インタビューに応じてくださったのは、工学研究科 物質・化学系専攻 マテリアル工学分野を2017年に卒業した大橋千早希さん。大橋さんはIRIS(大阪府立大学理系女子大学院生チーム)第5・6期生でもあります。インタビューを担当したのは、現役のIRIS第10期生の坂野文香さん(工学研究科航空宇宙海洋系専攻 航空宇宙工学分野)と山口穂多瑠さん(工学研究科 物質・化学系専攻 応用化学分野)。IRISの先輩であり、女性として社会でキャリアを積み重ねる大橋さんに、現在の仕事内容から学生時代の思い出までリモートでお話を伺いました。

会社前写真

坂野
まず、現在の仕事内容を教えてください。

大橋
キッチンや浴室など住宅設備機器の製造・販売を行っている「タカラスタンダード株式会社」に2017年4月に入社しました。技術職として採用され、キッチンのステンレス製の天板やシンクを製造する大阪工場に所属し、主に生産管理に携わっています。

仕事内容は、工場内における生産計画の管理が中心です。他にも各加工工程の作業改善や効率化、材料および作業工程におけるコストダウンの検討、新しい設備の導入、予算の算定など業務は多岐にわたります。また現場とのコミュニケーションを通じて、作業や設備の危険性を常に確認し、安全な職場環境を作ります。

坂野
仕事内容をお聞きすると、大学で専攻されたマテリアル工学とは方向性が少し違うのかと思いました。今の仕事を選ばれたきっかけを教えてください。

大橋
就活の時、同じ学科の人たちは、素材系の研究ができる企業を探している子が多かったです。例えば金属材料に直接関わりたい人は鉄鋼メーカーに就職希望する人が多かったのですが、私はあまり興味をもてませんでした。でも金属材料を扱っている世界に携わりたいとは思っていたので、まずは自分が暮らす住空間で、金属材料を使っている部分や場所を探しました。そこで目についたのがキッチン。ステンレスなど金属が多く使用されていると思い、製造している企業を調べていると、住宅設備機器メーカーにたどり着き、この業種を選びました。

坂野
大学の研究で培った知識や技術を、会社で活かされていますか?

大橋
最初は「全然、関係ないところに配属されちゃったな」と思いました。でも実際の現場では、専攻で学んだ幅広い知識、特に材料系の知識を上司から求められることがあります。自分の経験と知識は役立っていると思います。

坂野
社会人になって、どのようなスケジュールで仕事をしていますか?また学生時代との違いがあれば教えてください。

大橋
シンプルに朝が早いのが個人的には大きな違いです。工場は夜遅くまで稼働できません。それに新型コロナウイルスの影響で出勤を繰り上げているため、現在は午前7時40分始業、午後4時30分就終業です。

1日のスケジュールをお話しすると、出社後まずメールチェックを行います。会議がセッティングされることが多いのは主に午前中です。基本は現場で生産管理の仕事に携わっています。機械トラブルが発生すれば、現場の人たちとコミュニケーションを取って、問題解決できる部分を担います。ルーティンとプラスアルファの仕事、半々くらいのイメージです。

坂野
仕事で難しく感じていることを教えてください。

大橋
コミュニケーションが最も難しいと感じています。大学での研究は個人の頑張り。手元の範囲から生まれる成果ですが、社会人になると、仕事を進め、完遂へと導くには全工場の関係各所とコミュニケーションを丁寧に取る必要があります。例えば工場内に新しく設備を入れる場合。予算面や、他工場との利害関係などの情報収集や下準備を行わないと円滑に進めることができません。そのためにコミュニケーションを徹底しないといけないのですが、そこがとても難しい。今でも模索中です。

坂野
工場勤務の女性は少ないイメージがあるのですが、女性社員の数を教えてください。

大橋
弊社の場合は特殊なケースかもしれませんが、私が所属している大阪工場は、私が4年前に配属されると決まった時点で技術系の女性配属は20年ぶりだったらしいです。同期で配属されたのは技術系で私を含めて5名。工場勤務は私を含めて3名。まだみんな頑張っています。

大阪工場には先輩の技術系女性社員は所属していないので、同じ敷地内にある本社勤務の他部署の先輩方を上司から紹介していただきました。結婚、出産を経験した先輩もいらっしゃるので、いろいろお話しています。

坂野
「女性社員が少ない」というお話しですが、会社としての女性社員への対応はいかがですか?特に女性のライフイベントについてはどのように考えられていますか。

大橋
会社の制度として、年一度、直属の上司と話し合う機会があります。そのタイミングで私は結婚や出産といったライフイベントや、キャリアプラン、不安な事なども極力全部話すようにしています。上司は男性なのでヒアリングしづらい面はあると思いますが、「早い目に伝えてくれた方がありがたい」といってくれるので、遠慮なく話しています。自分のキャラクターの問題もありますが、はっきり伝えた方がいいと思います。

坂野
将来のキャリアプランはどのように描いていますか?

