アメリカのスタートアップ企業『SolidEnergy Systems』でリチウム金属二次電池の開発に携わっている工学研究科OBの計 賢(はかり たかし)さん。渡米を決断した経緯から現在の心境、後輩たちへのエール…。貴重な経験をされている先輩の言葉をみんなに聴いてもらいたいと、学生有志が後輩たちに声をかけて、公開インタビューが実現。未知なる世界に身を投じた計さんの言葉に耳を傾けようと、教室には多くの学生が集まりました。
【計 賢さんの経歴】
2007年 大阪市立都島工業高校 理数工学科 卒業
2008年 兵庫県立大学 工学部 入学
2012年 兵庫県立大学 工学部 卒業
同年 大阪府立大学 工学研究科 博士前期 入学
2017年 大阪府立大学 工学研究科 博士後期 修了
同年 SolidEnergy Systemsに入社
――まず、渡米して働こうと決めた経緯を教えてください。
計 次世代製品の実用化に携わりたいと、かねてより思っていました。そんな中、修士課程を府大で学んでいた時に、先輩がドクターとして活躍されていた姿を見て、自分もドクターに進学すると決心しました。博士後期の3年間は自分の頑張りで、3年後の自分が決まると思います。そこで博士後期3年間を有意義にするため、アメリカのベンチャーで働くことを目的にしたのが渡米をするきっかけになりました。
――当時、渡米以外に他の選択肢はありましたか? また、渡米を決定づけた出来事などがあれば教えてください。
計 “海外渡米一択、アメリカベンチャー一択”しかありませんでしたが、ある学会に参加した時に特任助教のオファーを受けました。若手でバリバリ活躍されている著名な先生の元で学べるかもしれないという機会だったので、その時は非常に気持ちが揺らぎました。そこで先生に「アメリカのベンチャーに行くのと迷っています」と相談したところ、「そんな貴重な経験はないから、ぜひそちらに行ってはどうでしょうか」と背中を押して頂きました。
――現在所属されている『SolidEnergy Systems』での仕事内容について教えてください。
計 現在は次世代の蓄電池の性能を向上させるために、その電池の中に入っている液体電解質の材料を開発しています。大学院時代とは全く異なる研究をしています。
ニュースでは従来の5倍とか10倍の夢の電池が実現などと報道されているのですが、理論上不可能な数値です。SolidEnergy Systemsのミッションは、本当の意味で従来のリチウムイオン電池の2倍のエネルギーを蓄電できるデバイスを世界に供給することです。現在、主に力を入れているのはドローン、電気自動車、宇宙関係です。
しかし実用化は難しく、サンプル出荷という形でさまざまな会社に電池を供給しています。そこで想定外に生じた問題に応じて、性能などを改善しています。実際の製品という形では販売されていませんので収益はないと思いますが、これまで総額約100億円の投資がされています。最近では競合他社がいる中、SolidEnergy Systemsの電池のみが試験をパスしました。間違いなく次世代型蓄電池の実用化に近いと思います。
――Solid Energy Systemsでは、カスタマーからの要望に対して、どのように向き合いますか? また要望をどのように集めていますか?(会場より質問)
計 カスタマーからの要望は開発リーダーが会社とコンタクトして、内容を決めてクリアしていきます。要望が困難なケースはこれまでに何度もあって、絶望したこともありました(笑)。達成できない場合は、残念ながらそのプロジェクトは終了します。
絶対的に難しい要望については、開発リーダーが会社と相談して、頑張ったら達成できるくらいまでの内容までに調整します。でも開発リーダーによっては、無理な要望のままで進めて欲しいと指示されることもあります。
要望をどのように集めているかというと、例えば現在進行している、ドローンの電池として載せる場合だと、開発品のスペック、飛行時間、必要なエネルギー量、電池のサイズなどを検証し、それに応じて性能をクリアしていくイメージです。
――そんな中で、計さんに期待されている役割と、いま組織にリターンしている成果とは?
