今回は教育PRO 大阪府立大学特集号に掲載された
「“ 垣根のない大学” をめざした、学域・学類改革と教育環境整備を推進~高橋哲也副学長(教育・入試担当)・教育推進本部長にインタビュー~」をお届けします。
学域・学類制と初年次ゼミナール発足の趣旨と背景について
――大阪府立大学は2005年に大阪府立の3 大学( 大阪府立大学・大阪女子大学・大阪府立看護大学) が統合・法人化し、9学部を7学部に再編した新大学として発足しました。2012年には学部・学科を学域・学類に再編し、現在に至っています。学士課程改革の経緯と背景、教育環境整備の取り組みをお話しください。
高橋 本学の学士課程改革が始まった経緯には2008年の中央教育審議会(文部科学省の諮問機関、中教審) の「学士課程教育の構築に向けて」答申がきっかけになりました。この答申を受けて、学内に教育担当理事のもと「カリキュラムデザイン会議」(2008 年8月~2009 年7月)を設置しました。その会議で、本学の学士課程をどのように改革するのかの議論を本格的に始めました。
学士課程改革の中教審答申が出された背景には、日本の大学で学部・学科制の弊害が指摘されていた状況があります。つまり、学部・学科という縦割りの壁によって学びの幅が狭くなりがちであり、打破すべきだとの提起です。どうしても大学の教員というのは専門を深くやりたいという傾向があり、狭い“ たこつぼ化” に陥る傾向があります。
本学のように、せっかく総合大学に入ったのに特定の学部・学科に所属することで、人間関係や知識の範囲が限定されてしまい、幅広い学びが失われてしまうことがあるのです。学域・学類という、学部・学科より大括りの教育組織に再編することは、このような背景から決定されました。具体的にはそれまでの7学部28学科から4学域13学類に組織を再編し、入試も基本的には大括りの学類単位で行うこととしました。カリキュラムとしても1年次は学類の中で幅広く学び、2年次から専門の教育課程に配属される経過選択型を導入しました。
その再編に合わせて、本学の学士課程で身につける学修成果目標を定め、それを達成するための教育環境の整備(初年次ゼミナール、学生ポートフォリオの導入等) についての答申を作成したのがカリキュラムデザイン会議です。
カリキュラムデザイン会議答申は、初年次の教育改革として「少人数のゼミナール形式の科目を設置する」ことを提言しました。学域・学類制を導入することが決まったあと「カリキュラム策定ワーキンググループ」(2010年1月~7月) が設置され、この答申を活かして初年次ゼミナール(以下、初年次ゼミ) の中身を設計しました。具体的には1年次前期の必修科目として、全員が受けることとしました。
全学の教員が担当することで90以上の幅広いテーマでクラスを開講することができ、それを学生が希望を出して選べるようにしました。つまり、大学生活のスタート時に、異なる学域・学類の学生が共に学べるようにすることで、学域の「融合」をめざしていったのです。
本学が初年次ゼミを導入する裏づけとなったのは、1年次前期のGPA※と累積GPAには強い相関関係が見られることが分析により分かったことにあります。そして、初年次での主体的な学習態度の形成が重要であるとの認識ができ、大学での能動的学習への「学びの転換」をめざす科目として、初年次ゼミ導入に踏み切ったのです。
◆初年次ゼミ、継続的な学生調査などで成果が上がる
――大阪府立大学ではGPAの分析を早くから行っていたのですか。
高橋 他の大学に先駆け、2005年の3大学統合のタイミングでGPAを導入しました。この分析結果は、専門教育を担当する教員にとってはかなりショックだったようです。というのは、1年次前期は英語や情報基礎、教養科目など、専門と直接関係のない科目がほとんどなのにもかかわらず、1年次前期のGPAと3年次後期までのGPAとに強い相関があったからです。
この理由を検討した結果、高校と大学では基本的に学び方が違うことにあることを原因として導き出しました。高校までは科目の時間割が決まって、宿題も先生から言われて出している。いわば受け身の学習スタイルです。大学の場合は、どのような科目を履修するか、自分で時間割を作らないといけない。教員は細かい指示をしてくれないので、自分で勉強をしなければ最後まで放っておかれて、試験前になると慌てるということになります。そこで、主体的・能動的な学習スタイルが求められるのです。このように、高校と大学では学び方が大きく変わるので、1年次前期で対応できていないと、そのあとずっと尾を引いてしまうのではないかと考えたのです。
――学域・学類制改革の目玉の1つですね。初年次ゼミは7年が経過した2017年度も90以上のクラスが設定され、テーマや内容も興味深い授業が満載と聞いています。
高橋 いろいろなパターンがあります。例えば、レポートの書き方、プレゼンテーション方法など、アカデミックスキルを学ぶ内容も含まれています。しかし、本学では、アカデミックスキルを身につけることが目標ではなくて、能動的な学びへの転換を目標にしています。その部分についてはかなり時間をかけて議論し、教育目標として次の5つを掲げました。
(1)様々な知識や情報の収集を、積極的に行う(適切な情報収集)
(2)様々な方法で収集した知識や情報を活用して考えることができる(情報活用)
(3)受講で得た情報や自分の考えを表現・発表できるようにする(自己表現)
(4)他の受講生等の多様な視点を積極的に自分の学習に取り入れ、活用する(学習研究の手法)
(5)自分の考えを自分で再検討することができる(反省的な思考)
です。
少人数教育の特性を生かしグループディスカッションを通した課題発表等の自発的学習、レポートやプレゼンテーションなどの手段を通じて、自律的学習能力をもたせることをめざしています。今のトレンドでいえば、アクティブ・ラーニングの手法になります。学びの活動の主役は学生たちで、先生たちはファシリテーターの役割を果たします。授業で扱うテーマは自分の専門から設定しても良いとしていますが、どの学域の学生でも対応できるように専門の知識は前提としないこととしています。異なる学域の学生と共に学び、異なる視点との出会いによる自己の振り返り、多様な視点の交換・交流などを展開するのです。
