地域の人々に身近なロールモデルとして科学の魅力を伝え、学問の裾野を広めるべく2010年に発足したIRIS(大阪府立大学理系女子大学院生チーム)。
その1期生として現在の活動の礎を築いた1人が、黒田桂菜さん(現・大阪府立大学 現代システム科学域 環境システム学類 准教授)です。
学生への指導や研究を通して着実にキャリアを積み重ねるIRISの先輩にインタビューするのは、第10期生の坂野文香さん(工学研究科航空宇宙海洋系専攻航空宇宙工学分野)と山口穂多瑠さん(工学研究科 物質・化学専攻 応用化学分野)。
同じくIRIS10期生の森田喜恵さん(工学研究科 電気・情報系専攻 電気情報システム工学分野)も聴講生として同席し、IRISの草創期から学生時代、現在に至るまでの思いを伺いました。
坂野 まず黒田先生のお仕事について質問させていただきます。最近はどういう研究活動をされていますか?
黒田 海洋環境がメインの研究分野で、大阪湾のような閉鎖性海域で起きている問題を解決するための技術開発や仕組みを提案しています。海の環境は陸の影響をよく受けるので、海だけで作業すれば良いというわけではありません。陸で生活する人間の排泄物は下水道を通して出てきます。そこに入っている窒素やリンなどの栄養を吸収して海藻が増殖する「グリーンタイド」という問題もあります。そうすると陸で人間がどういう活動をするか、というところに影響が出てきます。
最近は、海の環境に大きな影響を及ぼす人間側がどのような立ち位置にいないといけないのか考えなければなりません。具体的には今、漁業や魚などの研究に取り組んでいます。食は、世界中どの世代においても大切な事柄。その中の「魚」というテーマを深掘りして、環境再生という部分に組み込んで発展させていきたいです。
<↓↓黒田先生の研究について詳しくはこちらから↓↓>
海と陸をつなぐ技術と仕組みを研究して持続可能な循環型社会の構築に貢献する。
現代システム科学域 環境システム学類 黒田桂菜 准教授
http://michitake.osakafu-u.ac.jp/2021/01/05/kana_kuroda/
坂野 社会人としてどのようなスケジュールで働いていますか?学生時代との違いも含めて教えてください。
黒田 博士後期課程として府大に戻ってから3年間は朝9時に出勤し、午後6時から8時くらいに退勤するという社会人の延長で自分自身をマネジメントしていました。就職後から今に至るまで、教育、研究や社会貢献、学生との時間が中心です。合間に自らの実験の時間を確保しています。学生時代と今では集中力の配分が異なります。
山口 学生時代、サークルなど何か打ち込んだことはありますか?
黒田 学部生時代はバスケットボール部に所属していました。信頼できる友だちを得た、大切な時間でした。3年になると体育会役員を兼任しとても忙しくしていました。試合出場後は経理や体育会役員の仕事がありましたし、その合間には大会開催の準備にも追われました。学部生時代はクラブでの生活が中心になっていました。でもバスケットは学部生時代まで。博士前期課程時代は別の目標を持っていました。1つは研究で留学。もう1つは、船に乗って研究のための航海に出ることです。この2つが目標でした。
山口 留学や船に乗るという目標は、学部生時代から考えていたのですか?
黒田 留学はずっと希望していました。叔母がハワイに住んでいたので、行くならハワイと思っていました。ただハワイに行って何をするのかイメージが湧かなかった。語学だけでは嫌だと思っていました。本当は大学院生としてハワイ大学に行きたかったですが、お金の面と英語力の面で挫折。そこで何とかして行けないかと模索して、ハワイ大学に在外研究していた先生からどのようにしてアポを取ればいいか教えていただき手紙を書いて送り、実現しました。
坂野 ここからはIRISでの活動についてお伺いします。IRISに1期生として入ろうとしたきっかけを教えてください。
黒田 博士後期課程の私は、下の人たちとの年齢も空いていますし、同じ目線で話せる人がいないと思っていました。ある時、女性研究者たちでお昼ごはんを一緒に食べる会がセンターで開かれると知って「博士後期課程でも行っていいですか?」とメールして参加しました。そこで巽真理子先生(女性研究者支援センターコーディネーター)と知り合いになったのが、後のIRISに参加するきっかけでした。府大花(さくら)まつりで子ども向けの科学の授業を開催するなど、集まったみんなでイベントなどの活動に取り組んでいました。当時はIRISの名前も決まっていませんでした。
あの時は全てを一から考えていました。Tシャツのデザインから、「IRIS(I am a Researcher In Science)」という名前まで、B3棟に集まってみんなで話し合いました。IRISのロゴマークは、デザインするのが得意な上野さんという博士後期課程の女性が「できました!」と見せてくれて、決まりました。
坂野 活動の中で苦労したこと、考えるのが難しかったことなどはありましたか。
黒田 一から考えたとはいえ、活動する上での根本の構成やテーマはセンターの方から提示してくれました。そこで何をするかは自分たちで決めます。大枠の部分を基に「誰が関わるか、どう練り込むか」ということを自分たちで話すだけだったので、苦労を感じず、好きにさせていただきました。イベント時でもセンターの方々は自主性を重んじていただき、優しく見守ってくれました。研究の息抜きに楽しく参加させていただきました。
坂野 IRISの活動で印象に残っていることを教えてください。
黒田 IRISの活動を行っていて良かったのは、幅広い世代に科学の楽しさを伝えることで自分もキャリアアップできることです。例えば、著名な先生がいらっしゃった時に自分の研究を発表するチャンスがあったり、ロールモデルの方を招いたり、企業に行ったり、あらゆる経験ができます。もちろん後輩に伝える努力をしないといけないし、横のつながりが広がるというのもあります。
私の場合は、昔から会いたかった人がいました。家庭や事業者の廃食油を回収しバイオディーゼル燃料を作る染谷ゆみさんという方です。当時環境大臣だった小池百合子さんも掲載されていた「環境ビジネスウィメン~成功の原点と輝く生き方」という本に染谷さんが載っていて、この人は面白そうだと感じました。メタン発酵法という方法で海藻からエネルギーを得る研究を行っていた私と、廃食油からバイオディーゼル燃料に再資源化する染谷さん。似ている部分もあり、お会いしてお話したいと思っていました。そんな時に巽先生からIRISに「誰か講演で呼びたい人いませんか?」とお話があり、「染谷さん!」と私がアピールして実現しました。最初は、女性研究者支援センターと現代システム科学域の授業の共催事業・ロールモデルセミナーとして、その後、現代システム科学域の授業の講師として府大にお呼びすることになり、それからしばらく染谷さんが毎年来てくださいました。染谷さんとは博士後期課程の時にお会いして、その翌年に助教になって、それからずっとやり取りさせていただきました。だから結構、やってみたいことを提案したら協力してくれるし、意外と実現すると思いました。私の中では大きな出来事です。
坂野 IRIS時代の活動で一番伸びた能力はありますか?
