゛地域環境の研究を通じて、心豊かな暮らしを提案 ”

今西 純一(いまにし じゅんいち)教授

生命環境科学研究科 緑地環境科学専攻 地域生態学グループ

 

2022年4月開学予定の大阪公立大学(仮称:設置認可申請中)に、農学部および農学研究科が新設されます。農学部には応用生物科学科、生命機能化学科、緑地環境科学科の3学科が設置され、分子から生命・環境までを農学的視点から広範囲に学ぶことができます。

大阪公立大学 農学部

新体制で始動する農学部では、大都市立地という特性を活かした「生物資源の有効活用」「健康問題への貢献」「都市の環境修復や持続的発展」「持続可能な社会基盤の構築」などに関わる教育研究を展開し、その学びをグローバルな研究開発へとつなげます。また少人数教育の特徴を活かした双方向型の教育を行い、論理的思考力と国際的な活躍を目指す上で大切なコミュニケーション能力を持つ人材を育成します。

現在、府大で設置されている生命環境科学域の応用生命科学類(植物バイオサイエンス課程・生命機能化学課程)、緑地環境科学類の2学類が農学部に移設されます。そこで各専攻の先生方に、農学部新設への期待とご自身の研究についてインタビューしました。今回は生命環境科学研究科 緑地環境科学専攻 地域生態学研究グループの今西純一教授にお話を伺います。

――まずは今西先生の研究について教えてください。

今西先生
「身近な自然環境を活かして人々の生活を豊かにする」というのが大きなテーマです。具体的には公園や街路樹、里山を対象地とした生物多様性の保全。生き物の生息環境を守るのが1つの視点ですが、自然から恵みを享受する人間の関わり方や、自然との共生という視点も取り入れて取り組んでいます。

例えば、絶滅危惧種の生息環境を守る研究です。絶滅危惧種の保全には、草刈りや落ち葉かき、伐採などによる人為的な維持管理が必要な場合もあります。自然を放置するのではなく、適切に人が関わりながら生き物の生息地を保全する研究を行っています。

その上で地域生態学研究グループとしては、地域における人と自然の関わり方を「自然との共生」「生物文化の継承と発展」「生活の質(クオリティオブライフ)の向上」といった視点から捉え直し、生態系と調和した健全な地域社会を実現するための研究を進めています。

私個人としては、桜の樹の健康診断に関わる研究を行っていました。桜は植樹時には大切に扱われるのですが、その後は手入れもされず放置されたままというケースが多い。そうすると20~30年後には状態が悪くなっていきます。そんな桜を見るのは悲しいので、研究の成果を活用しながら適切な手入れを呼びかけています。桜を愛でるという人と自然の関わり方は文化的にも大切です。

また研究に関する書籍も出版しています。最近では『清風荘と近代の学知』を2021年3月に著者の1人として出版しました。「清風荘」とは、明治・大正・昭和の政治家であり最後の元老といわれる西園寺公望の別邸。西園寺公望の意向を受けて庭師・七代目小川治兵衛が造った庭園に関する変遷や、庭園管理の現場へのインタビューなどと共に紹介した一冊です。

――研究に携わるようになったきっかけを教えてください。

今西先生
京都の東山の麓に住んでいた私は、小学生時代の遊び場といえば身近にある自然環境でした。疎水(水路)に入って遊んだり、大文字山にもよく登っていました。週末になるとハイキングやキャンプへ。春になると美しい桜並木の下、花見するのが楽しみでした。小さい頃から緑に親しんでいたこともあり、やがて造園に興味を持ち、京都大学農学部林学科造園学研究室に所属。博士課程に進み休学して、アメリカの大学でランドスケープデザインを2年間学びました。しかし「デザインの得意な人たちは世の中にたくさんいるのだな」と現地で実感し、帰国後は研究・教育の道を歩んでいます。

――研究の魅力や面白さはどういうところにありますか?

