看護の現場において看護師に求められる仕事は多岐にわたります。一人ひとりの患者に適切な処置を行うことはもちろん、よく観察し身体的・精神的な負担を軽減するよう十分に配慮すること、各現場における状況やルールをよく理解し他の看護師や医師との連携を図ること……。多くを求められるからこそ、看護師としての基本的な知識をしっかり身につけ、確実に経験を積んでいくことが重要です。
「基礎看護技術学II」は、看護学類2年生を対象とした授業です。看護の基本技術のうち、日常生活を支援する技術の習得を目的とし、理論を学んだのちに、ベッドメーキングからバイタルサインの測定、臥床患者の洗髪、食事や排泄の援助までさまざまな演習を行います。
【授業データ】
基礎看護技術学II
2年次配当 前期
担当教員:中岡亜希子、伊藤良子、冨田亮三、勝山愛
今回取材にうかがった6月13日は、全30回ある授業のちょうど折り返しにあたる15回目、「足浴」の演習が行われました。なお足浴とは、文字通り足だけを洗う入浴のこと。主に入浴が難しい患者に対して行われ、足を清潔にするだけでなく、足の疲れを和らげたり、全身の血行を良くしたり、リラックスや安眠の効果などあると言われています。
なおこの演習は、細やかに指導するために受講者126名が午前と午後の2組に分かれ、さらにそれぞれ2教室に分かれて、約30人ずつでの実施です。
授業は、まず教員の中岡先生の挨拶と演習の簡単な解説からスタートします。演習は学生が2人ペアになって交互に行われるようで、先に看護師役を行う学生は看護服を、患者役の学生はねまきを着用しています。また手元には、今回の演習に向けてそれぞれが事前に下調べしてきたことを記入した「演習シート」が見えます。
教員の説明が終わると、各自で足浴に必要なものを準備します。ケア時にはめる使い捨てのゴム手袋、ベッドを濡らさないための防水シート、ベースン(洗面器)、お湯の温度を測る温度計、足を洗うための石鹸とハンドタオル……何が必要かは教員からの具体的な指示はなく、それぞれがケアをイメージして準備しているので、学生によって準備するものが微妙に異なります。このようにケアをイメージして演習に向かうのも、この授業の重要な学びのようです。
準備が終わると、あらためて集合。次に教員によるデモンストレーションを見ながら、足浴の一連の流れとポイントを確認していきます。
足浴は、概ね以下のような手順で行われます。
1 患者の膝関節を曲げ、その下に安楽枕を差し込む。
2 足の下に防水シートとバスタオルを重ねて敷く。
3 手袋を装着し、踵を手で支えながらベースンに入れる。
4 足をしばらく湯につけて皮膚を柔らかくしてから、石鹸とハンドタオルで洗う。
5 かけ湯で石鹸を洗い流しながら、バスタオルの上に脚を移す。同時にベースンを取り除く。
6 押さえ拭きをする。
7 手袋を外し、寝衣を整え、掛け物を掛ける。
8 周囲を片付け環境をもとに戻す。
教員のデモンストレーションは、一見するととりたてて特別なことが行われているというように見えません。しかしそれぞれの手順にどのような意味があり、またそれらを正しく行うためにはどこを注意すべきなのかといったことが一つひとつ丁寧に説明されていくと、そのケアの複雑さや難しさに気付かされます。そしてもちろん学生たちの表情もどんどん真剣になっていきます。
ちなみに天井から設置されたモニターには、手元の動きがより確認しやすいよう、デモンストレーションの様子が拡大して映し出されていました。この映像は動画で記録されていて、授業終了後に図書館で学生が見返すことができるとのこと。実際、授業終了後に何度も見返す学生もけっこういるそうです。
さて、デモンストレーション後は、それぞれペアに分かれていよいよ演習です。看護師役の学生は流し台で足浴に使うためのお湯を用意、患者役の学生はそれぞれ指定されたベッドで待機。そして患者役がお湯の入ったピッチャーが乗ったカートを押してベッドサイドにやってきて、定位置に着くとスタートです。
「今から足浴させていただきたいんですけど、いいですか?」
「はい、お願いします」
まずは看護師役も患者役もすこしぎこちなく、そしてすこし照れくさい感じで挨拶を交わします。そして先ほどのデモンストレーションどおりに足浴を滞りなく行なって……といきたいところですが、実際はなかなかそうはいきません。
「これどっち先するんやったっけ?」
「わぁ、めっちゃ膝ついてた!」
「ピッチャー重すぎて片手で持たれへん」
「ごめん、めちゃめちゃお湯はねた」
「ちょっと!こそばい!こそばい!あはははは」
そんな声が教室のあちらこちらから聞こえます。特にお湯の扱いと足の洗浄については難しいようで、どのペアも互いに声をかけあいながら、よりいい方法がないか探しながら進めていきます。
「思い切ってもっと力強く洗ってもらった方がこそばくないかも」
「こんな感じかな」
「あ、そうそう。さっきよりだいぶマシ」
「お湯の温度どう?」
「ちょっとぬるいかな。足入れた時は適温かなって思ったけど、時間が経つと冷めてきた感じ」
「温度は下がってないねんけど。やっぱり感じ方かなぁ。ちょっとお湯足してみるね」
演習中、教員は各ベッドを回りながらより具体的なアドバイスを行なっていました。例えば足を洗う時、お湯から持ち上げた足は意外に重く、姿勢を固定するのにはかなりの力が必要です。そこで片手の掌をかかと部分に当てて下から支えようにする。すると姿勢を安定させながら、反対の手で足を洗うことができる……。こうしたケアにおける所作レベルの指摘は、実際の現場で豊かな経験を積んだ人でなければ指摘・指導するのが難しいものです。教員は、看護の現場で培った知識・経験を持って、しかし学生自らの気づきを尊重しながら、指導に当たっていました。
1人の足浴にかける時間は10分程度。けっして長い時間ではないかもしれませんが、非常に濃密な学びの時間という印象を受けました。学生同士が互いに看護する立場、看護される立場に立ち学び合う。そしてそれを豊かな知識と経験を持った教員が、理論的にフォローしていく。さらにより深く学習を望む学生には、そのための環境もきめ細やかに用意されています。
演習後はあらためて全員で集合。中岡先生から本日の演習の総括と、それぞれ気づいたことや反省点を演習シートに記入するという課題が出て、授業は終了。挨拶が終わった途端、学生たちの顔の緊張も解け、看護師のたまごから賑やかな大学生へと変わり、またそれぞれ次の授業へと向かって行きました。
【取材日:2018年6月13日】※授業データは取材当時