大橋
上昇志向はそこまで強くはないのですが、少ない女性の後輩たちのロールモデルとして、キャリアプランを示してあげられる地位まで昇進したいです。学生時代は大学院まで進んで、IRISでも活動しました。自分自身、女性が少ない中で頑張ったからというのは、理由としてあります。もう1つは、後輩育成と支援。研修面を強化できるような制度が作れるポジションに進みたいという目標はあります。

坂野
学生時代や新入社員当時と、社会人としてキャリアを積んでいる現在の状況を比べて、心境での変化はありますか?

大橋
私は、もともと仕事へのやりがいをあまり求めずに就活、就職しました。でも実際に入社して経験を重ねると、自分発信でやりたいことが増えて来たし、キャリアプランも考えるようになりました。仕事に対する考え方や気持ちが少しずつ変わってきていると思っています。

山口
他部署とのコミュニケーションにおいて、気を付けている点、準備している事などありますか?

大橋
共通認識事項の1つとっても、その背景に意味する事柄は、部署内では直接話さなくても暗黙の了解として互いに把握しています。でも他部署の方に話す場合には、それは理解されていません。「自分の当たり前は相手の当たり前ではない」と常に考え、相手に伝える時はしっかり確認、補足しながら話しますし、提出資料もわかりやすく作成するよう心掛けています。

山口
ここからは学生時代についてお聞きします。この写真は学会発表の様子だと思いますが、覚えていますか?

大橋
博士前期課程2年の時、日本で開催された国際学会でのポスター。学部4年か博士前期課程1年の頭くらいの研究成果をまとめてポスター発表した時の写真です。

パソコン画面の画像

研究室に同期が10名いましたが、私以外は男の子だった。私は「負けたくない!」という気持ちがめちゃくちゃ強くて、頑張っていました。最終的には、たぶん博士後期課程に進んだ男子学生の次くらいに学会に出て賞を取りました。

山口
学生時代の研究テーマは?どういった金属の研究をされていましたか。

大橋
研究ではアルミニウムを扱っていました。電気メッキの技術を応用して強くてしなやかなアルミニウムを作製するというテーマを研究していました。

山口
マテリアル工学を専攻したのはなぜですか?

大橋
学部の選び方に関してはあまり考えていなかったので正直申し訳ないのですが、単純に名前だけで、高校生の時に選びました。すみません。

大学院の試験を受けるタイミングの時、最初の頃は生体材料に興味があって他大学への受験も視野に考えていました。でも研究室に配属後、研究テーマを選ぶ段階でアルミニウムを扱った研究テーマの話を聞き「これ、絶対面白い!」と思って、府大に残る選択をしました。研究に打ち込んでいるうちに、日常生活のあらゆる場所に使用されている金属の追求から、理解が深まり面白さを実感しました。

山口
どんな学生でしたか?サークルなど何かに熱中していたことはありますか?

大橋
学部の頃は白鷺祭実行委員会(秋の大学祭)に所属していました。1、2回生時は実行委員として活動し、3回生になるとOGとして関わりました。その頃のマテリアル工学分野は4回生から研究室に入るので、研究室に所属してからは研究一筋でした。

山口
ではIRISでの活動についてお伺いします。この画像は、大橋さんがアイリスIRISにいた頃の活動報告集のものです。IRISに入ったきっかけを教えてください。

パソコン画面の画像

大橋
当時、指導教員の東先生がIRISについてお話されていたのを覚えていて、まずは活動内容などを調べました。それに女子学生の友だちを増やしたかったのもあり、参加しました。入ってみると、白鷺祭実行委員会の先輩や同学年の子たちもいましたし、交友関係は広がりました。

山口
IRISで取り組んでいた企画は何ですか?

大橋
幅広い一般の方に科学の楽しさ、面白さを伝える「IRISサイエンスキャンパス」と「オープンキャンパス」です。オープンキャンパスで覚えているのは、参加してくれた女子高生の志望理由がしっかりと定まっていて、衝撃を受けました。志望学科に受験するための勉強法を相談されたのですが、当時アドバイスをした3名の勉強法が三者三様。方向性が異なっていて、人の違いをものすごく感じました。

山口
IRISに入って成長を感じたことはありますか?

大橋
何も知識を共有できていない人にわかるように伝える根本的な考え方や能力を培えました。企画運営に携わった「IRISサイエンスキャンパス」には、自分と知識のバックグラウンドが全く違う小中学生や親御さんが参加して実験を行います。現場ではそういった方々を成功に導けるよう順序立てて説明しなければいけません。そこでの経験や学びが、社会人となった今、役立っています。

山口
最後に、理系の分野を志す高校生や、大学院をめざす学生、就活を控えている学生にメッセージをお願いします。

大橋
いろいろ人と比べることはあると思いますが、気にせずに自分のやりたいことに向かってまっすぐ進んでもらえたら楽しい未来が待っています。頑張ってください!

【取材日:2020年12月5日】※所属・学年は取材当時