゛学習支援システム研究がもたらす知的活動の未来像 ” |
瀬田 和久(せた かずひさ)教授
大阪府立大学大学院 人間社会システム科学研究科 現代システム科学専攻
2022年4月開学予定の大阪公立大学(仮称:設置認可申請中)大学院に『情報学研究科』が新設されます。研究科では、情報学に関連する諸分野を集結させ、人工知能・データ分析を軸としたさまざまな学問領域との有機的融合により、情報および知識を自由に操ることで新たな知を創造し、グローバルな社会課題を解決できる人材の育成と、革新的な研究の発信をめざします。
あらゆるコミュニケーションの基礎となる情報を主体的に捉え、情報に関わる真理・原理を探求し、情報を扱う技術の確立を目指した学問体系を「基幹情報学」、自然科学のみならず人文・社会科学との学際的融合・展開に関する学問体系を「学際情報学」と定義し、両方からなる情報学を新たな「知の創造」の基礎として、情報学に関連した幅広い分野の教育と研究を行います。
そこで、情報学研究科創設に加わっていただける大阪府立大学及び大阪市立大学の先生方に、同研究科新設への期待とご自身の研究についてインタビュー。今回は大阪府立大学大学院 人間社会システム科学研究科 現代システム科学専攻の瀬田和久教授です。
――まずは瀬田先生の研究について教えてください。先生は「コンピューターを使った学習支援」を中心とした研究・開発に取り組んでおられますね。
瀬田先生
コンピューターを賢くすること、それを手段として人間を賢くすること、この両立を目指しています。学習支援といえば、テストの点数をアップさせることを想定すると思いますが、目的は思考のトレーニングです。いわゆるメタ認知(自分の認知活動を客観的に捉える、考えることを考えること)のトレーニングに興味を持っていて、高次認知スキルを育むことや、学びの駆動力としての情動・態度の変容に取り組んでいます。それが人間を賢くするという側面です。
一方で、コンピューターを賢くするという側面では、深層学習(ディープラーニング)も同様ですが、コンピューターは自分の思考プロセスを表現して、それを吟味することができません。プログラムされた通りに動いているだけなので。ですから、コンピューターにも自分が推論したプロセス,なぜそのように動いているのかを1段上のメタな観点から説明できる自意識が備わるような情報システムの研究・開発に取り組んでいます。
■「セマンティック・ウェブ技術」に基づく主体的学習支援
具体例を挙げますと、まずは「セマンティック・ウェブ技術」に基づく主体的学習支援」について。セマンティクスが「意味論」を指す言葉です。例えば、”ヒトラー”という文字列を見たら私たちは、極めて重大な歴史的影響を与えたドイツの政治家といった「意味」を捉えます。でも、コンピューターにとっては4文字からなる文字列にすぎません。
「セマンティック・ウェブ」というのは、コンピューターも意味が理解できる大規模データベースで、私たちが使っているWikipediaなどの裏側に作られています。私たちは知りたいことをウェブで検索しますよね。でも人間が何を調べたくて、理解したいかということは、コンピューターは意味レベルでは理解できません。でもコンピューターも意味が理解できる膨大な情報群が存在していますので、それを活用することで意味理解の程度を現状より高めていくことが可能です。
そのようなものを活用し、歴史学習の文脈において学習者の興味に追従すると共に、その学びを深める的確な「問い」を適応的に生成する学習支援システムの研究・開発を行っています。膨大なWeb空間の中で迷子にならないように、学びを良い方向にナビゲートしていきます。
例えば、第二次世界大戦についてウェブで調べるとしましょう。そこでシステムは「もしヒトラーが存在しなかったら第二次世界大戦はどういう結果になっていた?」などといった、ヒトラーに関連する「問い」を動的に作成します。このとき計算機は、第二次世界大戦に関係する歴史上の重要人物がヒトラーであることを計算して把握(意味理解)し、そして、そこからどの問いを考えさせるのが目の前の学習者の知識状態からして無理がなく、深い理解を形成する上でよいかも計算します。問いを作るだけでなく、問いを出すことの意味を1段上から評価して、学習理論にもとづいて説明できる自意識を備えています。もちろん、現実にはヒトラーは存在していましたから、そこに答えはありません。でもこの問いにより良く答えるためにはヒトラーについての総合的理解が求められるので、こうした適応的な刺激を与えることで、主体的に学習に取り組む態度(エンゲージメント)を引き出すとともに、何をどういった視点で考えると理解が深まるかということの学び(メタ学習)を促すことができます。
