皆さんは、海上を航行する船に対して、どんなイメージをお持ちですか? 一般的には波しぶきを上げながら直進し、左右どちらかに曲がる時は大きく弧を描いて航行。なかなか機敏には動かない印象ですよね。しかも海上は、波や風などの力が作用する不自由な状況。そんなアンバランスな海をスイスイと航行する(しかも直角に曲がる!)驚くべき船の研究・開発が府大で進められています。

それは大阪府立大学大学院工学研究科/大阪府立大学養殖場高度化推進研究センター センター長 二瓶泰範准教授が中心となって取り組んでいる『ロボセンプロジェクト』です。

「ロボセン」とは、四胴型自動航行船の商標登録名。計測器などを搭載するデッキを中心に、四方には4機のハル(船体)を設置。ハルに納められている推進機と回頭機構により、波や風、潮流などの悪環境下においても目的地まで自動航行し、定点で船体の位置を保持することができます。しかも直角に航行可能という、既存の船とは全く異なる動きを実現しました。自動航行で目的地まで進み、帰って来る――お掃除ロボットのようなイメージです。

このロボセンを使い、養殖場の生産性向上や、漁業にまつわるさまざまな問題を解決するべく、二瓶先生たちプロジェクトチームは、研究・開発に取り組んでいます。

ロボセンプロジェクトは、中小企業庁の「サポイン事業(※)」に採択され、初年度の中間評価としてA評価を獲得しました。そこで二瓶先生(写真中央)に、同プロジェクトについてインタビュー。二瓶先生と共同でロボセンを研究・開発する日本海工株式会社の増田憲和さん(写真左)、協力会社である「株式会社フラクタリー」代表取締役の阪本啓志さん(写真右)にも同席いただきました。

――二瓶先生が「ロボセンプロジェクト」を始めた経緯を教えてください。

二瓶泰範先生(以下、二瓶先生)
北海道浜中町の火散布沼(ひちりっぷぬま)にウニの養殖場施設があります。道東地方で豊富にとれる昆布を使ってウニの養殖に成功した地域ですが、豪雨被害により塩分が低下し、ウニが大量に斃死するという痛ましい事案が起きている事を知りました。その他、あらゆる水質問題も浮き彫りになっていたところ、地元の方々から「何とかならないだろうか」と相談を受けたのが、2014年の夏。

私は現場に赴き、水質調査を行ったのですが、その時に感じたのは現場計測の過酷さでした。高精度な水質シミュレーションのためには、高頻度・高密度の計測が必要なのですが、計測中に風で船が流されることもあり、人力では不可能。そこで思い立ったのが、沿岸域や養殖場において自動で活動できる船の研究・開発でした。

農業や酪農業の現場では、情報化・機械化・自動化が進んでいるにもかかわらず、漁業はあまり進んでいないように感じます。その一番の原因は、海の上という不自由さにある。そこで全く新しい船を作り、これからの漁業に貢献しようと思いました。その頃、私と同じような目的を持っていたのが、日本海工株式会社さんでした。

日本海工株式会社・増田憲和さん(以下、増田さん)
二瓶先生が北海道で問題を抱えられていた時期、私どもでは海の汚濁などの調査を念頭に置いた水中・水上ロボット事業を新規に立ち上げており、私はメンバーの1人でした。その時、二瓶先生と知り合い、共同で自動航行船の研究・開発を行うことになりました。

二瓶先生
研究・開発を開始したのが2015年度。最初は台所にあるボールにポッドプロペラを付けたような試作機でした。実機サイズの製作フェーズを経て、初号機ともいうべきロボセンが誕生したのが2017年1月。以後、府大のプールなどで基礎実験を重ねました。

その少し前になる2016年11月、当時神戸大学に在籍されていた中田聡史博士(現国立環境研究所)の紹介で、石川県水産総合センターを訪問しました。同県の七尾湾は日本海側最大のカキ養殖場があることで知られます。その養殖場の詳細な情報化を行い、今後想定される問題への対策を講じたいというニーズがありました。その問題解決には、ロボセンはまさに打ってつけのツールだということになり、2017年度には七尾湾の実海域で実験を行いました。

2018年1月には「総務省SCOPEプロジェクト」に採択され、石川県水産総合センター、神戸大学と共同で取り組むことになりました。同年8月までに自動航行技術、定点保持、自動水質計測を達成。9月には七尾西湾での実海域試験を実施。七尾西湾のカキ養殖場において水平方向9地点×水深方向5カ所の計45地点の水温、溶存酸素を自動計測しました。

そして2020年には「令和2年度サポイン事業」に採択されます。現在は、ロボセンのさらなる高度化のためのアプリケーション、自動着岸、衝突回避・夜間航行、緊急時の自動アンカリング機能などの研究開発や、AIによる水質予測技術の研究開発を行っています。

――2020年度サポイン事業の中間評価において、A評価を得た要因についてどのようにお考えですか?

