2018年3月をもって退職された工学研究科 東健司 教授の最終講義が、3月27日、中百舌鳥キャンパスで行われました。講義のタイトルは「マテリアル設計・最適化研究とは?」。金属をしなやかに変形させる「超塑性(ちょうそせい)材料」の研究で世界的に著名な東教授の最終講義とあって、現役学生や卒業生はもちろん、学内の各分野の研究室や民間企業からも多数の聴講生が集まって、講義室は熱気に包まれました。
【東 健司(ひがし・けんじ)教授の経歴】
1982年 大阪府立大学工学研究科博士課程(金属工学専攻)を修了。84年に大阪府立大学工学部金属工学科助手となり、講師、助教授を経て97年に工学部材料工学科教授に就任。2013年就任の大阪府立大学副学長を経て、2015年に大阪府立大学学長特別補佐に就任。日本材料学会学術賞、日本金属学会学術功労賞、大阪科学賞、文部科学大臣表彰科学技術省研究部門など受賞歴多数。2018年3月、大阪府立大学退職、同年4月より名誉教授、大阪府立大学工業高等専門学校 校長に就任。
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本日は大勢の皆さんにご聴講いただき、本当にありがとうございます。「マテリアル設計・最適化研究とは?」の講義タイトルは、1997年に教授になった際の研究室の名にちなみます。私が大阪府立大学で刻んだ30余年の研究者人生は、「超塑性材料」という限りない夢を秘めたマテリアルと共にありました。
金属は、原子が規則正しく並んだ結晶で構成されていますが、この結晶粒をマイクロメートルあるいはナノメートルにまで微細化することにより、塑性(力を加えられることで永久変形を生じる性質)が劇的に大きくなり、粘土さながらに変形できたり、大きく伸ばすことができる「超塑性材料」に変わります。
1983年7月20日、私はアルミニウム青銅合金板の超塑性化を実現して、もとの長さの56倍まで伸ばすことに成功。南カリフォルニア大学で77年に達成された49.5倍を破って世界記録を更新し、ギネスブックにも掲載されました。
当時の結晶粒の大きさは10ミクロンほど。ナノスケールの材料を扱い馴れている現在の学生さんには「大きな結晶」と思えるでしょう。変形の速度もとても遅く、超塑性状態にするには数100℃もの高温が必要でした。ひとつの頂点をきわめた瞬間、次に挑むべきより高い頂点が見えてくる。ちょうどそんな感じで、56倍の延性(物質が伸びる性質)を実現できて喜んだ瞬間から、「変形速度をもっと速くしたい。室温での超塑性を実現したい」という新しい課題が見えてきました。以降の私の研究者人生は、この遠大な課題にチャレンジする歳月だったといえるでしょう。
今日は若い皆さんも多数おいでです。いまは課題解決型の思考法が重視されていますが、まだ分からないこと、まだ達成できないこと、そんな「挑むべき課題」と出合うことの方が問題を解くことよりもより重要だと私は考えますし、そのことをお伝えするのがこの講義の目的です。
私がこう考えるようになったエピソードをお話しましょう。研究者としてキャリアがまだ浅かった頃、東北大学の先生が金属結晶粒の微細化に成功されたことを聞きつけて駆けつけると、「これで大きな伸びが出せるかも知れない。やってみて」とサンプルを頂戴できました。新幹線で帰阪するや研究室に駆けこみ、さっそく試験をはじめました。そして、そのデータを論文化すると飛行機で仙台へ飛んで、「予想通りの結果になりました」と報告したのです。そんな私の誇らしげな態度を見て、先生はひと言こうおっしゃいました。「つまらないことをさせて悪かったね」。
最初から結果が分かっていることを、いくらやってもダメなんだ。結果が予想できないことに挑まなければ、新しい課題は見えてこない。のちになって私は、そのとき先生がそう教えてくださったのだと気づいたのです。
若い研究者や学生の皆さん、未来の研究者を志望される高校生の皆さんにぜひお伝えしたいのは、「うまくいった。こんなことができた」よりも「うまくいかなかった。こんなことがまだできない」の方がずっと大切だということです。予想外の結果が出ても失望せず、「新しい課題に出合えた」と喜べるようになってもらえればいいですね。