■「第二言語のコミュニケーション意欲を高めるためのアニメーション・エージェント」
日本では、日常場面において英語(第二言語)で外国人と交わる機会を有する学習者は少なく、積極的に英語で話そうとする意欲が培われにくいという問題があります。そこで、学習者の英会話意欲の向上を目指した学習支援システムの研究・開発を行っています。
レストランで英会話を行うシーンで、画面に登場するアニメーション型のエージェント(ウエイター)から「お飲み物はどうされますか?」と問われたり、「メニューを教えてください」「トイレはどこですか?」などと英語で質問すると、エージェントが答えてくれる流れです。もし問いかけられたことにこちらが沈黙していれば、エージェントが「大丈夫だよ、頑張ってごらん」と優しく声をかけてくれる。それでも話せないと、さらに不安を軽減する言葉や,場合によっては、英語を話すエージェントが片言の日本語でなんとかコミュニケーションをとろうと寄り添う姿勢を見せてくれる。文法的におかしくても、意味が通じたら褒めて自信を高めてあげる。会話の技術というより、情感に訴えかけるアプローチで「英会話をしたい」という気持ちを高めます。第二言語習得論の知見にもとづいているのですが、技術的には自然言語処理や音声処理技術などを使用したシステムです。レストランのシーンというある程度シナリオが決まっているので、コンピューターも柔軟に応対することができます。
■「学習状況の理解にもとづく協調学習支援システム」の研究・開発
オンライン学習における協調的なコミュニケーションを促す対話支援インターフェースを構築しています。コミュニケーションを成立させるためにヒトは、相手の目線を確認したり、同じものを見ていることを互いに認識したり、表情やしぐさなど、さまざまな非言語的な情報を駆使しています。でも、ZOOMを例にすると、こういったことは難しく感じますよね。
私たちが開発しているシステムでは、話し手が説明する状況で「相手が聞いてくれているかわからない」「説明がわからず前のページに戻っている」などの画面越しの相手の行動について、聞き手の視線の動きや説明資料の内容などを手がかりにして判別することができます。そこでコンピューターは話し手に対して、参加者の理解が進むような解決策、例えば「リサーチクエスチョンと実験目的の妥当性のところでつまづいて、ついてこれていない参加者がいるから、説明を一旦止めて確認してみて。」とか,「なんかおかしいなと思うけど、自信がないから聞きにくいな」という聞き手の情況を捉えて、「あなたが違和感を感じているころは重要なポイントなので、明示的に合意できていないのであれば、話題にあげて確認することは皆にとってもよいことだよ」といった示唆をすることを目指しています。このシステムは学生たちと議論をするシチュエーションで使用していますが、コロナ禍の前から研究・開発に取り組んでいたものです。コロナ禍に見舞われオンラインでのミーティングが増えたことで、相手の視線や動きをセンシングし、コミュニケーションに活かすシステムの必要性を実感しています。
■オンラインによるブリーフメントケアの研究・開発
上記システムを応用した取り組みが、オンラインによる「ブリーフメントケア」(カウンセラーによる、家族の看取りをした遺族の心のケアのこと)です。今後、参加者から取得した視線データと心拍データなどを調べ、オンラインで共感が生まれるプロセスを解析したい。例えばご遺族の背景に置かれた遺品が画面に映っているときに、そこにふたりの視線が集まることで共感が生まれているかもしれない。オンラインでの面談と、実際に会って話した場合では、目線の位置が違ったり、カメラを通した制限された情報なので、共感の成立過程にも違いはあるでしょうね。
――他にも多くの研究・開発に携わっている先生が見据える研究の未来像とは?