二瓶先生

現在は北海道浜中町の火散布沼にあるウニ養殖場で実験を行っていますが、海によって問題が異なります。七尾湾での実験は順調でしたが、火散布では平均水深が約1.5mで非常に浅くて、アマモが大量に群生していました。そのため海でテストをすると、ロボセンのプロペラにアマモが絡まってしまった。そのようなトラブルもチームのみんなが現場で対処し、解決へと導くことができました。それが私の中では非常に大きい出来事でした。

アマモの群生はある程度予想していました。事前準備も行っていましたが、予想以上の量だったため、トラブルに見舞われた。そこでその場で養殖用ネットを上手に丸めて、各プロペラをカバーしてみた。これこそ現場の知恵ですね。アマモガードと名付けて、現在、府大で実験継続中です。

サポイン事業における評価は、これまで実行した計画を評価された上で、実際の海でのトラブルを解消し、実用化に近づいた部分を特に認めていただいたのだと思います。

――2021年度の目標を教えてください。

二瓶先生

自動着岸機能と、タブレットで操作するためのシステム構築。この2つが、我々ロボセンチームの最大のミッションです。またAI水質予報チームは、AI技術を導入し、市販のパソコンでも実行可能な新たな水質予報システムを開発すること。同システムとロボセンで得られる水質ビッグデータとの組み合わせにより、養殖漁業の持続可能な成長に貢献することができます。

増田さん
タブレット操作については、画面上でロボセンの現在地を把握できることはもちろん、内蔵カメラが映し出す風景を確認しながら、マニュアル(手動操作)もしくはオートモード(自動)での航行ができます。オートモードではあらかじめ設定した航路を自動航行させることができます。水質調査も可能です。

――ロボセンを一般の方々が使用できるようになるのは、いつになりそうですか?

二瓶先生

ロボセンを使用するのは、我々のような研究職ではなく、水質調査などに携わる漁業組合や地方自治体、水産課の方々を想定しています。しかし現状のロボセンを運用するのはとても大変。重量が100kgあるため、海に下ろす場合は大人3、4人の力が必要です。サポイン事業の採択期間終了までには、自動着岸機能や自動アンカリング装置などを完成させ、1人で運用できるところまで仕上げる予定。格段に使いやすくなっているはずです。

――「株式会社フラクタリー」代表取締役の阪本啓志さん(以下、阪本さん)は2014年卒業の府大OBで、二瓶先生の教え子です。頼もしい存在ですね。

二瓶先生
ロボセンを作り始めようと思い立った当初は予算もなく、100均で購入したボールを使い、試作機を作っていた。その時に、阪本さんに相談しました。彼は府大卒業後に静岡のFRP(繊維強化プラスチック)の設計会社に勤めていたので、「ロボセンのようなものを作るなら、ここだ」と思い、すぐにコンタクトしました。すると案の定、彼が対応してきました。開発の大枠は日本海工さんと決まっていたので、詳細の部分の設計をお願いしました。

阪本さん
その2年後に、二瓶先生に「一次産業の現場で使える自動化・機械化・情報化ツールを製品化するベンチャーに挑戦したい」と申し出て、2018年6月に「株式会社フラクタリー」を設立しました。

――阪本さんの今後の目標を教えてください。

阪本さん
現在の取り組みを拡大し、日本海工さんとロボセンを使ったサービスを展開できるよう、思案しています。まだまだイメージですが、将来的にはロボセンを使って養殖事業に乗り出したい。2050年には漁師さんは今の半分以下の数になると予想されています。その頃に現在の生産量を維持するためには、機械化は必要。そのあたりの課題を解決したいと考えています。

――それでは最後に、府大生や府大をめざす受験生の皆さんにメッセージをお願いします。

二瓶先生
私はF1マシンを作りたくて、大学に進学しました。でも機械工学で学んだのは、主に部品について。「部品ではなくF1マシンを作りたい!」とずっと思い続けていました。その後、大学院進学時に、総合工学という分野があることを知り、自分の進む道を変えました。機械に関しては陸でしたが、大学院からは海の世界に身を移し、海上で動くメカを作るため、勉強に没頭しました。

だからロボセンのようなメカを完成させたことは、本当にうれしくて、自分の夢が叶った瞬間でもありました。これからも研究を重ねて、ロボセンを完成形へと導きたい。ロボセンプロジェクトの成功は、将来的な養殖漁業の持続可能な成長へとつながります。モノづくりを通して、困っている漁師さんに役立てていただくのが私の願いです。

皆さんへのメッセージとしては、視野を広げるために、あらゆることにチャレンジすること。そして「問題意識を常に持って、それを解決するためには何がいいのか」ということを日頃から考えてほしい。そういう心をずっと持ち続ければ、きっと面白いモノが作れるようになる。そう私は信じています。

 

■参考記事

●IoT技術を用いた持続可能な養殖漁業!―中小企業庁の「戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)」に採択―

●二瓶泰範研究室

●ロボセンについてもっと詳しく知りたい人はこちらから

※サポイン事業(Supporting Industry/戦略的基盤技術高度化支援事業)とは…大学や研究機関、企業などと共同で、ものづくり基盤技術の高度化に向けた研究開発や試作品開発などの取り組みを支援するもの。平成30年度は申請329件のうち、採択は126件。狭き門を通った、選び抜かれた事業のみが採択される。

 

【取材日:2021年4月28日】※所属は取材当時