新型コロナウイルス感染症拡大防止の影響により、高度な通信技術を活用したオンラインを利用した生活が一般的になった昨今。そんな状況下で今後より注目されるのが遠隔医療です。オンライン診療をはじめ、それに関連した医療サービスの拡充は、これからの医療を変えていくシステムとして期待されています。

将来的に、各家庭でICTやAIを活用したリハビリが主流になると考え、2019年12月に本学に設立されたのが「スマートリハビリテーション研究センター」。そこで同センター所長で、総合リハビリテーション学研究科 臨床支援系領域 石井良平教授にインタビュー。同センターでの研究を中心に、2022年4月開学予定の大阪公立大学(仮称・設置認可申請中)への期待や、本学学生への思いについてお話を伺いました。

<石井先生の経歴>
1994年に⼤阪⼤学医学部を卒業、同学精神医学教室に⼊局。同学⼤学院を1999年に卒業後、好寿会美原病院にて精神保健指定医を取得。トロント⼤学ロットマン研究所に2年間留学し帰国後同学助⼿、助教、講師(医学部)、市⽴芦屋病院緩和ケア内科医⻑を経て2019年より現職。脳波・脳磁図解析を⽤いた臨床研究が専⾨だが、現在はVRやウェアラブルセンサーを応⽤した新しいリハビリテーション法の開発も⾏っている。

<石井先生の主な研究>
■生理学的手法による作業療法・理学療法の効果測定・予測・増強
■精神神経疾患に対する脳波、脳磁図、ニューロモデュレーションの臨床応用
■遠隔リハビリテーションのための要素技術とコンテンツの開発

――まずリハビリテーションの世界に携わるきっかけを教えてください。

石井
今から2年前に本学作業療法学専攻にご縁があったのがきっかけです。当職を拝命することになりこの分野について勉強すると、リハビリテーションの世界は奥が深く、発展の余地がある領域だと知りました。精神科の患者様は、投薬やカウンセリングによる治療だけではある程度の回復しか見込めない。社会復帰させるにはリハビリテーションが必要です。この領域は日本では今後より発展すると考えています。

――「スマートリハビリテーション研究センター」の設立に至る経緯を教えてください。

石井 ICTや5Gなど社会における通信技術が発達するなか、遠隔医療の推進・普及は医療費削減につながります。リハビリテーションの領域も同様で、各家庭のお茶の間でバーチャル・リアリティー(以下、VR)などを利用してリハビリすることが今後の主流になると考えていました。そこで私の上司である専攻長の内藤泰男教授に相談して「スマートリハビリテーション研究センター」を2019年12月に設立しました。

当センターでは、科学的知見に基づく最新のリハビリテーション技術を、ICTやAIを活用した遠隔リハビリテーションとして展開し、高齢者の健やかで質の高い生活機能を維持・向上することで、その健康寿命を延長させ、結果的に医療費の削減をめざします。また教育面でのオンライン活動、生理学的指標や動作解析を用いたリハビリ効果の定量化などの研究にも取り組んでいます。磁気刺激や電気刺激を脳に与えてリハビリ効果を増強するニューロモデュレーションという分野の研究も進めていきます。

VRやウェアラブルセンサーのような手法を取り入れ、将来的にはデジタル化、IC化による遠隔リハビリテーションを実施するために同センターを設立したのですが、その直後に新型コロナウイルスが蔓延しました。私の想像を超えた状態ですが、奇しくも遠隔リハビリテーションが必要になる時代が目の前にやって来てしまった。

我々も何かできないかと考えていたところ、社会的な要請として、遠隔でリハビリテーションを生放送してほしいという依頼がありました。依頼主は、松原市社会福祉協議会。横井賀津志先生(本学総合リハビリテーション学研究科 臨床支援系領域 教授)が同市で長年実施していた棒体操は、コロナ禍のため自粛していましたが、参加者の皆さんから再開の声が多かった。横井先生は人気がありますから(笑)。そこでZoomを使って試してみようということで昨年の8月に実施し、読売新聞に取り上げていただきました(1)。この取り組みは現在も継続しています。

※遠隔リハビリテーションを監修した横井賀津志先生の棒体操について、詳しくはインタビュー後の記事をご覧ください。

――今後のご自身の研究について、これからの展開を含めて考えているところがあれば、教えてください。

石井
これは私の妄想なのですが(笑)、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーとシャロン・ストーンが出演しているSF映画『トータル・リコール』をご存知ですか? 映画の冒頭でシャロン・ストーンが、自宅のリビングで、ホログラムで投影された3Dのインストラクターの映像を手本にテニスの素振りをしているシーンがあります。これをリハビリテーションに応用したい。患者様の自宅で3Dホログラムを投影できれば、それを参考にリハビリに取り組めます。ホログラムの技術は簡便なもので十分です。

しかし3Dホログラム投影法を研究されている大阪市立大学工学部の宮崎大介准教授に開発状況をたずねてみると、一般的な人間の大きさのホログラムを3D投影するのは、現段階では難しいとの回答がありました。でも2025年に開催予定の関西万博までにはあと4年ありますから、先生のご研究が進めば何かが起こるのではと期待しています。

――2022年春に融合予定の大阪市立大学との教育・研究などに関する連携について、期待したいところを教えてください。

石井
私ども総合リハビリテーション学類は、合併後には医学部のリハビリテーション学科として生まれ変わります。市大医学部精神科の井上幸紀教授とは認知症リハビリの新たな応用について、今後共同研究を進めていく予定です。また先ほどお話した市大工学部の宮崎准教授には3Dホログラム投影法に関する予備的調査でお世話になっています。

