化粧品素材分野の若手研究者として活躍され、昨年12月には日本油化学会 第15回ヤングフェロー賞、そして同学会関東支部の第7回若手研究者奨励賞と、二つの栄えある賞を受賞されたポーラ化成工業株式会社の松尾一貴(まつお かずき)さんにお伺いしました。

第15回ヤングフェロー賞 「水相の結晶状態に注目した、O/W型クリームクレンジングの安定化」受賞詳細について

第7回若手研究者奨励賞 「化粧品製剤における、製剤安定化と感触設計について」受賞詳細について

商品ケースの横に立っている松尾さん

【プロフィール】

松尾 一貴(まつお かずき)さん

2009年 大阪府立大学 工学部 応用化学科 卒業

2011年 大阪府立大学 工学研究科 物質・化学系専攻前期課程 修了

現在、ポーラ化成工業株式会社 製品設計開発部 内容物開発センター 副主任研究員

 

―化粧品研究員は一言でいうとどんな仕事ですか、また所属されている部門の役割は、またそこでどのようなことをされているのですか?

化粧品研究員は化粧品を作る仕事で、女性のお肌の悩みや好きな触り心地に応じて、様々な化粧品を1から開発する仕事です。現在は主に「処方」と呼ばれる化粧品のレシピの設計と工業化を行う部門に所属、その中の「内容物開発センター」で、化粧品の処方開発をしています。

―化粧品研究員とは具体的にどんなことをする仕事でしょうか?

世のなかの女性の悩みや不満を調査し、そのお願いに応えるために必要な原料や技術を開発しています。また実際に処方を作る際には、数百種類ある原料の中から、要望に応える感触をつくるために原料を組みあわせていきます。1つの商品を作り上げるまでに、数百回の試作を繰り返し、日々失敗しながらも明日の成功に向かって化粧品と向き合っています。

―組み合わせがたくさんあり、ご苦労も大変かと思いますが、どんなところにやりがいを感じておられますか?

主に以下の3点にやりがいを感じています。
1)見た目だけでなく化粧品を通じて、世のなかの女性の内面までも美しくなることに貢献できること。
2)世の中の女性の自分らしく生きていけることを後押しできることは、化粧品ならではのやりがい。
3)開発を通じて世界初の発明を生み出す醍醐味。

―仕事をする上で大事にされていることは?

1日1つ何かを生み出す、ワクワクすることを想像する、チームで動く、美意識のアンテナを張りつづける、これを大事にしています。

―典型的な一日のスケジュールを教えて下さい。

9時 出社、メールチェック
10時 昨日作った処方の感触と物性の評価
11時 今日作る処方を設計し、原料を用意
12時~12時45分 昼休み(フットサルを同僚と楽しむ)
13時 数年後の商品化に向けたミーティング
14時30分~17時 処方開発
17時~17時30分 メール処理と実験考察
18時 退社

 

―今の仕事を選んだ理由や経緯を教えて下さい。

府大生の時、周りにいた女性が自分の容姿が原因で夢をあきらめているシーンを目の当たりにし、美容に関する仕事をしようと思いました。また自身が化学を得意であったために化粧品の開発を志しました。

―これまでにどんな仕事をされてきましたか?

入社してからの1年半はメイク開発に携わり日焼け止めやファンデーションを開発していました。そのあと現在までは、スキンケア(クレンジング、洗顔、ローション、クリーム)の開発に従事、「ポーラ B.A」や「ポーラホワイトショット」などの高価格商品を中心にテーマリーダーとしてプロジェクトを統率してきました。

 

―仕事でのエピソードや学びなどをお教え下さい。

発明は、自分のこれでいっか? との闘いである。
新たな商品を生み出す時、壁にぶち当たることをは避けられない。逆に壁がない開発は革新的ではないともいえるでしょう。私は、この壁に挑戦することこそ、市場で末永く愛される商品になるための必須要素だと思っています。そこで、仕事の足かせとなるのが、自身の妥協(これでいっか?)です。本当にこれでいいのか? 客観的判断するための評価指標を組み込みながら仕事をするのが大切だと感じています。

お客様の使用シーンを想像する。ものづくりは、お客様のアンケート結果を参考にして開発を進めますが、いつも対面でフィードバックを得られるわけではありません。また開発者はどうしても、開発者都合になりがちです。過去に私も、その点に陥ってしまい、先輩からしかられたことがあります。お客様の喜ばれることとは、売れる商品であり、そのためには、使用シーンを具体的に想像し、不都合や不満が起きない手間暇かけたお客様視点の開発を心掛けております。

―仕事をする上で、難しいと感じる部分、つらい部分はどこですか?