2001年の国際会議で「10年後、20年後の超塑性材料」について講演した際、私は「2015年頃までには室温での高速超塑性を実現したい」との夢を明かしました。その時点で「まだできていなかった」ことを、どんなアプローチで実現してきたかをお話しましょう。
私たちの研究室では、金属の結晶粒の境界にあたる結晶粒界に、従来考えられていたのとは異なる変形メカニズムが働くことを発見。私はこれを式で表しました。ちょうど私が金属工学から機械工学へ移った時期にあたり、機械工学の皆さんに現象を説明するには、定性的な話だけでなく、物理定数として提示する必要を感じていたからです。
私が考えた式を見ると、変形速度を速めるためには、結晶粒径を小さくすればいいことが一目瞭然で分かります。私たちは結晶粒の微細化プロセスの研究に全力を注ぐと共に、不均一だった材料組織を均一化することも追求。細かく均一な組織をつくることで、信じられないほど「速くて大きな変形」が得られました。10ミクロンだった結晶粒を500ナノメートルにすると、1秒足らずで1000%も伸びたのです。
こうやって高速超塑性を達成できると、次に挑むべき課題として「室温での超塑性」が見えてきました。私の式からはナノスケールの結晶材料をつくればクリアできると分かっていたのですが、実際にやってみると、うまくいかない点も多く、それまでの「結晶粒を小さくするだけの手法」には限界を感じました。
これを突破するため、私は第一原理計算という数学的命題を使った原子状態予測手法を導入。それは私が教授になった97年頃のことで、研究室にきてくれた上杉くん(現在瀧川順庸教授が創設された信頼性材料研究グループのメンバー上杉 徳照 准教授)に第一原理計算を受け持ってもらいました。
第一原理計算を導入したおかげで、色々なことが分かるようになりました。最大の収穫は、結合を強くする元素がどれで害を及ぼす元素がどれかが分かったことで、室温での「大きな伸び」の実現へ大きく前進できました。
第一原理計算は「疲れない、壊れない材料」の開発にも貢献してくれました。アルミ合金に亀裂をもたらすメカニズムも割り出せましたし、なにも混ぜない状態が最善であることも分かりました。混ぜるなら鉄がベストなのですが、有害元素であるシリコンと鉄は相性がよいため、シリコンだけ抜いて鉄を入れるのは至難のわざです。この新しい課題にも、柔軟な発想で立ち向かって、シリコンを技術的な限界の10ppmまで減らすことに成功。それまであった「強度は高まっても延性の信頼性がない」という難点をクリアできる材料の開発につながりました。
一般の材料はせいぜい50%くらいまでしか変形しないのに対して、私たちの超塑性材料はどんなに引っ張っても、均一に変形してどんどん伸びますし、どれだけ伸びても強度は保持されています。
このような超塑性材料が世の中にこれからどう役立っていくか。自慢のしなやかさを活かして地震の衝撃を吸収する制震ダンパー(建築用制震装置)への活用をはじめ、可能性は無限にあると思います。
ここまでが、私が30余年の研究者人生で達成してきたことの軌跡です。では、まだ実現できていない「これからの課題」はなにか。それはおそらく理想と現実のギャップを埋めていくことでしょうね。第一原理計算は理想的な条件下での計算なので、実際のものづくりの現場に超塑性材料を持ち込むと、なにかとギャップが生じるはず。工学の「工」は天と地をつなぐ柱を表しますが、その字義通りに理想(研究)と現実(用途)をつなぐ努力が求められるでしょう。
この重要な役割を、退官していく私に代わって、若い先生や学生の方々に引き継いでもらえればうれしいですね。
最後にもう一度、若い皆さんへのメッセージをお贈りします。これまでお話したように、私の研究を支えてくれたのは絶えざる「課題の発見」でした。課題を発見するには、まず問題解決に向きあわなくてはならず、その過程でつまずき、難題にぶつかったならば、それは神様からのプレゼントだと考えてくださいね。
本日はお忙しいなか、ご聴講いただき、ありがとうございました。
【取材日:2018年3月27日】※所属は取材当時。