計 役割はカスタマーが出してきたスペック、性能に合うように、次世代電池の性能を向上させる材料の開発。組織にリターンしている成果は、電池の長寿命化、安全性向上、品質向上などです。
――学生時代と社会人として仕事をしている現在で、考え方に変化はありましたか?
計 学生時代の研究は、チームではなく個人で各自テーマを持って研究に取り組みます。そしてそれぞれの研究の成果で、個人の評価が変わっていきます。しかし会社の開発では、プロジェクトの目標を達成することが会社とリーダーの一番の最優先事項。自分の研究がいかに進んでいようとも、プロジェクトの目標に近づいていない限り、その人の評価は変わりませんし、チームでどのように達成するかということに重きを置いています。
自分の研究スピードが早くなることなどは重視されず、チームの生産性を上げるために、皆さんで気持ちよく働くことが重要です。そのために、周囲とコミュニケーションを取ることがいかに大切か、自分が仕事をする上で意識させられています。
――これからの目標を教えてください。
計 3~5年後、次世代の蓄電デバイスの実用化の流れを学び、英語が流暢になった後、日本に帰国して、資金調達を主にした研究開発型ベンチャーを創業して、その会社を上場または売却するというのが今の目標になります。
――現在携わっている分野に行こうと思ったきっかけを教えてください(学生インタビュアー:栢割さん)
計 中学生時代のある日のことですが、テレビの環境問題を扱う番組で燃料電池が紹介されていました。その中で、ガソリンによるエネルギーに代わる、水素と酸素でエネルギーを取り出し、水しか排出されない電池を見て“画期的やな!”と衝撃を受けました。高校時代に将来について考えることが多くなり、そこで燃料電池の開発するような仕事に就けたらいいなと漠然と思っていました。残念ながら成績は良くなかったので、燃料電池の研究室があって、かつ自分の学力で入学できる大学を探し、勉強をしました。また大学に入学しても、その研究室に入るには成績上位者が条件だったので、しっかり勉強しました。早い段階から目標を決めるというのが重要だと思います。
――海外に就職する時は、どのように就活や企業探しをしましたか? また人脈を頼って就職したのですか?(会場より質問)
計 当初、全く人脈がなかったので、国際学会で壇上から降りてきたアメリカの会社らしき方に“Please let me work in your company!”と伝えました。しかしその方はアメリカエネルギー省の方で、私が想定していた人とは異なる職種。“会社は紹介できないよ”と伝えられました。最終的にその当時、研究室の教授の辰巳砂先生の大学時代の同級生の方が、アメリカのベンチャーの会社の副社長だったので、その方を紹介して頂いて、インターンとして行かせて頂きました。それが今、勤めている会社です。
――研究や学会で渡航するのではなく、「海外で働く」中で、考え方などで変化があったと感じることは?
計 日本にいるとニュースを通じて、アジア近隣諸国、特に韓国や中国との関係において非常にセンシティブに感じることがあるので、韓国や中国の人とは考え方が異なるのかなと思う時がありました。しかし移住してきた皆さんとお話すると、考えることや思うこと、気遣いなどは一緒。特に気遣いが細やかで、みんな一緒の人間なんだなと感じました。アジアから来た皆さんは、アメリカに単身や家族で移住するので、“良いものを作るぞ!”という意識が強い。そういうところは自分と同じです。
働く前は、アメリカで働けるかどうか不安でしたが、入社してみると、意外と自分でも働くことができています。海外の企業に入社するまでは難しいだろうけど、働くことに関しては、そんなに気を使わなくてもいいと思います。“世界で一番の何かを作りたい”という意志の中に国境はありません。
――ベンチャー企業で働く上でのモチベーションは? なぜ頑張っていらっしゃるのですか?(会場より質問)
計 同僚の方々は、巨万の富を得るというのは考えていません。会社はハイリスクハイリターンで電池を作っていますが、上場するかどうかを実際に考えているというわけではなく、面白いから仕事に取り組んでいます。またサムスン、LGよりリーダーとして来ている人は“絶対成功させてやる!”という意気込みで取り組んでいます。
――仕事以外の時間は何をして過ごしていますか?
