えた「複線的で多様な採用形態へ秩序をもって移行する」とした基本的スタンスに言及する。
「新規卒業者を対象とし、採用日程・入社時期を統一した、学生のポテンシャルを重視した新卒一括採用」(提言)は、年功序列や終身雇用といった日本的な「メンバーシップ型」の雇用形態に対応している。どの会社に属しているか(メンバーシップ)が重視される、いわば「就社」型だ。「ポテンシャル重視」というのは、入社時の即戦力スキルよりも自社内でのOJTや研修教育による伸びしろを見る、という意味。メンバーシップ型は、ある程度経済成長が見込まれる社会でしか通用せず、激しい変化に柔軟に対応するには難がある。また、卒業時の雇用動向に一生を左右され、既卒者や大学院生にとっては障壁だった。
そこで「ジョブ型採用」、すなわち「新卒、既卒を問わず専門スキルを重視した通年での採用、また留学生や海外経験者の採用」(「提言」)が導入される。ジョブ型雇用は、欠員補充時の採用を基本とし、雇用保障は弱く(欠員が出た際に最適な人材を確保しやすい)、社内研修ではなく、各自で専門の能力を磨いていく(「キャリア自立」「自己責任」)。背景に加速化する変化やニーズの多様化への対応がある。
どちらかを全肯定、全否定するものではない。新卒一括採用(メンバーシップ型)一辺倒だった状況に対して、もう一つ別の道を導入し、複線型で多様な形になるのは必然だろう。そもそも「就社」的な、集団組織への忠誠心や型にはまった同調性は、右にみた求められる資質・能力からみても逆行する。
その意味で、皆が定型的な黒いリクルートスーツに身を固めて一斉集団行動する就活風景は、もはや経団連も大学も期待していないというメッセージを、トップが集まる協議会から発信したらいかがだろう。制度改善よりも直ちにできて、まずもって必要な意識改革のために少しは効果があるかもしれない。
教育専門誌「教育PRO」(株式会社ERP発行)2020年3月17日号からの転載
【掲載日:2019年5月28日】※所属は掲載当時