I-siteなんば「まちライブラリー@大阪府立大学」で2014年6月24日(火)に開催された第3回アカデミックカフェでは、大学院工学研究科・航空宇宙海洋系専攻・海洋システム工学分野の有馬正和准教授をお招きして、有馬研究室で開発されている水中グライダーについて、お話いただきました。
<プロフィール>
有馬 正和(ありま まさかず)
大阪府立大学 大学院工学研究科 航空宇宙海洋系専攻 海洋システム工学分野 准教授
専門は、海洋システム工学、ヒューマン・ファクター、海中ロボット工学。
船舶の乗り心地評価、船のバリアフリーや「読唇技術」の開発などの身体障害者福祉工学、心電図や顔の表情の計測・解析・評価手法の確立、自律型水中グライダーの研究開発、シャチの海中音響観測、サンゴ礁のモニタリング技術など、分野にとらわれずに幅広く研究している。
兵庫県神戸市生まれ。
今日の話は三部構成で考えています。
まず始めに、前に模型を置かせてもらっている水中グライダーの紹介。残る2つは、水中グライダーを使ってどういうことをしたいと思っているのかという話で、1つはサンゴ礁を見守っていくための技術、もう1つが海棲哺乳類と書いていますが、具体的にはシャチやクジラとかそういうものを対象として見守っていこう、きれいな海を守っていこうという研究を紹介したいと思います。
水中グライダーの歴史
日本の環境省は、2011年3月に海洋生物多様性保全戦略で海の生態系を守らねばならないという戦略を立てました。我々は水中グライダーという道具を使って、海洋生態系をモニタリングしていく方法を提案するということで、この研究がスタートしました。対象は、サンゴ礁やシャチなどです。
水中グライダーの始まりは、1987年に東京大学の浦環先生がPTEROA(プテロア)というグライダー型のビークルを開発し、その後、飛行機型のALBAC(アルバック)というタイプが同じ研究室で開発されています。さらにその後、海底へと何度も往復できるような浮力調整装置というものがアメリカで開発され、一気に研究開発が進みました。
日本でも2005年くらいから、九州大学で全翼型のものが開発され、大阪大学で開発されたイカロボットは紋甲イカの動きを模倣しています。面白いのが、九州大学が開発している円盤型グライダーです。円盤なのでどの方向へも進めるというのが特徴で、私どもロボティシャンとしては、魅力的な水中グライダーです。
では、我々大阪府立大学の水中グライダーを4つ紹介します。
大きく分けると2種類で、主翼独立制御型水中グライダーとソーラー水中グライダーです。
府大の水中グライダー(1) ――ALEX(アレックス)――
ALEXは主翼独立制御、右と左が自在に動くんですね。それでかなり高度な運動制御を実現しています。機体の中にある空洞(バラストタンク)に水を入れたり、窒素ガスで水を吹き出したりすることで、重くなるから沈む、軽くなるから浮くという仕組みです。
また、深度計、加速度計で今どういう姿勢をしているか、角速度計で今どういう回転をしているかを感知します。あとはマグネットコンパスと海面に浮上した時に用いるGPSです。そういう機能で、完全に自動で動けるように設計しているロボットです。このALEXの強みとして、10度程のすごく浅い角度で潜っていくことができるので、たとえ水深が100mしかなくても1.2km先に上がって来る、つまり広い調査域を押さえることができます。
府大の水中グライダー(2) ――SOARER(ソアラ)――
最大潜航深度1,500mで、実際の海洋環境を測れるセンサーを搭載した機体として開発がスタートしました。コンピュータで形を考え、どこにどれくらいの大きさの翼を付けてやれば一番効率よく水中を飛べるかということを、数値流体力学という手法を使って決めました。
水深1,500mまで潜れるように材料はアルミ合金。小型高圧海水ポンプを使ってバラストタンクに海水を出し入れして潜入・浮上します。どの深度でどう使うかによって浮力調整装置の仕組みが変わってきます。
府大の水中グライダー(3) ――ソーラー水中グライダー宙 SORA(ソラ)――
搭載しているソーラーパネルは「アモルファスシリコン太陽電池」と言われるもので、海の一番深いところまで届く「青い光」を吸収できる特別なソーラーパネルです。
十分な充電ができると、スラスター(推進システム)が動きます。このスラスターのキモは真正面ではなく「強制的に前に行く力」と「機体に働く流体力」とのバランスを制御することで、「ちょっと下向き」に潜入していくようにしているところです。
