2019年に開かれたG20大阪サミットで,世界共通のビジョンとして,2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す,「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が採択されました。世界が注目する「海洋ゴミ」の課題に、大阪湾に浮かぶ友ヶ島を拠点として政策の側面からアプローチしているのが、現代システム科学域環境システム学類の千葉 知世准教授です。千葉准教授に研究のきっかけや研究内容、今後の目標などについて伺いました 。
●教員プロフィール
千葉 知世(ちば ともよ)
担当学類等/現代システム科学域環境システム学類、人間社会システム科学研究科
研究分野/環境政策論、環境ガバナンス研究テーマ/水資源・水環境、地下水、海洋ごみ、生物多様性・生態系サービスにかかわる環境政策
―千葉先生が取り組んでおられる、友ヶ島での海洋ゴミに関する研究とは、どのような研究ですか?
友ヶ島は、和歌山と淡路島の間にある無人島です。無人島なのにゴミがたくさんあるというと不思議に思う人も多いと思いますが、海流に乗って流れて来るゴミが友ヶ島に漂着するのです。友ヶ島は海洋ゴミの問題で、長年に渡って課題を抱えている島です。では、なぜ、友ヶ島に海洋ゴミが流れ着いて来るのでしょうか。詳細は調査中ですが、友ヶ島は大阪湾に蓋をするような位置にあるため、潮の流れに沿って、兵庫や大阪などの都市域から出たゴミが友ヶ島に集まって来るのではと考えています。
ここで気になるのは、そもそもなぜ、海にゴミが大量にあるのかということです。河川敷にゴミがたくさん落ちているのを見る機会があると思いますが、こうしたゴミは、やがて川を通じて海にたどり着きます。そして、海に流されたゴミが海流に乗って友ヶ島に漂着するのです。以前から、「友ヶ島にはゴミが多い」といわれていたようですが、その原因は島の位置と海流、そして友ヶ島が大阪湾の中で残された希少な自然海岸であることが要因となっていると考えられます。
一番の根本的な問題は、私たち皆がゴミを大量に出さなければ成り立たない暮らしをしていることと、それらのゴミが川や海に流出してしまっていることにあります。つまり、社会経済の構造や人々のライフスタイルに問題があるのです。友ヶ島を拠点とした海洋ゴミの研究は、実際にゴミ問題で悩む地域のゴミを減らすための活動をしながら、ゴミの排出源となっている流域全体でどのような政策を講じていけばいいかを考え、持続可能な社会を構築する一助とするための研究です。
まずは、友ヶ島にどのようなゴミがどれくらい落ちているのかを知るために、調査区画を決めて区画内のゴミを定期的に収集し、ペットボトルやレジ袋など、何が、いくつあるのかといったことや、重量、容積を調べています。この作業を、学生の皆さんに加え、地域の行政や企業、市民の方々と一緒に2020年9月以降毎月行っています。
―漂着ゴミの現存量把握を行った後、どのようにして対処方法を考えるのですか?
漂着ゴミの状況と、その期間の天候や海流、風向き等の様々な要因を付き合わせてみると、ゴミの増減や、どこから流れて来ているのかに関するデータが得られます。この結果を、流域の地方自治体や様々な主体と共有して、ゴミを減らしていくためにはどうすれば良いのかを一緒に考えて、実行に移していきたいと思っています。
なぜ、このような研究が必要なのかということですが、例えば友ヶ島の場合、無人島なのにゴミがたくさん漂着して、ボランティアや市民の方々が善意でゴミを収集していますが、拾っても次々と流れ着くためキリがないわけです。日本中で同様の状況が起こっており、漂着ゴミの清掃活動はボランティアに頼っている現状があります。研究で、何が、どこから、どのくらい流れて来ているのかが把握できれば、流域全体で問題を共有することができます。これは被害者と加害者を分けることが目的ではなく、解決のために現状を理解し、話し合って協働していくための基盤をつくることが目的です。
―漂着ゴミの研究は、海洋プラスチック問題にどのようにつながるのですか?