計 僕は仕事しかしていないです(苦笑)。普段は寝てるか、ユーチューブで動画を見ているか。お笑い芸人の千鳥に救われましたね(笑)。適度に気分転換しながら、一生懸命働いています。ウィンチェスターという、平和でとても静かな町で暮らしています。僕の住んでいるコンドミニアムは、家族と年配の方しか住んでいませんし、近くに湖などもあるので、とても穏やかな雰囲気です。
――ここからは府大時代についてお聞きします。他大学から府大大学院に進学を志したきっかけを教えてください。
計 兵庫県立大学で学んでいた当時の先生に相談すると、先端研究で活躍されている先生方が府大にはたくさんいらっしゃることがわかり、府大の研究室で学んで自分の力をつけたいと思いました。私の場合は大学時代に固体電解質を用いたエネルギーデバイスの開発をしていましたので、その分野で著名な辰巳砂先生と林先生の下で学びたいと思いました。
――府大での学生生活や研究生活などの想い出は?
計 楽しかったですが、大変でした。博士前期後期5年で、アメリカのベンチャーで働くにはどうすれば良いかを考えながら勉強していたので、目の前の研究をアメリカベンチャーでの模擬仕事として、朝から夜中まで勉強と研究を頑張っていました。
研究室での同期で、進む道は違いますが同志のような人と、どのようにして研究を進めたら良いかなど、将来について語り合ったのも良い想い出でしたね。また研究を頑張った結果、論文レベルですが、世界でトップの性能を有する材料の開発ができたことです。
――府大に進学して良かったこと、府大(特に工学系大学院)で学ぶ強みなどは?
計 研究で活躍されている先生方がたくさんいらっしゃるので、基礎学問や研究を学べる貴重な機会だと思います。その機会を充分に活用して欲しいと今は本当に思います。社会人になってそれぞれの先生方から研究内容を勉強しようすると、例えば1回のセミナーで数万円の受講料が必要です。ですから、学生の間にどんどん吸収して欲しいと思います。また研究環境が非常に整っていて、人生の中で先端の研究に触れる、研究できる絶好のチャンスなので、これも充分に生かして欲しいと思います。
――大学で学んだことが活かせていると思ったことはありますか?(学生インタビュアー:森田さん)
計 大学で学んだことはかなり活きています。博士前期と後期の5年間は、アメリカベンチャーでその研究を活かすためにがむしゃらに勉強しました。今の研究は大学時代とは違う研究ですが、 “はやくアメリカで大学時代の研究を再開、継続してほしい”とプロジェクトリーダーの方々から言われています。それは5年間しっかり勉強、研究を積み重ねないと実現できなかったことだと思います。
――在学中に取り組んでおいた方が良いことは?
計 卒業した後に何をしたいかを明確にし、その目的を達成するために何をすべきか逆算し、今やるべきことを自分なりに見つけることだと思います。他人のアドバイスの通りに行動して、失敗して後悔しないように、やるべきことに対して他人から何を言われようが信念を貫くことだと思います。
――今の府大生や高校生に「こういう視点を磨いて欲しい」と思うことは?
計 自分の場合はやりたいこと、将来像が明確だったので、その能力をつけるために何年間も試行錯誤して今に至っています。僕が言えることは、何をしたいか、どういう将来にしたいかを、できるだけ早く見つけることだと思います。
――会場の皆さん、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
働きたくとも働けない状況が起こる可能性があるので、アメリカのベンチャーで働くのは難しいです。でも得難い経験が得られますので後から活かせることは山とあると思います、やりたい人は進めばいいと思います。ただ、大変です。おすすめはしませんが、おすすめします。笑
でもこのインタビューが、海外で働きたい人たちの一助になればいいかなと思いますし、海外で働く選択肢のなかった人たちにとっては、考えるきっかけになれば嬉しいです。
頑張ってください!
【学生インタビュアー:栢割 脩平(現代システム科学域マネジメント学類 3年)、森田 万葉(工学域 機械系学類 海洋システム工学課程 2年)】
【取材日:2019年5月8日】 ※所属・学年は取材当時