゛「世界中で私だけしか知らない」発見の喜びを伝えたい ” |
稲田 のりこ(いなだ のりこ)教授
生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 応用分子生物学研究グループ
2022年4月開学予定の大阪公立大学(仮称:設置認可申請中)に、農学部および農学研究科が新設されます。農学部には応用生物科学科、生命機能化学科、緑地環境科学科の3学科が設置され、分子から生命・環境に渡る広範囲な分野を農学的視点から学ぶことができます。
新体制で始動する農学部では、大都市立地という特性を活かした「生物資源の有効活用」「健康問題への貢献」「都市の環境修復や持続的発展」「持続可能な社会基盤の構築」などに関わる教育研究を展開し、その学びをグローバルな研究開発へとつなげます。また少人数教育の特徴を活かした双方向型の教育を行い、論理的思考力と国際的な活躍を目指す上で大切なコミュニケーション能力を持つ人材を育成します。
現在、府大で設置されている生命環境科学域の応用生命科学類(植物バイオサイエンス課程・生命機能化学課程)、緑地環境科学類の2学類が農学部に移設されます。そこで各専攻の先生方に、農学部新設への期待とご自身の研究についてインタビューしました。今回は、生命環境科学域 応用生命科学類 植物バイオサイエンス課程 応用分子生物学研究グループの稲田のりこ教授にお話を伺います。
――稲田先生の研究内容を教えてください。
稲田先生
現在は大きく分けて2つの研究プロジェクトを行っていますが、そのうち「細胞内温度イメージングによる細胞応答機構の解析」についてご説明します。温度は生物にとって重要な物理量ですが、細胞という非常に狭い空間における温度分布や温度変化についてはあまりわかっていません。そこで私たちは、新しく開発した蛍光温度イメージングの技術を使って、温度という新しい観点から、環境やストレス応答など、細胞の新しい機構を理解する研究を進めています。
“痩せの大食い“のような人は、食べるとすぐ体温が上昇しますが、これは食べたものを代謝して熱として放出する現象です。食べたものを細胞内で分解する時には化学反応が起こりますが、その時のエネルギーの受け渡しがあらゆる化学分子間で行われます。しかし、その時のエネルギー100%を相手に受け渡すわけではなく、必ず少し漏れてしまう。その漏れるエネルギーが熱という形で放出されるケースが多いので、代謝が活発であるほど体温が上昇します。病気の細胞も代謝が活発だとわかっているので、温度が高いと考えられています。私たちの蛍光温度イメージングを使うことによって、温度の高い病態細胞を発見したり、細胞が病気になるメカニズムを明らかにしたりできるのではないかと考えています。
でも今のところは、私たちが2012年に発表した研究を発端として「細胞内温度」という考え方自体が浸透しつつある段階で、細胞内温度を病態細胞の研究に応用するにはまだまだ知見を積み重ねる必要があります。例えば、細胞にさまざまな刺激を与えてどのような温度変化がみられるか。このような調査・研究を積み重ねることによって、将来的にいろんな分野に応用できると期待しています。
――稲田先生が研究分野に興味を持ったきっかけを教えてください。
稲田先生
小さい頃から本を読むのが好きだったので、小中学校のときは文系への進学を考えていたのですが、高校に進学してみたら、化学の実験がとても楽しかったこと、数学の成績も良かったので理系を意識し始めました。高校生の頃は、地球を脅かす環境問題の解決に向けて取り組みたいと考えていて、母親に相談すると「政治家になるのも1つの方法だし、研究面から環境問題を支える方法もある」とアドバイスされました。政治家には興味がなかったので、農学部を視野に勉強したのですが、最終的には東京大学理学部に進学し、大学院では理学系研究科 生物科学専攻に籍を置きました。私、顕微鏡を通して細胞の中の構造を見るのがとても好きなんです! 大学院の研究室では透過型電子顕微鏡で核膜や葉緑体、きれいなグラナスタックなどの植物の細胞内構造を4時間くらい夢中になって観察していました。
――稲田先生が感じる研究の魅力とは?