採取したゴミを見ると、ペットボトルやビニール袋、発泡スチロールなどのプラスチックが大量にあることがわかります。ニュースなどで魚などの消化器官からプラスチックが出て来たという報道を見たことがあると思いますが、例えば関西広域連合の調査では、大阪湾全体でレジ袋は300万枚、ビニール片は610万枚あると推測されています。これらのプラスチックが海中で砕けて、微細なマイクロプラスチックになるわけです。
海洋プラスチック問題は、海の生物や人間に及ぼす影響がすべて解明されていないところに恐ろしさがあります。皆が原因者にもなるし被害者にもなることが、問題の解決を一層難しくします。海洋プラスチック対策は、すでに「悪者探し」をしている場合ではないように思います。一人ひとりが、自分とこの問題との関連を考え、今できる行動につないでいく。そのための情報を生み出し、提供すること。これが、海洋ゴミ研究のもつ重要な意味だと考えています。
―千葉先生が、海洋環境に関する研究に取り組んだきっかけを教えてください。
子どもの頃、大型タンカー船が座礁して原油が海に流れ出した事故の様子をテレビで見ました。海鳥が原油で真っ黒になっていたショッキングな映像に驚き、子ども心に「大人になったら海の環境に関わることをしたい」と思いました。その頃から、海だけでなく水そのものに興味を持ち始めました。
大学は、文理融合を掲げる京都大学総合人間学部に進み、その後、京都大学大学院地球環境学舎で地下水政策の研究をしました。地下水をテーマにしたのは、地下水都市である熊本を訪れて衝撃を受けたことがきっかけだったのですが、調べていくうちに、地下水は人間生活の基盤をなす水資源であるにもかかわらず、保全管理の制度が必ずしも十分でない状況にあることがわかり、そこに一石を投じたいと考えたからです。研究成果を、著書にまとめあげて一段落したため、以前から気になっていた海洋環境の研究に取り組もうと考えました。
友ヶ島に着目したのは、以前から地図や海流図を見て、大阪湾の都市域から出るゴミが、友ヶ島や淡路島に漂着するのではと考えていたからです。そこで、「自分の目で見てみたい」と思い立って、実際に現地へ行ってみたことがきっかけでした。それが2018年頃のことです。
―友ヶ島に初めて行ったときの印象を教えてください。
友ヶ島は観光地なので、多くの観光客が船で行き来しています。行ってみると、ゴミが多く海岸に散乱しており驚きました。桟橋付近などは、島の管理者の方々が清掃されるのでものすごく目立ってはいないのですが、清掃が日常的に行われていない海岸では、たくさんのゴミが見受けられました。その後、和歌山市役所へ出向いてヒアリングをしたところ、何とかしたいという問題意識はあるが、予算や人員に限界があり、対策が十分に行えていないことがわかりました。この現状を見て、何がどれだけ漂着しているかということや、ゴミの出所を調査して、関係者が協力して取り組んでいくために、ロジカルに解決の道筋を立てなければならないと感じました。
海洋汚染に関する研究を行いたいと思いながらも、あまりに問題のスケールが大きいため、どこに焦点をあてるべきかが私にとって課題だったのですが、友ヶ島に行ったことで、私がやるべきことに出会えたと思いました。
―興味を持つとすぐに行動に移す活動的なタイプなのですね。では、学部生時代はどんな学生だったのですか?
活動的なのは学部生時代から変わっておらず、環境系の取り組みをしているNGOでインターンやボランティアをしたり、地方自治体にヒアリングに行ったり、様々な大学の学生たちと一緒に環境活動を行ったり、環境コンサルでアルバイトをしたりなど、学外の活動で忙しい4年間を過ごしていました。もちろん大学の授業も面白いのですが、テキストを読むだけではわからないことが多く、教室で未知の事柄に出会うたびに「自分の目で見たい。自分で確かめたい」という思いがわき起こり、外へ出かけて行ってしまう学生でした。
そうした活動の中で感じたことは、ローカルな現場の重要性です。例えば地球温暖化対策と一言で言っても、国際社会や国が決めた方針に従って、具体的な対策を実行するのは各地域の自治体であり、住民であり、企業です。教室で学んだことを現地で体験的に学ぶことで、理論と実践を行き来する訓練を積んだように思います。
また、学外に行くことで、頑張る学生を応援してくださる方々がたくさんいることを知りました。大学の先生方も、学ぼうとする学生にはきちんと向き合ってくださいました。学生のうちから多くの大人たちと関わり、多くを学べたからこそ今があると思います。もちろん、学外での活動だけでなく、サークル活動で軽音学を楽しむなど大学生活を全身で謳歌していました。
―友ヶ島の海洋ゴミ研究に関する今後の目標をお願いします。
2020年7月、和歌山市北西部の加太の観光協会の会長と私たち専門家で「一般社団法人 加太・友ヶ島環境戦略研究会」を立ち上げました。海洋ゴミの調査・研究に取り組みながら、問題を改善していくための情報発信、政策提言、主体間の合意形成に取り組んでいます。
調査には、一般市民の方々、大阪湾沿岸の企業、行政などからも多く参加していただき、参加型で行っています。メディアにも取り上げられることが増えたことで、皆が感じていた「なんとかしたい」という思いが少しずつ繋がり始めています。こうした動きで“生まれた熱”をつないで、大きくしていきたいと思っています。
―高校生へのメッセージお願いします。
高校生時代に、夢や目標を持ちなさいと言われることは多いと思います。その目標を実現するために大学、学部を選ぼうということなのですが、実際にはそれは難しいことではないかと思います。私自身の受験生時代を振り返ると、環境に関することが学びたいという思いは明確でしたが、大学や学部を調べれば調べるほど学術分野が細分化されすぎていて、ひとつを選べと言われても難しいと感じました。環境のことに取り組むには、経済、法律、政治といった社会科学のことを知らなければならないけれど、環境を改善するための技術とか、生物に関する知識とか、理系的な学びも必要だし…というジレンマです。
当時は文理融合で学べる選択肢があまり多くなかったと思うのですが、今は当時よりもずっと、総合的な学びができる大学や学部が増えたと思います。時代的にも、専門的な知識や技術に加えて、広い視野と思考力、実践力を兼ね備えた人が求められるようになっていると痛感します。大阪府立大学は、このような時代の中で、学際的な学びと、学生の自由で活発な活動を応援する大学です。自分が何をしたいのかを考えながらぜひチャレンジしてください。
【取材日:2020年11月27日】※所属は取材当時