現代社会の問題を俯瞰的に捉え、持続可能な社会の実現をリードする人材を育てる現代システム科学域。自然・社会・人間にかかわる分野を横断的に学びながら、現代の環境に関する課題解決に取り組んでいる環境システム学類で「海陸一体型の循環型社会の構築」をテーマとした研究に取り組む黒田桂菜准教授に、研究内容と成果や今後の目標などについて伺いました。

黒田先生

●教員プロフィール
黒田 桂菜(くろだ かな)

担当学類等/現代システム科学域環境システム学類、人間社会システム科学研究科
研究分野/海洋環境学、海洋環境工学
研究テーマ/海産バイオマスのメタン発酵、海陸一体型物質循環型社会に向けた持続可能性評価、
漁業・魚食の活性化

―黒田先生が取り組んでおられる「海陸一体型の循環型社会の構築」とは、どのような研究ですか?

わかりやすく表現すると、人間が海を利用し、海と共生していくために必要な技術の開発と持続可能な仕組みに関する研究です。現在は、活用されていない海の資源から地産地消のエネルギーを作り出すと同時に、海と陸の物質循環を促すことを目指した研究を行っています。

「活用されていない海の資源」の一例として海藻を挙げることができます。海藻には糖類などの有機物が含まれており、微生物が有機物を分解することでメタンガスに変換できます。海藻から天然ガスの主成分であるメタンをつくり出し、安定的に供給できるようになれば、石油の代替エネルギーとして活用することができるのです。

また、海藻が育つには窒素やリンなどの栄養塩が必要ですが、大阪湾などの閉鎖性海域では栄養が多く海藻が増えすぎるという問題が起こっています。そこで、窒素やリンを吸収する海藻を陸に取り上げ活用することで、「海洋環境の改善」と「海藻からのエネルギー創出」という一石二鳥の試みが海と陸が一体になって実現できるということです。こうした海と陸をつなぐ物質循環型社会に必要な技術の開発と持続可能性の評価方法の研究などに総合的に取り組んでいます。

―黒田先生は、キャンパスでの研究、実験だけでなく、「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」というプロジェクトを推進されたと伺っています。同プロジェクトの内容を教えてください。 

漁業と魚食を取り巻くモノ・ヒト・カネが域内循環する地域モデルの構築を目指して、阪南市の協力のもと、大阪府立大学と太平洋セメント株式会社、NPO法人大阪湾沿岸域環境創造研究センターの産学官協同で2016年10月から開始されたプロジェクトです。漁業者数や漁獲量の減少、消費者の魚食離れなどの様々な課題に対して、「生産・漁獲・流通・消費」それぞれの場面で、豊かな大阪湾「魚庭(なにわ)の海」の再生につながる取り組みを行い、その効果を評価・検証しました。

具体的には、自分たちで育てた米でおにぎりをつくって海苔を巻いて食べるという、まさに海と陸をつなぐ体験型のイベントなどを行い、市民の意識がどう変化したかを調べました。阪南市には、漁業の傍ら農業も行なっている漁師がおり、春から秋は米づくり、冬は海で海苔の養殖をされています。常日頃から陸と海をつないで仕事をしておられる漁師さんの協力のもと、市民の皆さんと一緒に、田植え、漁業体験、海苔摘み・海苔漉き体験を行いました。漁業体験と環境学習を組み合わせたこの体験型イベントには、5年間で延べ約500人もの市民の方に参加していただきました。こうした活動が、大阪湾の海苔や魚の美味しさ、さらには海と陸がつながっていることを知る機会になり、衰退傾向にある魚食文化を活性化する一助になることを期待しています。

資料の写真

 

―このプロジェクトと先生の研究は、どのようにリンクしているのですか?

