2019年12月に本学に設立された「スマートリハビリテーション研究センター」所長で、総合リハビリテーション学研究科 臨床支援系領域 石井良平教授へのインタビュー第2弾。同センターで注力されている研究について、主担当の先生や学生が紹介してくださいました。
■精神科デイケアでの作業療法のオンライン実習
田中寛之 大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科 臨床支援系領域 講師
田中 私は、「精神科作業療法学1」という講義を担当しています。昨年はコロナ禍のため臨床現場での実習が困難な状況でした。そこで現場の環境に近い実習を行うべく、近畿圏の精神科病院に協力をお願いし、デイケアセンターでのオンライン実習を実施しました。デイケア内での精神科作業療法の場面 (神経認知・社会認知トレーニング)に、学生4名がオンラインで参加し見学実習を行いました。本来であればリアルな臨床実習で経験する事柄なのですが、コロナ禍という状況もあり、このようなオンライン実習を通して、できるだけ同じ経験をしてほしいという思いがありました。
オンライン実習に参加した学生へのアンケート結果については、「対面実習と比べて緊張せずに臨めた」「オンライン実習があると実際の実習に行く際の不安な気持ちが和らいだ」という感想もあり、満足度の高い結果を得ることができました。オンライン実習を経験した上で、対面実習に参加すると学習効果が一層高まると感じました。
最後に、オンライン臨床実習中に参加学生の顔の表情解析(Affectiva社の心sensor(1)を使用)を実施した結果を紹介します。実習当初の学生の表情は、無表情もしくは緊張の滲む顔でした。しかし実習の終盤では、デイケア利用者の方々と緊張せずに会話ができ安堵したという表情でした。客観的な指標となる「表情」という面から判断しても、このオンライン実習は効果的だったとわかりました。
今後は普段の授業内で臨床実習前のオンライン実習を行いたいと考えています。それにより対面実習に臨む前の準備が可能となり、不安を軽減できます。リアルな実習を、より実りのある経験とするため、オンライン実習をもっと発展させて、今後も活用していきたいです。
石井
オンライン実習は、学生・教員のみならず実習先の先生方の負担も軽減できる、将来的に有望な試みだと思います。リハビリテーション教育関係の学会にもすでに報告し掲載予定(2)とのことですので、この先も引き続き進めていただければと思います。
■VR回想法の効果を電気生理学的手法で検討
上野慶太 大阪府立大学 地域保健学域 総合リハビリテーション学類 作業療法学専攻 非常勤講師 博士前期課程3年
上野 VR(バーチャル・リアリティー)を用いた回想法の軽度認知機能障害患者様への応用について研究を、大阪大学と共同で行っています。回想法とは、認知症ならびに軽度の認知障害のある患者様に対する治療法の1つ。昔の思い出や人生を振り返ることで、薬を使用せずに脳の活性化を促します。患者様の幸福感や認知機能の改善がこれまでに報告されているこの回想法について、VR機器を用いて行う研究についてお話します。
VRとは専用ゴーグル(ヘッドマウントディスプレイなど)を装着して、あたかも現実のような世界に自分が入り込んだような体験ができる技術です。主にゲーム機をはじめエンターテインメントの世界での印象が強いですが、VRがもつ没入感やリアルさを伴う環境が簡単に作り出せるという特徴を用いて、リハビリテーションの領域でさまざまな応用がされています。
その中の1つが、VRのリアルな映像を使って昔を懐かしんでいただこうという動きで、近年国内外で進んでいます。例えばNHKでは昔の映像をVR化して、それを回想法ライブラリーとして提供しています(3)。
私たちは、VR版のグーグルストリートビューのようなアプリケーションを使用して、患者や高齢者の方に、思い出の場所へ疑似的な旅行体験をしていただいています。気分や幸福感を向上させて、回想法にもゲーム感覚で取り込んでいただけるのではないかと思っています。
その上で、回想法の効果を正確かつ客観的な評価をするための指標が重要と考え、脳波に着目しました。脳の電気的な活動を皮膚の上から記録する検査で、MRIやPETなどと比べて測定が簡単で、測定時に侵襲がない(身体に負担を与えない)のが特徴です。私どもはこの脳波を用いて、VRを使った回想法の効果を現在調査しています。
石井