――新大学開学が1年後に迫る中で、今後の府大生に期待したいことがあれば教えてください。

石井
当学科は大阪府下ではリハビリテーションの領域では最高学府にあたります。学生にはその自覚をもって学んで頂き、将来的には社会のいろんな場所で指導的な役割を果たすことを期待します。今はそのための勉強をしっかりしていただきたい。当学科は昨年度に第13期生を送り出した、比較的歴史の浅い学科です。でも第2期生の田中寛之先生が、初めてスタッフとして帰ってきてくれています。こういう若い世代の方たちに将来、大阪で指導的な立場で活躍をしていただきたいです。

その一方で、僕たちの頃とは違って、最近の学生さんは真面目ですよね。特に私どもの学科は4年間勉強して最終的に国家試験に合格しないといけない。時間的に余裕がなくて忙しすぎるし、かわいそうだと思う。でも若いうちにしかできない経験というのもあります。勉学はもちろんだけど、バイトや恋愛、クラブ、趣味に打ち込むなど、学生時代にしかできない人生経験をたくさんしてほしい。先ほどと話したことが矛盾していますし(笑)、このコロナ禍でなかなか大変だと思いますが、両立してほしいですね。

――このWEBマガジン「ミチテイク・プラス」は、本学学生や本学に興味のある受験生の方々も読んでくださっています。読者に向けてメッセージをお願いします。

石井
受験生の皆さんには迷わず、市大と本学が融合する新大学を志望していただきたい。教職員、学生の皆さん共、非常に真面目な方ばかりですし、大学としての将来性は間違いありません。ぜひ入学していただいて、学びの時間を共有しましょう。

■遠隔リハビリ~転倒予防のための棒体操
横井賀津志 大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科 臨床支援系領域 教授

横井
本学では5年前から松原市社会福祉協議会(以後、社協)と共同で、地域在住高齢者の転倒予防を目的とした、予防リハビリの棒体操を実施しています。

棒体操とは、新聞紙朝刊1部を丸めて両端と真ん中をガムテープで貼り付けた棒スティックを投げたり、受け取ったりする簡単な体操です。片手でキャッチしたり、持ち替えたりあらゆるパターンがあって、約20~30分くらい運動します(2)。

高齢者による寝たきりや介護の原因とされる転倒は、予期せぬ姿勢の変化に対応できないために起こります。この棒体操は、転びそうになることを経験することで、転倒防止の一助とするのが目的です。棒スティックは取り損ねることも多いので、日常生活では経験できない、バランスを崩すこと自体を体験できます。きれいな体操をするのが目標ではありません。

私どもの臨床研究の結果、この棒体操の継続が高齢者の転倒をある程度防ぐことが明らかになりました(3)。そこで住民への普及を模索していたところ、松原市担当者と出会い、実施することになりました。重りや器具を使わず、費用対効果も高いと考えています。

コロナ禍以前は、松原市内5カ所の公民館や福祉施設に直接出向いて、住民の方向けに棒体操を実施していましたが、昨年は開催を自粛。そのため高齢者の方々が自宅に引きこもってしまう状況が続きました。社協の方々が各家庭に電話確認をすると、体の衰えや認知機能の低下が疑わしいという相談がありました。

そこで密にならない程度で参加者の方々に集まっていただき、私が棒体操を行っている様子をオンライン配信することになりました。松原市が3~4会場を手配し、各会場で密にならないよう10名程度、65~80歳くらいまでの高齢者が参加されています。

オンライン配信では、私が一方的に話すだけではなく、対面の時と同じように、双方向でコミュニケーションできるよう心掛けました。当初は私と1会場だけのやりとりだったのが、今では各会場の参加者同士の会話ができるようになりました。これは、参加者同士のつながりを生み出し、一体感を醸成することにより、リハビリ効果を高める狙いもあります。現在でも月に一度、オンライン配信を継続しています。

今後は、オンライン上で参加者の動作を解析できるソフトを利用して、各参加者個別のプログラムを作成し、より効果的なリハビリが可能となるシステム構築を考えています(4)。

石井
棒体操を考案した横井先生には多くのファンがいらっしゃいます。オンライン配信の画面の向こうから「横井先生~!」と手を振っている女性がたくさんいらっしゃる。将来的には横井先生のホログラムを投影して、棒体操を一緒に行ってもらうのが私たちの夢です(笑)。

横井
最近は、手伝ってくれている若い男子学生さんの人気が急上昇しています(笑)。

 

(1) オンラインで体操指導 高齢者にリハビリ…大阪府立大. 読売新聞 2020年9月19日
(2) 転倒予防のための棒体操 – 運動機能と認知機能へのアプローチ. 横井賀津志, 高畑進一, 内藤泰男. 三輪書店 2010.
(3) Short stick exercises for fall prevention among older adults: a cluster randomized trial. Yokoi K, Yoshimasu K, Takemura S, Fukumoto J, Kurasawa S, Miyashita K. Disabil Rehabil 37(14):1268-1276, 2015.
(4) AI の活用を視野に入れた遠隔での介護予防体操の取り組み. 横井賀津志, 内藤泰男, 石井良平. 日本作業療法士協会誌 105:18-19, 2020.

 

※公表内容は予定であり、変更等を行う場合があります。
※新組織は認可申請中のものであり、今後変更の可能性があります。

 

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【取材日:2021年4月6日】※所属は取材当時