阪南市の漁師の皆さんから「海苔が色落ちをしている」という悩みを聞きました。海苔が色落ちをすると見た目があまり良くないだけでなく風味も落ちてしまい、商品価値が下がるため死活問題なのです。海苔の色落ちを防ぐには、窒素やリンなどの栄養塩が必要です。そこで、大阪湾奥で大量発生しているアオサをメタン発酵した後の副産物で、栄養塩が豊富に含まれる「メタン発酵残渣(ざんさ)」を用いて海苔の色を回復させる研究に取り組んでいます。実験を進める中で、メタン発酵残渣が海苔の色調回復に効果があることがわかりました。特に、アオサに多く含まれている金属成分が、どのように色落ち回復に作用しているのかを詳しく調べています。このメカニズムが解明されると、これまで捨てられていたアオサに価値が生じて活用できるのと、さらに研究が進めば事業化の可能性もあるので、これからもチャレンジしたいと考えています。

これまで、技術開発が中心の「こうだったらいいな」の繰り返しでしたが、同プロジェクトを通じて、命の営みや人の暮らしをリアルに感じることができ、研究者として貴重な体験ができました。プロジェクト自体は2020年3月で大きな区切りを迎えましたが、私にとって阪南市での研究活動はこれからようやく本格的なスタートだなと感じています。このプロジェクトをきっかけに知り合った漁師さんたちからは、今も教えられることが多く、実験室で海苔の培養実験が思うようにいかないときにはすぐに相談しています。プロジェクトを通じて始めた海苔の色落ち回復の研究、牡蠣養殖の取り組み、魚食文化の再生など、今では私のライフワークになっています。

―そもそも黒田先生が、海洋分野の研究に取り組んだきっかけを教えてください。また、在学時代のことを教えてください。

中高生時代に興味を持っていたのは空や飛行機に関することでした。海外に住んでいる親戚を空港に迎えに行く際に、飛行機が格好良く見えて、「将来は、航空機に関わる仕事に就きたい」と漠然と考えていました。進路を考える時期になり、航空機関連の勉強をしたいと考えて、流体力学が学べる領域の大阪府立大学 航空宇宙工学科(※現:工学域機械系学類航空宇宙工学課程)と海洋システム工学科(※現:同海洋システム工学課程)を目指しました。その結果、海洋システム工学科に入学。大学で学ぶうちに、海洋の世界に触れることが楽しくてたまらなくなりました。分野を問わずまだまだ分かっていない、未知のことがあるという事実にわくわくし、学問の面白さを感じる学生時代だったと思います。

海洋システム工学科は少人数で、先生方と学生の距離が近いという特徴がありました。今、振り返ってみると、自分を形成する時期である大学生にとって、これはとても大切なことだったと思います。頻繁に先生の研究室へ行き、学問のこと以外にもいろんな話を聞かせていただいたことが本当に良い経験になりました。ときには「こんな本を読んでみては?」と書籍を紹介してくださったこともありました。もちろん難解なものもありましたが、今思うと、さり気なく知的好奇心を刺激してくださっていたと思います。

黒田先生2

 

―では、黒田先生が研究者として大切にしていることを教えてください。

大学院生時代、外洋の海洋環境に関する研究のために、約1ヶ月間の航海に出たこともあります。赤道の辺りで船上生活をしていたのですが、大きな夕陽が水平線に沈むときのドラマチックな様子を今でもはっきりと思い出します。このとき、自然の神秘、海の未知なる世界に魅せられて、海洋研究に取り組む意味が明確になったように思います。

海洋環境に関する研究はフィールドワークが必要なアクティブな分野で、現場に出向くことで目が開くというか、ハッとする瞬間があります。ハッとする瞬間とは、命の営みに触れた瞬間ではないかと思います。研究者としてこの経験はとても大事なことです。私が研究者として大切にしていることは、現場に行き、リアルに命の営みに触れることです。
「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」プロジェクトの活動で、阪南市の漁師さんが抱えている課題を伺い、私の研究テーマで何か貢献できないかと、実際の研究活動につながったことで、私自身の研究にも命が宿ったような気がします。

―黒田先生の、今後の目標や将来について思うことをお願いします。

海と陸をつなぐ物質循環型社会を実現するための技術や仕組みをつくり、エネルギーの地産地消を実現させたいというのが一番の目標です。
また、持続可能な社会を地球規模で実現する取り組み「SDGs」は、2030年を達成年としています。2030年に達成しているか否かではなく、持続可能な社会が実現されたとき世界がどのようになっているのかをこの目で見たいと思っています。私の研究の成果が、その一助になっていたら本当に嬉しいです。そのためにも、命の営みを肌で感じながら、今後も研究に取り組みたいと思っています。

黒田先生3

 

 

【取材日:2020年11月5日】※所属は取材当時