゛未知の微生物を発見して、私たちの生活に役立てたい ” |
谷 修治(たに しゅうじ)准教授
生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 微生物機能開発学研究グループ
2022年4月開学予定の大阪公立大学(仮称:設置認可申請中)に、農学部および農学研究科が新設されます。農学部には応用生物科学科、生命機能化学科、緑地環境科学科の3学科が設置され、分子から生命・環境までを農学的視点から広範囲に学ぶことができます。
新体制で始動する農学部では、大都市立地という特性を活かした「生物資源の有効活用」「健康問題への貢献」「都市の環境修復や持続的発展」「持続可能な社会基盤の構築」などに関わる教育研究を展開し、その学びをグローバルな研究開発へとつなげます。また少人数教育の特徴を活かした双方向型の教育を行い、論理的思考力と国際的な活躍を目指す上で大切なコミュニケーション能力を持つ人材を育成します。
現在、府大で設置されている生命環境科学域の応用生命科学類(植物バイオサイエンス課程・生命機能化学課程)、緑地環境科学類の2学類が農学部に移設されます。そこで各専攻の先生方に、農学部新設への期待とご自身の研究についてインタビューしました。今回は、生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 微生物機能開発学研究グループの谷修治准教授にお話を伺います。
――谷先生が携わる研究について教えてください。
谷先生
微生物は地球の進化に関わっている古い生物ですが、その存在を人類が認識したのは今からわずか350年ほど前。そういう意味では新しい生物といえます。しかも地球上に存在する微生物のうちまだ数パーセントしか知り得ていない。有用な微生物から病原性を持っているものまで、微生物はとても多様性があるため「もっと知りたい」と思い、研究を続けています。
――そもそも微生物という分野に足を踏み入れたきっかけを教えてください。
谷先生
微生物に興味を持ったのは、中学生の頃に見たテレビ番組。硫黄ガスだらけで酸素もない、しかも温度が100度を超す深海に微生物がいたという内容でした。そんな過酷な環境でなぜ微生物が生きていられるのか? と疑問に思ったのが始まりです。食品加工、工業など広範な分野にさまざまな酵素が使われていますが、それらの酵素の由来のほとんどが微生物であることを大学の時に知り、研究してみたいと思ったのがきっかけです。小さい頃から身の回りに起こったことに興味を持っていましたが、虫や植物が特に好きというわけではありませんでした。今でこそ、家庭菜園で落花生や水ナスを育てるのを楽しんでいるのですが。
――微生物研究のどのようなところに魅了されていますか?
谷先生
微生物研究はまだまだ謎だらけの学問です。そういう意味では、研究を深めることが社会貢献につながる夢があります。学生に対しては「新たな発見をすると、自分で名前を付けることができるよ」という話もします。未知の微生物を発見して、私たちの生活に役立てたい。そういう思いは変わらず持ち続けています。
――微生物研究へのニーズについてはどのようにお考えですか?
谷先生
僕はずっと「微生物って熱い!」と思っています。石油資源を使ってモノづくりを行うという常識や考え方が変化し、これまでとは異なるアプローチで取り組もうとした時に、多様な微生物を活用できるというのが、微生物研究の可能性を感じるところです。ちょっと話はそれますが、例えば旨み成分のグルタミン酸。現在利用されている量のグルタミン酸を昆布から抽出しようとすると、海全体の昆布を集めないといけない。実際には、メーカーが微生物を活用してグルタミン酸を作り出すことにより、海の生態系が守られている。微生物を活用したモノづくりの可能性はとても高く、モノづくりの生産工場として、技術と共に広がりを見せています。
――研究グループに所属する学生は、卒業後どのような分野で活躍されていますか?
谷先生
食品、化学、化粧品、製薬などの企業への就職が多いです。微生物を活用した研究は多くの企業で行われていますし、微生物研究から離れても、未知なるものに挑んでいた経験が役に立っていると卒業生が言っています。私たちの研究はさまざまなところで活用できると思っています。
――農学部の新設について期待されていることや意気込みをお伺いします。
谷先生
SDGsへの取り組みを考えると、限られた資源である石油や石炭を掘り起こすより、地球上で生産されている生物資源を使う方が持続性は高まります。石油資源に代わる生物資源由来の化成品の研究・開発を通じて、社会に貢献するのが農学部の使命の一つだと思っています。
農学部といっても、農学だけではありません。バイオテクノロジー、バイオサイエンスをはじめ、あらゆる分野の研究が行われています。ですから農業も含めて、もっと幅広く科学的な面を社会にアピールし、多様な微生物を使ったモノづくりにこれからも取り組んでいきたいです。
――農学部新設に向けて、谷先生ご自身が取り組みたいことはありますか?
谷先生
研究室で留学生を受け入れ、国際交流を進めたい。「研究に国境はない」とはいえ、英語が話せないとプレゼンもできません。そういう障壁をなくして、研究室をさらに発展させていきたいです。また、修士課程のうちに学生を国際学会へ連れて行きたい。国際学会で発表できるレベルまで研究成果をあげ、その成果を論理的かつ情熱的に英語で発表することは大変ですが、学生自身が世界で初めて見つけた事象を世界の研究者と共有する経験を通じて、研究の楽しさがわかるし将来の選択肢も増える。未来が広がります。
――最後に受験される皆さんに向けてメッセージをお願いします。
谷先生
日常で起こる生命現象や、健康・食・環境に興味があれば、農学部での大学生活が有意義な時間となると思います。農学部には食品系や環境系などさまざまな研究室があります。入学した先に新たな出会いや面白い展開が待っています。
私は将来の目標が見つかったのは大学入学後でした。だからやりたい事がなくても、焦らなくていい。身の回りのあらゆる出来事に対して関心を持ち、疑問に思うことを習慣づけていると、自分の興味も見つかります。その先に農学部への進学があれば嬉しいです。
※公表内容は予定であり、変更等を行う場合があります。
※新組織は認可申請中のものであり、今後変更の可能性があります。
●谷先生が現在取り組んでいる研究
「糸状菌における多糖分解酵素の高生産技術の開発」
私はかねてより糸状に生える微生物「糸状菌」に興味を持っていました。そこで糸状菌におけるセルロース系バイオマス分解酵素遺伝子群の発現制御機構を解明し、それを基に、分解酵素を大量生産するための分子基盤の構築を目指しています。再生可能な資源であるバイオマスに含まれる糖類から化学原料・燃料を製造し、環境調和型の生命活動を営むことは、地球温暖化による環境の悪化や石油資源の枯渇といった問題解決への有効な手段として期待されています。微生物は生育も早く、培養コストもそれほどかかりません。
「ジャガイモ疫病の新たな防除方法の開発」
植物病原菌「卵菌」は、トマトやジャガイモなどのナス科に感染して疫病を引き起こします。年間被害額は数千億円にも及び、世界中に甚大な被害をもたらすこの問題に対して、微生物を使った疫病防除方法の研究開発を行っています。卵菌の植物感染を抑える物質を作っている微生物を土壌から単離し、感染を抑えるメカニズムや、その化合物の同定などの研究解明を行い、新たな疫病防除方法の開発に向けた応用研究を行っています。
「微生物による根寄生雑草の発芽調節」
アフリカの乾燥地帯などで猛威を振るう寄生雑草は、植物に感染して水養分を吸収して成長するのですが、小麦畑などで蔓延し、同国の貧困問題や食料不足の一因となっています。そこで私たちは、微生物を使って防除する研究を行っています。研究を始めて今年で5年目。スーダンへ赴き現地調査を行い、また同地から研究者を招き交流を深めています。
【取材日:2021年6月8日】※所属は取材当時