稲田先生
研究を通して、世の中で誰も知らない事象を自分が初めて発見できることが最も面白いと思っています。ただ、そういう発見の喜びは、ある程度その分野の背景を知って、研究の経験を積まないと感じることはできない、とも思います。実際に私自身が研究の楽しさや喜びを感じたのは、ポスドクになってからでした。夜中まで実験して、顕微鏡である現象を発見した時は、「これは今、全世界中で私しか知らないんだ!」と感動したのを覚えています。新しいことを知る喜びが研究の面白さであり、学生にも感じてほしい。またそのような研究が最終的に社会貢献へと繋がるよう、今後も取り組んでいきます。
――卒業生の主な就職先を教えてください。
稲田先生
学類全体としては、半分以上が大学院に進学し、就職先としては食品や化粧品、衣料、化学関係の企業が多いです。私自身はまだ府大に着任してから4年しか経っていないので、卒業生の数も少ないのですが、同じ研究室に以前在籍していた教授や助教の下で学んでいた学生たちは、種苗会社や食品関係、府立高校教員、IT関係などに就職しています。
――新設される農学部の特徴について教えてください。
稲田先生
近畿圏内には他大学の農学部はありますが、府内の国公立大学では大阪公立大学(仮称)だけです。大阪府で農学部に進学したい人は、学費面のメリットは大きいと思います。また、キャンパス内に広い農場や植物工場があり、これらの設備を研究・教育に実地で活用できます。副専攻という学部横断的な教育システムが府大にはあり、新大学でも引き継がれる見込みで、これも大阪公立大学(仮称)農学部の大きな特徴です。
――農学部新設について期待されるところを教えてください。
稲田先生
研究室間や学科間で活発に共同研究を行って、学部内の繋がりが強固になることを期待します。研究というと特殊なもののように思われがちですが、研究プロセスを学ぶことにより、科学的理論的な思考を学ぶことができます。また、研究成果を周囲に伝えるプレゼンテーション能力は、社会でも必要不可欠なスキルです。学部全体の研究の活性化が、学生たちに良質な教育を提供することに繋がると考えています。
――稲田先生のように理系に進学する女子学生は多いとは思いますが、植物バイオサイエンス課程での男女比はいかがですか?
稲田先生
男女比については、先日開催された農学フェアで女子高生からよく質問されました。理系といっても、生物系の学生は女性が多いです。植物バイオサイエンス課程の学生男女比は半々で、大学院でも同じくらいの割合です。キャンパスでも安心して過ごせると思いますよ。
――最後に受験生の皆さんにメッセージをお願いします。
稲田先生
新設予定の農学部は、バイオに興味のある方なら誰でも来ていただきたいです。基礎的な生物の仕組みに興味ある人にも、応用的な研究に興味のある人も満足してもらえると思います。新設予定の応用生物科学科としては、分子・遺伝子レベルの研究を、大都市型スマート農業に繋げるのが最終目標なので、そこに向かって一緒に取り組めればと思います。
※公表内容は予定であり、変更等を行う場合があります。
※新組織は認可申請中のものであり、今後変更の可能性があります。
●稲田先生の研究について
「アクチン脱重合因子の機能解析による植物の環境ストレス応答機構の解明」
真核生物の細胞内に張り巡らされているアクチン繊維は、細胞の形や伸長の制御、細胞内の物質輸送に働いています。また最近では、細胞核内のアクチン繊維の役割にも注目が集まっています。私たちは、アクチン繊維の構造や動態を制御する因子、アクチン脱重合因子(ADF)が、植物の病害応答や植物サイズの制御に働いていることを明らかにし、現在その仕組みを明らかにする研究を行っています。現在は、シロイヌナズナというモデル植物を使用して実験を行っていますが、将来的には農作物の改良に繋げたいと考えています。
「細胞内温度イメージングによる細胞応答機構の解析」
温度は生物にとって非常に重要な物理量ですが、細胞という非常に狭い空間における温度分布や温度変化についてはあまりわかっていません。私たちは新しく開発した蛍光温度イメージングの技術を使って、温度という新しい観点から細胞の応答、環境応答の機構を理解する研究を進めています。
●応用分子生物学研究グループ(新大学では細胞分子生物研究グループ)
【取材日:2021年6月22日】※所属は取材当時