黒田 IRISに所属すれば理系以外の先生とも話す機会があり、考え方も研究者としても、刺激がありました。分野の違う方と身近にお話しすることができたことで多面的な視点が備わりました。
山口 黒田先生のこれまでの経験で人生を変えたできごとがあれば教えてください。
黒田 やはり会社を退職して29歳で博士後期課程に入ったことで人生が変わりました。これで身を立てないといけないというプレッシャーが3年間はあり、精神的にもしんどかったです。
坂野 会社を辞職して大学に戻って来るのは、とても大きい決断だったと思いますが、会社に入った後に「やはり研究をやりたい」と思い直して戻って来られたのでしょうか?
黒田 決断は社会人3年目の夏でした。研究は博士前期課程3年間でやりきって充実していましたが、研究には終わりがなく、正直しんどさを感じていました。その時は博士後期課程のことは全く頭になく、社会に出て経済的に自立したいと思っていました。
卒業後は2006年に大阪に本社があるインフラ系メーカーに入社しました。水パイプライン製品や交通・輸送機器、電力関連などを扱う会社です。ハワイ留学の際、それまでは机上での研究だったのが、手を動かして行う実験がとても面白く感じました。ですので、就職するならメーカーがいいと思いました。でも流行に左右されるメーカーではなく、何十年も社会に役立てるインフラ系企業を希望していました。
でも社会に出たら、大学での環境がすごく恵まれていたと気づきました。研究は先端的ですし、ワクワク感があります。でも社会人になってその満足感を得ることができないと感じました。1年前の自分と1年後の自分を考えた時に「これはこれで楽しいけど、このままでいいのか?」と感じ、社会人1年目で将来が見えなくなりました。
2年目は宮城県のグループ子会社に出向になりました。宮城での生活はとても楽しかったです。3年目を迎え、そろそろ大阪に戻されるかもしれないと思っていた頃に、アカデミアの世界が頭に浮かぶようになってきました。 ちょうどその矢先に博士後期課程として大学に戻らないかと恩師から誘われ、 この機会を逃すと年齢的にも厳しいと思い、決断しました。
研究自体は好きで大学院に戻りましたが、「博士号を取得するための3年間」と考えるのは息苦しかったので、視野を広げて自分で物事を考えて、アウトプットとして論文に残すということに集中しました。実際、そのプロセスが自分には合っていて楽しく過ごせました。苦しいこともありましたが、改めて研究が好きだと感じた3年間になりました。
森田 研究の世界に戻り、また新たなテーマを追究されている黒田先生は、理系の学問を志す学生にとってロールモデルともいえる方だと思います。現在、理系に携わっている人たちにメッセージをお願いします。
黒田 自分の中でもその時々にやりたいことは変わりますし、年齢を重ねると周囲の環境も変化すると思いますが、たとえ反対されたとしても、自分が納得し、後悔しない道を選べるのなら、そちらに進んだ方が良いです。私も博士後期課程に進む時は不安でしたが、自分が考えを重ねて出した結論なので選んでよかったと思います。理系と文系のどちらを選択すべきか悩むこともありますし、大学院に進学するかしないかなど、それぞれ人生のターニングポイントがあると思います。でも悩んだら後悔しない道をしっかり考えて、前に進んでください。
【取材日:2020年12月3日】※所属は取材当時。
【IRISとは】
IRIS は2011年、大阪府立大学の女性研究者支援事業の一環として、女性研究者支援センターが研究や科学の楽しさや面白さを伝えたい理系女子大学院生を募集し、学長から任命を受けてスタートした。チーム名は「I’m a Researcher In Science」の文字と、中百舌鳥キャンパスがある堺市の市花「アイリス」にちなんで、第1期生が名付けた。
サイエンスの世界ではまだまだ少ない女性のロールモデルとして、大阪府内各地で小中高生を対象に科学実験教室「IRISサイエンス・キャンパス」を、オープンキャンパスで中高生、受験生を対象に「めざせ! 理系女子コーナー 先輩と話そう」を開催している。学生自ら企画、運営するこれらの活動は、IRIS自身のサイエンスコミュニケーションの実践と学びの場となっている。