2017年8月に行われた「オープンキャンパス2017」にて、理学類では「高校生のためのサイエンスフォーラム」を実施。そのなかで、来年度より新設する理学類 数理科学課程を担当する田中 潮 助教による模擬講義にお邪魔しました。
大阪府立大学では2018年度に学士課程の改革を行い、これまでの生命環境科学域 自然科学類を募集停止とし、4月より新たに「理学類」が設置されます。自然科学類からの3課程(物理、分子、生物)を受け継ぎ、そして新たに「数理科学課程」が設置されます。
http://www.osakafu-u.ac.jp/academics/college/cleas/ss/cms/
奇妙な結果を導く`バナッハ-タルスキーのパラドックス’は、20世紀に証明された摩訶不思議な定理として知られています。`高校生のためのサイエンスフォーラム’では、高校生をはじめとする一般の方々にも、なぜ、この定理がパラドックスといわれるか、その所以を紹介します。
◆プロフィール
田中 潮(たなか うしお)
研究分野:微分幾何学、点過程論、空間統計、確率幾何学、Shape Theory、サイエンス・碁に対する幾何学、数学史
`バナッハ-タルスキーのパラドックス’は、ポーランドの数学者バナッハとタルスキーが1924年に証明した不思議な数学的定理として知られています:
「ひとつの球体を適当に有限個の断片に分割し、それらを同じ形のまま適当な方法によって寄せ集めることにより、大きさが異なる球体を作ることができる。」
この手品のような定理から、「バナッハ-タルスキーのパラドックスを利用して、例えば金塊を何倍にもできるのでは」と期待するかもしれません。これに対する解答は、何故`パラドックス’といわれるか、その所以と密接に関連しています。
本講演では、バナッハ-タルスキーのパラドックスを解説し、これの背景にある数学が、大学で学ぶ現代数学において基礎的役割を果たしていることを紹介します。
なお、本稿は、バナッハ-タルスキーのパラドックスに関する概要です。詳細につき、参考文献を参照されることを薦めます。加えて、大学数学と本学理学類数理科学課程を紹介します。
■ バナッハ-タルスキーのパラドックスと選択公理
・バナッハ-タルスキーのパラドックスの歴史的背景
1924年、20世紀前半に活躍したポーランドの数学者: バナッハとタルスキーにより次の定理1が証明されました:
定理 (Banach-Tarski (1924, Fund. Math., 244–277))
球体を適当に有限個のピースに分割し、それらを同じ形のまま適当な方法によって寄せ集めることにより、大きさが異なる球体を作ることができる。
このバナッハ-タルスキーの定理は、`現実の世界では、それ以上分割できない最小単位の粒子も、論理の世界では分割することが可能’であることを示唆していることから、`バナッハ–タルスキーのパラドックス2’ともいわれます。
次の問は自然です:
Q1. バナッハ-タルスキーの定理にあらわれる各ピースに対して、互いに合同になるものが存在するが、それらはいかなる様相か。
A1. 物質の基本単位まで分割することはできないため、各ピースを具体的に描くことはできない。これは、数学的論理が、その存在を保証していることに過ぎず、具体的構成法まで明らかにしていないことを示唆している。
Q2. 存在を証明できても構成することができないような事実は数学上認められるか。
A2. 認める。
・選択公理と現代数学
現代数学では、A2の姿勢を論理として認め、これを、`選択公理を仮定する’、とよびます。現代数学の多くの結果は、選択公理を仮定しなければ成り立ちません。現代数学では、選択公理が暗に仮定されています。
バナッハ–タルスキーのパラドックスは、
現実の世界と論理の世界が乖離していることを示唆する数学的事実です。
■ 大学数学と理学類数理科学課程
バナッハ-タルスキーのパラドックスに関する詳細を知りたい方へ、大学で学ぶ数学(大学数学)を勧めます。大学数学では、数学に関する問題に対して、自由に考える姿勢が尊重されます。高校数学の成績は、大学数学に対する適性への判断基準にはなりません。
是非、理学類数理科学課程における数学の各分野の研究者からのメッセージ:
https://www.youtube.com/playlist?list=PLrcOc8f2kDq9SohpkFyD6Xhj3iqU5Uvy1
ならびに、拙著インタヴュー記事:
もご覧ください。
1.真であることが確かめられた数学的な言明.
2.真理または結論に矛盾するようにみえて,実はそうではない説.
参考文献
1.青本和彦 他 編著 (2007) 岩波 数学入門辞典,岩波書店.
2.志賀浩二,砂田利一 (1996) 高校生に贈る数学III,岩波書店.
3.砂田利一 (2011) 岩波科学ライブラリー165 新版 バナッハ-タルスキーのパラドックス,岩波書店.
参考文献に加え、奇想天外な仮説「シャーロック・ホームズが数学者ならば・・・」に基づく次の良書を推薦します:
瀬山士郎 (2013) バナッハ-タルスキの密室 「数学者シャーロック・ホームズ」増補・改題,日本評論社.
【取材日:2017年8月4日】※所属は取材当時