今西先生
「身近な自然との共生を考える」というテーマが広範囲のため、アプローチ方法はさまざま。実験室で取り組む研究もある一方で、フィールドワークも多い。植物など生き物を研究対象とする場合もあれば、人間に向き合うこともある。あらゆる視点で対象との関わり方を考え、多様なアプローチで取り組むのがこの学問の面白いところです。

私個人では現在は遺伝子を解析し、植物の遺伝的多様性の保全に関する研究を行っています。空の上からリモートセンシングで広域のデータ解析をすることも。遺伝子から地域まであらゆるスケールで眺めて、自然と人との関わりを考えています。

――研究において地域との連携事例があれば教えてください。

今西先生
万博記念公園の森について、大阪府と共同研究を行っています。敷地内にある自然文化園は1970年の大阪万博の後に造成されたのですが、背の高い木が密集する状態に育ったために、その下が薄暗くなり、中木・低木・草などが消えてしまった。そういう生物の種類に偏りのある状況を変えるべく、生物多様性に富む「自立した森」の実現を目指しています。また、この森では人間にとっても心地よく過ごせることも大切で、うまく折り合える方法を検討しています。

――研究グループに所属した卒業生の進路は?

今西先生
造園に携わることができる公務員が多いですね。土木職で就職する人が多いですが、大きい都市だと造園職という専門職もあります。街路樹や公園の管理をしている卒業生がたくさんいます。

――農学部の新設について期待することを教えてください

今西先生
農学部になっても私たちの学科は大きくは変わりません。しかし「農」というワードが付くことにより、人と自然の関わりをもっと鮮明に意識していただけると考えています。そこをはっきりと打ち出せるのは大きなメリットです。研究対象は自然や生き物だけではない。健全で持続可能な地域環境の形成を図るためには自然的要素、人工的要素および人間活動の相互関係を解明することが重要で、人へのアプローチは必要不可欠。地域における人と自然の関わりを通して、人々の生活に寄与するのが私たちの研究目標でもあります。

――研究への社会的ニーズについてはどのようにお考えですか?

今西先生
人間の生活環境において身近な緑は非常に大切。それを実感されている方も多く、社会的ニーズは高いです。しかし直接的にビジネスに繋がるわけではないので、大切だとは理解されていても後回しにされがちな学問ではあります。でも、健康で心豊かな暮らしをすることで生産性が向上するという考えもできます。このように自然との共生に関するあらゆる提案を行うというのが研究の大きな方向性です。

――今後、今西先生が取り組みたい研究などがあれば教えてください。

今西先生
私が委員長を務める日本緑化工学会緑化植物委員会では、在来植物の取り扱いを遺伝子レベルでも検討し、緑化に使用するためのガイドラインを作成しています。緑化を行う際、これまでは日本の在来種を用いて緑化すればよいという考えでした。しかし、同種類の植物だからといって外国の種を使用するには遺伝子的な問題がある。そのため、日本における遺伝的特性の分布などの研究結果を元にガイドラインとして作成すれば、地域の生態系に配慮した緑化に活かせるという考えです。

――最後に受験生の皆さんへのメッセージをお願いします。

今西先生
私たちの研究は、身近な生活環境に直結する研究ができる分野です。フィールドワークも多く、人との関わりに喜びを見いだせる人なら楽しく取り組めます。緑豊かな環境で心豊かに暮らしたいと考える方、明るい未来の自然環境を一緒に造ってみませんか?

※公表内容は予定であり、変更等を行う場合があります。
※新組織は認可申請中のものであり、今後変更の可能性があります。

●地域生態学研究グループの主な研究テーマ
「自然との共生」
地域の生態系の現状や課題を把握して、生物多様性に配慮した環境や社会を形成するための研究や、自然資源の最適な利用や管理のあり方を解明し、持続的かつ生態系調和的な利用システムを構築するための研究に取り組んでいます。

「生物文化の継承と発展」
地域の生活文化(衣食住や祭祀、工芸など)や芸術文化(茶道や華道など)を支えてきた自然資源活用の変遷とその持続可能性の評価を通じて、自然との関わりの中で育まれた文化(生物文化)を継承し発展させるための研究に取り組んでいます。

「生活の質(クオリティオブライフ)の向上」
地域に住まう人々の生活の質(クオリティオブライフ)を向上させるためには、人の心理・態度・行動のプロセスを理解し、生活環境の特性を実社会の改善へ応用する必要があります。そのため人と環境の相互作用の把握、生活環境の改善に関する研究に取り組んでいます。

●地域生態学研究グループ(今西純一教授)

●大阪公立大学農学部 入試情報サイト

【取材日:2021年6月15日】※所属は取材当時