2021年よりNHK岡山放送局のアナウンサーとして活躍している府大OGの松本真季さん。大学院生時代は生命環境科学研究科で応用生命科学を専攻し、理系女子大学院生チーム「IRIS」の活動にも参加していました。そんな理系出身でありながら、現在は全く異なるフィールドに身をおく松本さんに、IRISの後輩・廣畑美緒さん(工学研究科 物質・化学系専攻 化学工学分野/IRIS第11期生)がインタビュー。アナウンサーを志したきっかけから仕事にまつわるエピソード、IRISへの想いなどお話をうかがいました。
●松本さんのプロフィール
生命環境科学域 応用生命科学類 植物バイオサイエンス課程 卒業(2019年3月
大学院 生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 植物栽培生理学研究グループ 修了(2021年3月)
NHK岡山放送局 アナウンサー(2021年4月~)
IRISでの活動がきっかけでアナウンサーの道へ
廣畑美緒さん(以下、廣畑)
まず、松本さんがアナウンサーになろうと思ったきっかけを教えてください。いつ志望されましたか?
松本真季さん(以下、松本)
アナウンサーをめざすきっかけはIRISでの経験でした。IRISのイベントで小学生のみんなと話す機会があったんですけど、その時に「理科が好きだけど、女の子だから文系に進もうかな」と言った女の子がいました。実際に理系の大学院に進んだ身としては、女性の数は多いと思うんです。でも小学生たちは、女の子が少ないからという理由で(好きな理系を)選ばない、ということに、その時気づきました。
しかし、実際はあらゆる分野で女性が研究者として活躍されています。だから「あんな道もある、こんな道もある」と理系を志す女性たちに提示できれば、彼女たちの選択肢は広がるのではと心のどこかで思っていました。
就活ではメーカーの研究職を地元の大阪で志望していましたが、うまくいきませんでした。博士後期課程2年生の5月になり、いよいよ全国に目を向けないといけないという状況で、NHKのアナウンサーは自らが企画・取材し、それを放送することができると知りました。もし自分が、何かを一生懸命追求している方を紹介できれば、それは自分にしかできない仕事になるのでは?と思い、一か八かでNHKを受験し、アナウンサーになりました。
もうひとつ、「理系出身なのにどうしてアナウンサーになったの?」とよく聞かれます。私も理系の大学院を卒業するとメーカーの研究職に進むのが一般的だと思うんです。でも、私がアナウンサーという道を選んだというのは、後進にとっては、それが説得力のある選択肢のひとつになるのかなと思いました。だからIRISでの経験が、アナウンサーになる上で、とても活かされています。
企画から放送まで、全てに携わる面白さ
廣畑
普段の仕事内容について教えてください。
松本
主な仕事は定時ニュースを読むことと、それに並行して、興味のある事柄があれば、企画から取材、内容構成、番組出演まで全て自分で業務をおこなっています。ニュースの担当は週に1日。それ以外の日は自分の企画に向けて動いています。取材先への連絡や現地でのリサーチ、放送での構成を考えています。
廣畑
自分で放送したい内容は、どのようにして決めているのですか?
松本
私は学生時代に植物の研究をしていたので、野菜や植物について放送したいと考えていました。テレビとは“今が求められるメディア”です。そういった“今”に関連して、収穫の最盛期というタイミングだった岡山県産「千両なす」の農家さんを取り上げたのが、私が初めて企画から携わった放送でした。
「千両なす」は高級ナスとして京阪神では有名なのですが、地元ではあまり知られていません。そこで「県内の方々にもこだわりの千両なすを食べてほしい」という農家さんの思いを放送で届けました。放送後は視聴者の方々から「初めて知った」「食べてみたい」などさまざまな感想が寄せられたのがうれしかったです。農家さんからも感謝され、取り上げて良かったと思いました。
廣畑
自分のオリジナルで企画の段階から放送に至るまで携わることで、大変なところがあれば教えてください。
松本
自分が考える知りたい事と、視聴者が知りたい事は必ずしも一致しません。そのすり合わせが難しいです。伝えたい事もそうですが、「視聴者にどうすれば伝わるのか」という事を突き詰める難しさを感じています。
廣畑
最初考えていた企画内容が、取材を重ねるうちに変わることはありますか?
松本
大筋としては変わりません。でも取材を進めると、知識や情報がどんどん増えていき、あれもこれも放送で伝えたいという状況になりかねません。そうならないために、軸となるコンセプトに基づいて、取材で得た情報の取捨選択を心掛けています。
廣畑
「千両なす」の中継以外に、大学時代の経験が活かされた場面はありますか?