この研究は大阪大学大学院薬学研究科の仁木一順先生との共同研究です。仁木先生は、緩和ケア病棟に入院している末期がんの患者様に、亡くなる数日前に自宅の動画を見ていただくという臨床研究で、がんの様々なつらい症状が緩和されることを報告されました(4)。その流れで、認知症研究のお手伝いをさせていただいています。
■シート型脳波計について
城間千奈 大阪府立大学 地域保健学域 総合リハビリテーション学類 作業療法学専攻 4年生
城間 「シート型脳波計HARU-1」は、大阪大学発のベンチャー企業であるPGV株式会社が開発したものです(5)。従来の脳波計測は、たくさんの電極をつけて計測するため時間も手間もかかりましたが、このHARU-1は額に貼り付けるだけで脳波が計測できます。
1) 柔軟で伸縮性があり、多チャンネル電極を備えてあること
2) 1マイクロボルト以下の脳波を正確に測定できる高性能な機能があること
3) 27グラムと小型、軽量かつワイヤレスで手軽に測定できること
またコスト競争力があるという特徴があります。従って簡便、安価、非侵襲に前頭部の脳活動を測定できます。
現在進めている研究は、本学学生などを対象として、シート型脳波計による持続的注意課題時の前頭正中部シータ律動(Fmθ)や、安静覚醒開閉眼時のα波の測定と解析を行っています。
前者は「第14回日本作業療法研究学会学術集会」において上野先生が発表し(6)、優秀演題賞を受賞しました(7)。また「International Joint Meeting 2020 in Kansai・第23回日本薬物脳波学会・第37回日本脳電磁図トポグラフィ研究会」において城間が発表しました(8)。
今後の展望は、サンプル数の増加、作業療法時の注意集中状態のモニターや作業効果の判定、移動を伴った課題時の脳波の解析などが考えられています。
石井
私は精神科の領域で脳波の臨床応用を研究してきました。その中でより簡便な脳活動の指標ということで「シート型脳波計」の実用に向けた研究を行っています。開発元のPGV株式会社では、さらに脳波を用いた睡眠段階の判定や、AIを用いた脳年齢の推定など、いろんな応用をされているようです(5)。
「シート型脳波計」なら被検者は自由に動いても大丈夫。作業中でも脳波測定できるので、例えば作業療法中の脳波を測定して、その効果を客観的な指標として取り出せるのではないかと、私どもも期待しています。
(1) 心sensor. Affectiva社
(2) 精神科デイケアにおけるオンライン臨床実習の予備的取り組み. 田中寛之, 上野慶太, 浦川瑞穂, 内藤泰男, 石井良平. リハビリテーション教育研究(印刷中).
(3) 回想法ライブラリー. NHKアーカイブス
(4) A Novel Palliative Care Approach Using Virtual Reality for Improving Various Symptoms of Terminal Cancer Patients: A Preliminary Prospective, Multicenter Study. Niki K, Okamoto Y, Maeda I, Mori I, Ishii R, Matsuda Y, Takagi T, Uejima E. J Palliat Med 22(6):702-707, 2019.
(5) HARU-1, PGV株式会社
(6) シート型脳波計による持続的注意課題時の前頭正中部シータ律動の測定と解析. 上野慶太, 石原務, 上田将也, 由利拓真, 堀川陽一郎, 小見山実奈, 城間千奈, 西岡友花, 畑真弘, 石井良平, 内藤泰男. 第14回日本作業療法研究学会, ウェブ開催, 2020/11/14-15.
(7) 第14回日本作業療法研究学会学術集会優秀演題賞受賞者一覧
(8) Frontal midline theta rhythm during sustained attention task measured by sheet-type wireless EEG sensor system. Shiroma C, Ueno K, Ishihara T, Ueda M, Yuri T, Horikawa Y, Komiyama M, Nishioka Y, Hata M, Ishii R, Naito Y. International Joint Meeting 2020 in Kansai, online, 2021/02/25-03/01.
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【取材日:2021年4月6日】※所属は取材当時