゛「農学部で創薬?」未来の健康に貢献する創薬・医薬の開発 ”

乾 隆(いぬい たかし)教授

生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 生体高分子機能学研究グループ

 

2022年4月開学予定の大阪公立大学(仮称:設置認可申請中)に、農学部および農学研究科が新設されます。農学部には応用生物科学科、生命機能化学科、緑地環境科学科の3学科が設置され、分子から生命・環境までを農学的視点から広範囲に学ぶことができます。

大阪公立大学 農学部

新体制で始動する農学部では、大都市立地という特性を活かした「生物資源の有効活用」「健康問題への貢献」「都市の環境修復や持続的発展」「持続可能な社会基盤の構築」などに関わる教育・研究を展開し、その学びをグローバルな研究開発へとつなげます。また少人数教育の特徴を活かした双方向型の教育を行い、論理的思考力と国際的な活躍を目指す上で大切なコミュニケーション能力を持つ人材を育成します。

現在、府大で設置されている生命環境科学域の応用生命科学類(植物バイオサイエンス課程・生命機能化学課程)、緑地環境科学類の2学類が農学部に移設されます。そこで各専攻の先生方に、農学部新設への期待とご自身の研究についてインタビュー。

今回は、生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 生体高分子機能学研究グループの乾 隆教授にお話を伺います。清王朝の最盛期を創出した乾隆(けんりゅう)帝やプロサッカー選手の乾貴士選手と同名であることからユニークな逸話を持つ先生に、創薬開発から農学部への期待までお話いただきました。

――乾先生が携わる研究について教えてください。

乾先生
私たち生体高分子機能学研究グループでは、蛋白質ベースの創薬開発をはじめ、アフリカ睡眠病の新規治療薬の開発や、イヌやネコアレルギーの治療を目指した低アレルゲン化ワクチンの開発、トランスクリプトーム解析による新規病態関連因子の探索など、様々な課題に取り組んでいます。

代表的な研究はドラッグデリバリーシステムの開発です。現在、死亡原因の1位はがんですが、膵臓がんなどの難治性がんに対する有効な治療薬はありません。そこで私たちは生体内輸送蛋白質を用いて「抗がん剤の吸収改善」「がん細胞に対する標的指向性」「がん細胞内での薬剤放出制御機能」を併せ持つ新規ドラッグデリバリーシステム(DDS)を構築し、難治性がん治療の基盤技術にすることを目指しています。一般に抗がん剤は水に溶けにくいので、人に投与するのは難しい。それを蛋白質で可溶化し、がん細胞やがん組織特異的に集積させ、副作用を軽減したがん治療を行う研究を進めています。

一方、アフリカ睡眠病に対する新規治療薬の開発に関しては、研究論文が「Nature Communications」(※1)で昨年採択され、新聞記事などを通じてニュースになりました。研究室の頑張りを知っていただけるのはありがたいことです。(※2)

乾教授

――ご自身の研究についてどのような部分に魅力を感じていますか?

乾先生
私たちの研究が順調に進み、薬やワクチンとして世の中に出れば(上市できれば)、人の役に立つことができる。そういうところに魅力を感じます。“新しい発見を世界で最初に見るのは、実際にその研究を行っている人”――これに尽きます。

――現在の研究分野に進んだきっかけを教えてください。

乾先生
私は理学部の物理学科出身ですが、修士課程修了後に就職したのが外資系製薬企業の研究所で、分析情報学部門でした。しかし、実際に行っていた研究は、これまで全く経験したことのない薬理学分野の研究でした。その後ポスドクとして、大阪バイオサイエンス研究所の分子行動生物学部門に転職しました。こちらでは、生化学や分子生物学を中心とした研究を行いました。そして、これらのバックグラウンドが微妙に絡まりながら発展して、現在のドラッグデリバリーシステム研究へとたどり着きました。

――研究室に所属する学生は、卒業後どのような分野で活躍されていますか?

乾先生
卒業生の就職先の内訳は、製薬企業への就職が約半数です。化学系に3割、残りの学生は食品関係に進んでいます。農学部には多様な分野の研究室があるため、望みのキャリアパスに応じた選択肢がたくさんあります。それに他学部と比べて、あらゆる業種を視野に入れた就職活動が可能です。化粧品から食品、医薬品、化学系など幅広く選択できるのは、学生にとっては魅力的だと思います。

――創薬への社会的ニーズについて、どのようにお考えですか?

乾先生
先日、梅田スカイビルで開催された「農・バイオ・生命科学系大学フェア2021」で、約20名の高校生や親御さんにオンライン対応したのですが、創薬に興味を抱く学生が多かったことに驚きました。創薬・医薬という分野が、高校生の意識に入って来たという印象で、ニーズが高まっているように思えます。しかし一方で創薬について教育・研究できる大学は減少している。一般的には製薬企業では、薬学部出身の方だけが創薬に携わっていると思われがちですがそうではなく、農学部や工学部、理学部出身の方々が一堂に会し、領域横断的に創薬研究に取り組んでいます。私が入社した頃(約30年前)も農学部出身の方が創薬チームに所属していましたし、全く違和感はありませんでした。創薬・医薬分野は私の専門領域。その道を望む学生にはしっかりと教育し、サポートしてあげたいです。

――新設される農学部への期待は?