瀬田先生
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉をご存知でしょうか? すぐに答えが出ない状況を受け止め、耐える精神や,問いの立て方自体を見直す能力のことです。対義語は「ポジティブ・ケイパビリティ」で「速く、正確に解く」という意味です。これまでの学校教育で重視されてきたといえるポジティブ・ケイパビリティではなく、フィルターバブルと言われる時代にこそネガティブ・ケイパビリティに注目しています。問題の根本について長い時間をかけて熟慮することにより、発展的で深い理解を導くことに興味を持っています。実現には時間がかかると思いますが、学習観を揺さぶることができるコンピューターの開発を目指したい。戦前の物理学者・寺田寅彦の「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」という言葉のように、解明できずもやもやしている事象について一緒に熟考することで、いろんな子どもや研究者の育成にも繋げたいです。「感に寄り添う、観を揺さぶる」ようなシステムですね。
――そもそも学習支援に関する研究に興味を持ったきっかけを教えてください。
瀬田先生
私が最初に師と仰いだ先生がとても面白い方でした。名士の息子さんでしたが、第二次世界大戦後に土地を接収されて、お金がなくなった。でも好きな学問を続けるために、半年かけてロシア語をマスターし、進駐軍に通訳として雇われて収入を得たそうです。この行動に至るまでの先生の考えに非常に揺さぶられ、人間の思考に興味を持つきっかけとなり、そこから人間の認知や人工知能の道を志しました。
――新大学に新設される情報学研究科において、実現したい研究はありますか?
瀬田先生
情況を理解する人工知能の研究・開発です。先ほどの「ブリーフメントケア」の例で話しますと、看取りの方のコミュニケーションにおいて、誰も話さない沈黙の時間があった時、コンピューターがちょっかいを出すことでコミュニケーションに影響を与えるというのは、コンピューターの良い姿ではありません。一方、先ほどの協調学習支援システム研究の一環で、「だじゃれエージェント」を作ったことがあるんです(笑)。ヒトが議論しているときの発言を認識して、データベースからヒットしただじゃれを議論の文脈なんて無視していれてくるんです。これが議論のアイスブレークに役立って、学生さんの発言も増えて議論の活性化に役立つことがわかりました。人の情況やコミュニケーションがどのような文脈で行われているのかということを踏まえた上で、人間とコンピューターの関係のデザインを行うことが大切です。
気持ちが沈んでいて、どうしようもないと感じているような情況に人間は共感できます。話を聞くだけでも、そばにいて触れているだけでも良い。目と目でコンタクトするだけでも意味があります。人間をコンピューターに置き換えた時、それが可能かというと非常に難しい。ですから、目に見えない情動や気持ちといった部分を、コンピューターも理解した深い対話を実現したいという思いはあります。
――最後に情報学研究科にどんな学生が来てほしいですか?
瀬田先生
即自的な解決策ではなく、問題の根源に迫る部分を捉えて解決へと導くことを志向する学生に来てほしい。すぐに解けなくても一緒に議論を楽しみ、時間をかけて問題解決に向け熟考を重ねる。それはまさにネガティブ・ケイパビリティの考えですが、思いはポジティブに。既存の学術体系の枠にとらわれない、やる気のある学生と共に研究・開発に取り組みたいです。
※公表内容は予定であり、変更等を行う場合があります。
※新組織は認可申請中のものであり、今後変更の可能性があります。
●大阪府立大学大学院 人間社会システム科学研究科 現代システム科学専攻 瀬田研究室
【取材日:2021年7月27日】※所属は取材当時