初年次ゼミに関する学生アンケート結果<下記表>をみると、「できるようになった」と「ある程度できるようになった」を合わせた回答が8割を超えています。教員にも同様のアンケートをしたところ、「学生ができるようになった」と評価する回答が多くなっています。
教員の中には、少人数のアクティブ・ラーニング形式の授業に慣れていない人もいますので、導入には少し抵抗もあり大変だった部分もありました。従来の黒板を背にチョーク1本でというスタイルから抜け出ていない教員も大学には多く存在します。ですから本格導入までの準備として、2011年前期の教養ゼミナールで合計9クラスのパイロット授業を実施しました。同時並行で全教員対象のFDワークショップを3回実施し、大学全体への浸透をはかりました。
そのうえで導入し、今年で6年目を迎えますが、成功したと思います。全学からテーマを出してもらうのですが、教員の中にはテーマを固定して毎年やりたいという方もおられます。トータルすると、全教員の6割がこの授業を経験しています。授業では教員と学生のコミュニケーションをとることが大事なので、中には苦手な先生もおりますが、教えることを楽しんでいる先生もたくさんいます。
私も理系なので、授業では普段、男子学生を相手にすることが多いのですが、看護学類などの女子学生が多く入ってくると雰囲気は違ったものになります。また、例えば工学域の学生と看護学類の学生、総合リハビリテーション学類の学生では、質問の内容やアイディアの出し方、考え方がかなり違うのです。専門領域の授業では、他の専門の学生と深く議論する機会がなかなかないのでそういう点で教員としても興味を持って担当していることも多いようです。
――初年次ゼミ導入のきっかけにGPA分析が大きな役割を果たしたとのお話がありました。他大学に先駆けて学生調査はかなり実施していますね。
高橋 学生調査は1年生と3年生を対象に2009年以降毎年継続的に実施しています。
授業内で質問紙(マークシート) による調査を行っています。内容は学習状況や授業等での活動、1週間当たりの勉強時間、知識や能力がどの程度身についたかなどです。英語に関しても4技能とそれにプラスして表現力も調べています。また、留学等の経験、設備などについての満足度についても聞いています。他に卒業・修了予定者アンケートを定期的に実施しています。これによって入学から卒業・修了まで学生がどのように変化したかを把握しています。今後は、3年生で行っている調査を、4年生を対象に実施することも検討しています。
同時にカリキュラムデザイン会議の答申で提言されていた「eポートフォリオ」を、学域・学類制が始まった2012年から導入しました。従来は授業アンケートを行っていたのですが、これは、学生が満足度の観点から授業を評価するものでした。しかし、大学の教育で重要なことは、授業に対する満足度より授業を通して学生が何をできるようになったかです。「Teaching(ティーチング) からLearning(ラーニング) へ」というのが世界の潮流です。学びの結果として「Outcome( アウトカム)」、すなわち結果が問われるのが今の流れで、授業を受けて学生が何を身につけたのかという、学生の学びの視点から、アンケートも変えていきました。学習目標がどれだけ達成できたのかを問う項目を中心に質問項目を設定しました。
◆「eポートフォリオ」を学生の学び支援に活用しています
――eポートフォリオは授業アンケートに留まらず、学生に対する様々な支援にも活用していますね。
高橋 「学習・教育支援サイト」を構築しています。PCやスマホ、タブレットから、学生自身が半期の学習目標を設定し、次に学習のふり返りを自己評価として書いてもらいます。加えて、学士課程がめざす学修成果に対するふり返りについても記入してもらいます。知識、技能、生涯学び続ける態度など10項目ありますので、それらの達成度について聞きます。それに各科目で授業に対する学習の達成度、満足度なども答えてもらいます。
上記が学生各自のeポートフォリオの表示モデルです。自分の授業で成績がどうだったか、達成度がどうだったのか、自己分析がどうだったのかなどを記載しておき、このデータが溜まっていくと、自分の学びの履歴が分かってくるのです。われわれ教員は、各学生にはこういうデータを大いに活用し、就職活動にも役立ててほしいと思っています。
自分の成績が、その授業のクラス全体の成績分布のどこに位置しているのかを、学生は確認することができます。普通は自分の成績しか分からないのですが、クラスの結果がアンケートも含めて全部分かります。半期ごとに自分が何単位修得し、成績がどうだったか、これまでのGPAがどのように変化しているかを、グラフ等で把握できるようになっています。従って、ログインすれば個人にはそれがフィードバックされるシステムになっています。
――自分の学びの履歴データを学生自身が就職活動等にどれだけ使ってもらえるか、活用しやすくするシステム設計が課題だと言えませんか。
高橋 eポートフォリオなので、まず紙に書いてもらうのと違って回答率を上げることに課題があります。今年度、スマホで回答しやすいようにシステムに改善を加えました。
【次テーマ】「初年次ゼミ」で、学びのスタイルが明らかに変化しています
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GPA ※ : 授業科目ごとの成績評価を、例えば5段階(A、B、C、D、E) で評価し、それぞれに対して、4、3、2、1、0 のように数値(グレード・ポイント:GP) を付与し、この単位あたりの平均(グレード・ポイント・アベレージ:GPA) を出して、その一定水準を卒業等の要件とする制度。(文部科学省の定義から)