乾先生
もともと府大には大学設立当初から農学部が設置されていました。平成17年の統合時にその名称はなくなりましたが、生命環境科学域の緑地環境科学類や応用生命科学類で農学を学べますし、生命環境科学研究科ではより深く研究することができる。そういった意味でも、府大は今も農学系の研究分野に強みがあります。

農学部はモレキュラー・バイオロジー(分子生物学)という分野が昔から結構強いと言われていましたし、そういう認識でした。そのような学問をしっかり学べる農学部をもう一度復活させる必要があるということと、大都市にある広大な農場を活用した都市型農業という面などを考慮し、農学部を新設しました。

また、化学を応用して生命や食,あるいは環境に関して幅広い研究ができる「農芸化学」という分野が昔からありますが、それを復活させるという意味も込めて、新しい農学部としての将来性に期待したいです。

――農学部新設に向けた意気込みを教えてください。

乾先生
これまでの農芸化学をベースに新たな領域を取り込んで邁進するのが、これからの農学部のスタイル。生命機能化学科はもちろん、応用生物科学科、緑地環境科学科も興味深く面白い研究がたくさんあります。また、学内にある5ヘクタールもの広大な農場を利用した研究も盛んに行われています。これは他の都市型大学にはない特色です。新大学の農学部は3学科、定員各50人のコンパクトな学部ですが、それをうまく都市型農学という形にフィットさせて発展へと導きたいです。

私自身の目標としては、ドラッグデリバリーシステムを確立し、大学発のベンチャー企業として立ち上げること。またアフリカ睡眠病の研究に関しては、リードとなる化合物を発見し、薬を開発することで、この病気で苦しむ人や家畜を救いたいと考えています。

――最後に受験生の皆さんにメッセージをお願いします。

乾先生
農学部パンフレットに「『農学部で創薬?』と思うかもしれませんが、結構ハマる学生が多いんですよ」と書いているのですが、創薬研究は農学部でも十分できるし、とても面白い。製薬企業の研究職への就職は理系の最難関ですが、昨年度も私の研究室から1人、研究職として採用されました。本来なら修士卒は採用しない方針の会社らしいのですが、当然ですが優秀な学生であったことと、研究室で行った研究内容と企業ニーズとのマッチングにより、採用していただきました。

府大生の良さは何色にも染まっていないところです。私たちが丁寧に教育し、研究への興味を持てるように導くことができれば、水を得た魚のようにあらゆる知識を吸収して、驚くような成長を見せてくれます。そういう学生が府大には実に多い。そこに創薬という分野がフィットすることがあるので、鍛えがいがあります。農学部という新たな研究フィールドで私たちと一緒に頑張りましょう。

乾教授

※1 生物科学、物理学、化学および地球科学のあらゆる領域を対象範囲とし、さまざまな専門分野における高品質な研究を出版するオープンアクセスジャーナル。

※2 【プレスリリース】顧みられない熱帯病「アフリカ睡眠病」の新薬開発に向けた一歩! 寄生性原虫Trypanosoma brucei における GMP 還元酵素が、多量体構造の変化に起因したアロステリック調節を行うことを明らかに。
https://www.osakafu-u.ac.jp/press-release/pr20200417/

※公表内容は予定であり、変更等を行う場合があります。
※新組織は認可申請中のものであり、今後変更の可能性があります。

●乾先生が現在取り組んでいる主な研究
「生体内輸送タンパク質を利用したドラッグデリバリーシステムの開発」
創薬において、新規開発される薬剤候補化合物の多くは、水に溶けにくい難水溶性化合物です。そこで生体内に存在する脂溶性低分子輸送タンパク質の1つであるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を利用して、難水溶性化合物を可溶化し、癌などの組織を狙い撃つ標的指向性を有するドラッグデリバリーシステムの開発を行っています。

「アフリカ睡眠病の新規治療薬の開発」
アフリカ睡眠病とは、人間や家畜に感染する寄生虫症で、ツェツェバエという吸血種のハエが媒介し、人畜の体内に病原体が侵入し、最終的には不眠症や失語症を引き起こします。現在、5千万人の人間と1億5000万頭の家畜が被害を受けているのですが、有効な治療法が確立されていません。私たちはこの寄生虫のゲノムライブラリーを利用し、酵素化学的、構造生物学的な知見から阻害剤の開発を目指して研究を続けています。

「アレルギーの治療を目指した低アレルゲンワクチンの開発」
喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患による患者数は増加傾向にあります。アレルギーの原因となるアレルゲンは多種多様ですが、研究室ではペットとして人との接触機会が多いイヌやネコと、ハウスダストアレルゲンとして近年着目されている、チャタテムシのアレルギーについて研究を行っています。

●生体高分子機能学研究室(乾 隆教授)

●大阪公立大学農学部 入試情報サイト

【取材日:2021年6月8日】※所属は取材当時