先ずは自身を奮い立たせ、夢に向かい行動し続けることです。そのためには何百もの課題を乗り越えていけないし、ゼロから何かに取り組むため、予期せぬトラブルにも見舞われます。その時に心折れることなくいかに本気で、やってやるぞ! と自身の心の火を保ち続けることは難しいと感じます。

また、新しい商品を生み出すまでに、試作(try&error)を繰り返しながらゴールにたどり着くことが多い仕事です。そんな中、研究員の腕の見せ所は「いかによい仮説を立てて、正しい実験計画を実行できるか」です。いかに、効率的に、最短距離でゴールにたどり着くか、これがとても難しいです。今もまだ修行中です。我々の工数もコストですので、いかに短期間で成果を出すことは、会社の利益貢献にもつながります。

―今回、日本油化学会から栄えある賞を二つも受賞されましたが、受賞につながった技術、ご苦労についてお教え下さい。

女性がメイクをして活動する時間をオン、化粧を落としスキンケアをすることでリラックスする時間をオフとするなら、オンからオフへスムーズにつなげるクレンジングを世の中にお届けしたいと思い、開発を進めました。
そのためには、従来には無かったメイク落ち、肌へのやさしさ、感触の心地よさの3つを同時に実現することが必要となります。具体的には、ベースとなる水の中にクレンジングのための油をたくさん詰め込む必要があります。ただこれまでは、油を包み込む素材の界面はまるで卵の殻のような状態で、脆く、衝撃に弱いためすぐに割れてしまい、油分をたくさん詰め込むことができませんでした。
そこで私は、風船のように膜に弾力があって衝撃に強く、「弱い力では割れないが、一定以上の力ではじめて割れる」と言う、従来には無い特性を持つ材料の開発に挑戦しました。ただ、その開発は容易では無く、外部の有識者ともタッグを組みながら、200種類以上の試作も繰り返すなど大変な苦労をしました。その結果、非常に多くのクレンジング用油分を詰め込むことができる画期的な材料の開発に成功しました。

この技術により、お客様に喜んでいただける3点を実現しました。
1)メイク落ちに十分な油分
2)これを実現する一方、保湿成分をしっかり配合することで肌へ優しい
3)油量のアップによる心地よい感触

また、技術成果が学会から高く評価され、今回のダブル受賞となりました。

―これからどんな仕事をしていきたいですか?

少なくとも以下の3つを目標にしたいと考えています。
1)毎年3件以上特許を出願し続けること。
2)世界的な化粧品学会があり、そこで私の研究成果を発表し、最優秀賞を受賞する。
3)世のなかの女性が、やみつきになる新感触を生み出し続けること。

―普段の生活で、心がけていることは何ですか?

家庭を犠牲にしない。休日は、子どもとの時間をとくに大切にし、妻の家事も手伝うことを自身の約束事としています。また美容情報には常にアンテナを張っています。

―研究員の仕事をやっていくために、必要な力は何ですか?

夢や目標を描き、失敗してもいいから行動し続けること。「継続は力なり」です。あとは、一人で仕事せず、周りと力を合わせて、大きな仕事を推し進める意気込みです。

―松尾さんと同じような分野の仕事を目指す府大生が、学生時代にしておいたほうがよいことは何でしょうか?

先ずは、化学をよく勉強すること、そして界面化学の勉強をすることです。何かに取り組むときは、目標を立てて、それを達成するためには、いつまでに何を出来ていたらいいか? そのためには、今何を始めないといけないのか? 計画を立て実行する習慣を身につけましょう。

―府大生へ、先輩としてとしてメッセージをお願いします。

化粧品は、女性だけではなく、今後男性にも広まっていくでしょう。人が自分の身なりを意識することや、お肌をきれいにという欲求は決して薄れていくものではありません。ぜひ一緒に、よりよい化粧品を開発し、世のなかのみんなが、もっと自分に自信をもってイキイキとした人生を過ごしていくお手伝いをしませんか?
男性の諸君、化粧品研究員には男性もたくさんいらっしゃいますので、君と働けることを楽しみにしています。

 

【取材日:2020年7月】
【取材:上田勝彦(卒業生室)】※所属は取材当時