深く行けば行くほど太陽光が届かなくなるので、いつかは充電がなくなり、スラスターが止まります。止まると、今度は頭を上げながら浮いてくるような仕組みにしています。浮力調整装置や重心移動装置はないんですけど、仕組みや潜り方を工夫することで飛び続けることができるわけです。
この潜り方ができる仕組みで特許を取っています。
府大の水中グライダー(4) ――ソーラー水中グライダーTonai60(トーナイ60)――
この機体が潜れる深度は60mで浅めです。海の中には急に冷たく感じる温度躍層と言われる深度30m程度のところがあり、プランクトンが集まるなど海洋環境に影響を及ぼす事象がいろいろ行っていますので、潜航深度60mでも調べられることがたくさんあります。
浅めの潜航深度でも、むしろ長く使えると面白いだろうと考えて設計しました。海洋環境を測れるセンサーと、一番前にはネットワークカメラがあります。それから音響観測のための水中マイクがあります。尾翼は左右独立に動くようにして、運動性能を高めています。海面に上がってきた時にはアルゴス衛星という人工衛星に居場所を教え、我々が迎えに行くという仕組みにしています。
サンゴ礁モニタリングシステムについて
通常のサンゴの調査は、人がダイビングをして1m四方に枠取りしたエリアにどの種類のサンゴがどれだけいるかを手で描いていました。ですので深い所にあるサンゴはよく分からない。それならグライダーを使って測りますよと言って調査を始めました。
サンゴは励起光(れいきこう)という光を当ててやると蛍光作用を起こします。その性質を使ってどこまでサンゴがあるかを画像解析しながら調べるという仕組みで、グライダーが水中を飛びながらどんな姿勢になっても、どこまでサンゴが広がっているかをちゃんと調べられるように、姿勢を測るセンサーやパソコン、ネットワークカメラを機体に取りつけてモニターします。
水中グライダーは基本的に水中をまっすぐ行くわけではなく、潜ったり上がったりを繰り返しながら進むので、連続撮影をする際にカメラがぶれないように、一定の角度で動くようにしようというのがこの研究の狙いです。
海棲哺乳類の海中音響観測
そして最後は音響観測で、主にシャチを対象にしています。
なぜシャチかと言うと、シャチは世界中の海に棲息し、家族単位で行動し社会性が強い。サメなどと違い鳴くので、音響観測ができる可能性が高い。それから呼吸するために海面に浮上するので、目視で個体数を確認できる。また、平均寿命がオスで30年、メスが50年くらいなので、今年は大漁だけど次の年は少ないなどの変動も見られない。これらの理由からシャチをターゲットとしました。
さらに、海洋生態系の食物連鎖を考えると、一番下に植物プランクトンがあって、トップにいるのがシャチです。水中グライダーには環境を測るクロロフィル(植物プランクトン)の計測センサーがあります。食物連鎖の一番上と一番下がわかれば、全体がどういう構造になっているのか、シャチが毎年来るはずなのに今年来ないのはなぜか、たとえば水温が高いとか、えさが違ってきているのではないかなどがわかってきます。
そういった観点から海の健康を測り、海を見守っていきたいと私は考えています。
有馬先生おすすめの本
今回、皆さんにご紹介したい本は、共同研究をさせていただいている写真家で科学ジャーナリストの水口博也さんの本です。今、共同で研究をさせてもらっていますが、水口さんはシャチ好きの間では神様のような人です。
京都大学理学部動物学科を卒業後、出版社にて自然科学系の書籍の編集をしながら、海外の研究者とともにクジラやイルカの調査、撮影を行っておられます。その後独立して、動物や自然を取材し、写真集や著書の出版、DVDの制作などをされています。講談社出版文化賞写真集や日本絵本大賞など、数々の賞を受賞されています。
一年のうち、半分は海外での取材をされていて、ブログには素晴らしい写真がアップされています。是非、見てみてください。
http://www.hiroyaminakuchi.com/
『オルカ 海の王シャチと風の物語』
水口博也 著(早川書房)2007
『クジラと海とぼく』
水口博也 著(アリス館)2010
『クジラ・イルカ生態写真図鑑』(ブルーバックス)
水口博也 著(講談社)2010
『ぼくが写真家になった理由(わけ)』
水口博也 著(シータス)2011
『クジラ・イルカのなぞ99』
水口博也 著(偕成社)2012
『クジラ・イルカ生態ビジュアル図鑑』
水口博也 著(誠文堂新光社)2013
『プロに学ぶデジタルカメラ「ネイチャー」写真術』(ブルーバックス)
水口博也 著(講談社)2014
『シャチ生態ビジュアル百科』
水口博也 編著(誠文堂新光社)2015
『イルカ生態ビジュアル百科』
水口博也 著(誠文堂新光社)2015
【取材日:2014年6月24日】※所属等は取材当時