2021年9月14日(火)I-siteなんばにある「まちライブラリー@大阪府立大学」でアカデミックカフェが開催されました。カタリストは、西川 一弘 和歌山大学学長補佐 紀伊半島価値共創基幹“Kii-Plus”准教授。テーマは「鉄道の津波被害ゼロを目指して―和歌山から発信する鉄道防災教育―」です。

西川先生

本学と和歌山大学は、2017年に締結した包括連携協定に基づき、両大学が有するサテライトにおいて、幅広い分野の学びを提供することを目的として両大学の研究者が入れ替わって登壇する公開講座を実施しています。9月15日(水)には、和歌山大学岸和田サテライト「わだい浪切サロン」にて、本学の平井規央教授が講演(リモート)を行いました。

鉄學
「鉄學」という言葉を初めて耳にしたという方は多いのではないでしょうか。鉄學といっても“philosophy”の「哲学」ではなく、ましてや「乗り鉄」「撮り鉄」といった鉄分高めの趣味を追求する学問でもありません。地域資源を楽しく学びながら鉄道からの避難方法も学ぶ、西川先生が開発したプログラムのことです。

 

広範囲に甚大な津波被害をもたらした東日本大震災ですが、列車乗車中、津波による直接的な人的被害はありませんでした。この要因としては、「巨大地震イコール津波」と認知されていたこと、現場の情報を基にした避難誘導・列車内待機の判断が的確だったこと、そして津波到達までに時間があったことなどが挙げられます。しかし津波襲来までの時間が短いと推測される地域の場合は、どのような対策を講じればよいのでしょう。

全体の様子
紀伊半島沿岸に線路が敷設されている和歌山県のJRきのくに線は、和歌山駅から新宮駅間の全長200.7kmを走行する路線です。車窓からは太平洋が一望できる区間もあり、紀南地方の風光明媚な景色が楽しめます。しかし海が間近に見えるということは、津波発生時における対応の難しさに直結します。同路線の津波浸水予想区間は69区間・73.5kmに及び、避難までの時間は非常に厳しいと想定されています。このような地域で犠牲者を出さない取り組みは必要不可欠ですが、一般的に防災対策を展開すればするほど「ここは危険な地域だ」と認識されてしまいます。

そこで西川先生は「防災といわない防災」の考えのもと、地域資源を楽しく学びながら、鉄道からの避難方法も学ぶプログラム「鉄學」(鉄道防災教育・地域学習列車)を開発、実践しています。

西川先生3
初めて「鉄學」が実施されたのは、2016年11月12日。和歌山県南部の串本町から新宮市の区間で行われました。県内の中学生や学校関係者、鉄道関係者ら約50人の参加者が、普通列車車両(105系)2両に乗車し、串本駅を出発。ほどなくして「緊急地震速報」を受信した電車は緊急停車。参加者たちは車両からの飛び降りや、梯子を用いた降車で退避。その後すぐ、沿線周辺にある高台へ駆け上がり、避難訓練を完了。避難場所付近からは、串本町の名勝「橋杭岩」を、観光ガイドの解説を聞きながら見学するという貴重な時間を体験しました。電車は新宮駅まで徐行と停車を繰り返しながら約4時間運行し、モニターツアーは終了。避難場所の検討などを踏まえ、鉄學プログラムのベースとなりました。

その後、地元高校の教育カリキュラムと連携した「防災スクール編」や「世界津波の日高校生サミット編」、エデュテイメントツーリズム(旅行商品化)として実施された「紀の国トレイナート編」など、鉄學はこれまでに7回開催。防災教育やふるさと教育、観光振興・地域創造などへの貢献をめざしています。

「あらゆる方法で鉄道防災について学べることが大事です。例えば、津波対処訓練を観光として取り組むとエデュテイメントツーリズムになりますし、教育として展開するなら、鉄學を遠足に使っていただければ嬉しい。これからは、楽しみながら防災が学べるしかけを構築し、訓練機会を増やすアプローチをいかに行うか。その上で、防災対策と路線活性化の融合を追求するのが、今後のミッションです」。

西川先生2
「また和歌山県は濱口梧陵(※)さんの故郷で、津波防災の発信地でもあります。将来的には私たちの活動を通じて、和歌山を鉄道防災教育の拠点にしたい。津波を学習するには和歌山に行くべきだという文化に貢献したい」と西川先生は今後の展望を語ります。

※津波から村人を救った物語「稲むらの火」のモデル。

現在はコロナ禍の影響により、鉄學プログラムの開催は見送られていますが、機会があれば参加してみてはいかがでしょう。全国各地で自然災害の発生が後を絶たない昨今。都心、郊外に関わらず、その脅威は私たちの日常生活と常に隣り合わせにあります。「備えあれば患いなし」ということわざにもあるように、日頃から防災意識のさらなる向上に努めたいものです。

集合写真

<西川先生御寄贈の本>
寄贈本
『海駅図鑑 海の見える無人駅』著者:清水浩史/出版社:河出書房新社 https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309278124/

 

 

※アカデミックカフェは、新型コロナウイルス感染拡大の影響を考慮して、ソーシャルディスタンスを施した座席の配置を行い開催しました。参加者には、体調や生活に関するアンケート記入をお願いし、入口での検温・消毒など予防対策を徹底しました。

 

【取材日:2021年9月14日】※所属は取材当時