酵素や、薬の素になる化合物を作るなど、あらゆる能力を持つ微生物。病原菌の原因となる微生物もあれば、人間の役に立つものもある、私たちの暮らしには切っても切れない存在と言えます。そんな微生物の世界の一端を垣間見ることができる「微生物学実験」の授業を5/30、31の2日間にわたり取材しました。
この授業の担当教員は、生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 微生物機能開発学グループの炭谷順一准教授と谷修治准教授。受講対象は3年生で、4/27(金)から6/1(金)にかけて17回の授業を実施。受講生60人がAとBの2グループ(テーマ)に分かれ、さらにそれぞれの中で4人1組の班に分かれて、班単位で実験準備や各種実験を順番に行っていきます。
取材した2日間で行われていたのは下記の4つの実験です。
(Aグループ)
●Aspergillus nidulans(アスペルギルス ニデュランス)の交叉実験
●紫外線による突然変異処理と変異体の取得
(Bグループ)
●抗生物質生産菌のスクリーニング
●大腸菌におけるβ-ガラクトシダーゼ遺伝子の誘導
この日のAグループの主実験は「紫外線による突然変異処理と変異体の取得」。紫外線を用いた大腸菌変異体の取得例として、抗生物質ストレプトマイシン耐性株の取得を試みました。手順としては、5秒, 10秒と照射時間を徐々に長くして紫外線処理した大腸菌の培養液100 μlをストレプトマイシン含有、あるいは非含有L培地プレートにまき、37℃で一晩培養。翌日、プレート上にはえてきた大腸菌を数え、経時的な紫外線照射による生存率の低下とストレプトマイシン耐性株の出現数から変異誘発との関係を考察しました。黙々と繊細な作業に取り組む学生たちは、実験期間も終盤を迎えることもあり、道具を扱う手つきにも慣れた様子がうかがえました。
また、Aグループが別室で取り組んだのは「Aspergillus nidulans(アスペルギルス ニデュランス)の交叉実験」。分生子の色が異なる変異株間で交叉を行い、減数分裂の過程で起こる染色体分離の現象を観察するのが目的です。一見難しそうですが、緑色の分生子の株と白色の分生子の株間で交叉が起きると、緑色:黄色:白色=1:1:2 で出現することが知られていますので、各色の株の出現頻度を観察することで原理を理解できるように実験が組まれています。
この実験で興味深かったのは、実体顕微鏡をのぞきながら違う菌糸が融合して有性生殖した時にできる閉子嚢殻を選抜し、取り出した閉嚢殻子の周囲に付いている菌糸をきれいにニードルで取り除く作業です。取り除いた後、閉子嚢殻の大きな塊を潰し、その中に格納されている子嚢胞子を分散させてプレートに撒き、緑色、黄色、白色の分生子の株の出現頻度を観察します。
「顕微鏡を見ながら手元で操作することは、あまり経験できない作業。繊細で難しそうにみえますが、やってみると楽しいですよ」と谷准教授。とはいえ、顕微鏡をのぞきながら慎重にニードルを操る学生からは、なかなかの緊張感が伝わります。1つの作業が終わるたび、同じ班のメンバーと談笑した後、次の作業を行うべく、またスイッチを入れて実験に向き合う。“緊張と緩和”という表現がぴったりの実験室でした。
一方、Bグループの主実験は「抗生物質生産菌のスクリーニング」。抗生物質はその使用頻度が高くなればなるほど、耐性菌が出現する頻度も高くなります。多くの生理活性物質や農薬、酵素など自然界から新規の物質を得ようとするスクリーニングは、多くの生物種のゲノムが解読され、分子生物学が発展した現在でも重要なステップとして位置づけられています。
この実験では学生自身が採集してきた各地の土壌を分離源として、栄養培地を用いてどのような微生物が生息しているかを観察し、同時に放線菌選択的分離培地を用いて放線菌の選択的な培養を試みます。そして土壌から分離されている放線菌株を用いて、その抗生物質生産能について検定するとともに、既存の抗生物質について、「バイオアッセイ法」という手法を用いて抗菌活性の定量を行います。
取材した日の工程は、この実験の総仕上げとなる抗菌活性の測定。直径6ミリのペーパーディスクを6枚ずつ載せて37℃、16時間程度培養。翌日、ペーパーディスクの周辺に生育阻止円が出現したものを選別し、阻止円の直径を測定しました。実験結果を先生と共有したり、記録を取りながら意見交換したりするなど、学生たちの活発なコミュニケーションが印象的でした。
また2日目の終盤には、Aグループ内の2班が「大腸菌におけるβ-ガラクトシダーゼ遺伝子の誘導」の実験にトライ。大腸菌の誘導酵素のなかでも最もよく研究されているβ-ガラクトシダーゼについて、その誘導生産と「カタボライトリプレッション」と呼ばれる生産抑制の現象を観察します。
この実験は4人で1つの実験を行うということで、チームワークが重要なポイント。吸光度測定、記録、時間管理、薬品添加、サンプル振とうなどを4人で役割分担。時間的な余裕がなく、手際の良さが求められる実験とあって、どの班も入念な打ち合わせを行い、実験に臨んでいました。はっきりした声で秒数をカウントする者、2人で協力して試験管に培養液を移し替える者、地道にサンプル振とうを行う者…それぞれが大切な役割を担って、実験を成功へと導くべく、互いに相談し合いながら、自分に任された仕事を丁寧に行っていました。
2日間の取材を通して感じたのは、実験に向けての準備、手順の理解、実作業を身体で覚えることの重要性もさることながら、そのプロセスや結果を“目で見て感じること”の大切さでした。
「原理などは授業で学びますが、実験として取り組むことで、目に見える結果を学生たちに理解してもらいたいというのが、この授業の狙いです」(谷准教授)
学生たちは2年生から3年生にかけて、微生物学をはじめ、有機化学や分子生物学などあらゆる実験を経験し、その後、独り立ちして各研究室に所属します。今は、基礎固めの時期。次のステップへと進むべく、与えられた課題に対してしっかり取り組みます。
■教員からのメッセージ/炭谷 順一 准教授
私が一番伝えたいのは、“微生物って面白い”という事。個々の微生物は目に見えませんが人間より遥か昔から地球上に存在して、彼らなりに進化の過程で戦って生き残ってきた精鋭ばかり。例えば、ある産業にとって有用となり得る微生物は、この辺りの土の中にいるわけです。言わば“宝”が埋もれているような形。その宝をどのように見つけるかを我々微生物学者は研究しています。
その一端を、この実験で体験してもらおうと思い、学生たちには、土の中にいる抗生物質生産菌を探してもらいます。土の中に凄いものが隠れている可能性があって、それを自分が世界で初めて見出すかもしれない!という面白さを感じてもらいたいと思っています。
【取材日:2018年5月30日、31日】※所属は取材当時