松本
ひとことでいえば、考え方です。大学院での研究は、仮説を検証するためにプロセス、事実の積み重ねを経て、結論へと導くよう考えますが、それは今の仕事でも同じです。放送でも自分が伝えたいと思った事柄について、どういう要素があれば伝わるのか、という事を考えます。そのような考え方は、大学院時代の思考プロセスが基になっています。
人の考えや生き様を発信できるアナウンサーになりたい
廣畑
アナウンサーとしての伝え方やインタビューの方法で意識していらっしゃることがあれば教えてください。
松本
取材対象にインタビューを行う時、もし自分がそのインタビューを受けたら、どう感じるだろう?と自分の身に置き換えて考えます。また以前、インタビューの企画を担当したのですが、その時に先輩から「相手が一番よい状態で話せるような努力をしなさい」と教わりました。相手から本音を聞き出すためにどうすればよいかということをおっしゃっているのだと思います。
廣畑
難しいお仕事ですね。理系とは異なるフィールドですが、仕事上で戸惑われることも多いのではないですか?
松本
理系出身だから気後れするということはありません。むしろ他のアナウンサーの方々にないものを自分は持っていると思っています。質問の組み方や解決法などへのアプローチは、学生時代に研究していた頃の経験が役立っているので、理系出身だから大変ということは感じなかったです。
でも、この前上司からは「情緒で伝えよう」と指摘されたことがありました。例えば、研究だと結論ファーストで伝えますよね。でも番組構成を結論ファーストで書くと「これをわかるために、それを積み重ねて、そう感じさせてくれ」と上司から言われた時に、学生時代と考え方が真逆で、やったことがないと頭をかかえてしまいました(苦笑)。それが活きる部分もありますが、そうではない部分もあります。それが難しいなと思います。
廣畑
アナウンス職は文系の方が多いという印象なのですが、松本さんのように理系出身のアナウンサーはいらっしゃいますか?
松本
NHKの場合、理系や大学院出身の男性アナウンサーはいらっしゃいますが、文系の学部卒が圧倒的に多いです。大学院卒業でいうと、女性アナウンサーでは私と、もう1人の先輩しかいらっしゃらなくて、その方は音楽系です。でも理系の大学院を修了しているのは、女性では私しかいないと思います。
廣畑
アナウンサーとしていろいろな仕事をされているなかで、やりがいに感じられた場面があれば教えてください。
松本
ヤングケアラー経験者の方へのインタビュー番組を担当した際、その方から「ありがとう」と感謝を伝えられたことがありました。また視聴者の方がSNSを通じてコメントを書いてくださることもあります。このように携わってくれた方々や視聴者の皆さんからの言葉に触れると、きちんと伝わっているのだなとやりがいを感じます。
廣畑
将来はどんなアナウンサーになりたいですか?
松本
たくさんの方々を取材し、その人の考えや生き様を発信できるアナウンサーをめざしたいです。「こういう道もあるよ」と、後進にあらゆる選択肢を提示できるようになるのが理想ですね。
「科学が好き、という気持ちを忘れずに」IRISへの思い
廣畑
ここからは府大生時代についてうかがいます。松本さんは大学院生時代、応用生命科学を研究されていましたが、理系の学問に進んだきっかけを教えてください。
松本
高校生の時に、ぼんやりと理系への進学を考えていました。大学受験時に学部を決めることになり、生物系の学問がいいなと思っていました。そこで理学系か農学系かどちらかを考えた時に、社会に密接に関係した学問がいいなと思い、農学系の生命環境科学域に進みました。自分の中で目に見えないものを探求するのが好きなんです。
廣畑
松本さんはIRISの第9期と10期でご活躍されていましたが、サイエンス・キャンパスへは1年目から参加されていましたか?
松本
1年目から参加していました。でも2年目はコロナ禍に見舞われたため、サイエンス・キャンパスはYouTubeで配信しました。1年目の活動としては、月に一度ランチタイムミーティングが開催されていました。私は2、3度参加したのですが、M2の方の就職活動の様子や研究内容などをお聞きしたりして、交流を深めていました。2年目の時はZOOMを使ってランチタイムミーティングを開催していたと思います。
廣畑
IRIS2年間の活動で、1年目の最初の頃と、自分の考え方や認識が変わった部分はありましたか? 私の場合、参加当初の目的は、中高生に自分の経験を伝えることで理系への進路もあると知ってもらうことでした。オープンキャンパスや女子高生との座談会を開催するなかで、その目的が達成されている実感を得たのですが、(IRISの)認知度や広報力は、まだまだ伸びしろがあると感じました。来年度、再び参加することができたら、そのあたりに力を入れたいと考えています。このように私の場合は、次の目的へとシフトしようと思うのですが、松本さんの場合は2年間のなかで変化はあったのかなと興味があります。
松本
もともとは、他の研究科の子たちがどのような研究をしているのか興味があり、参加しました。交友関係を広げるためというのもありました。でもIRISでの活動を通して、サイエンス・キャンパスなどで実際に小中学生と接しているうちに、廣畑さんのように「理系への進路もあるんだよ」ということを伝えていきたいと思うようになりました。
廣畑
理系の分野に進みたいと考えている中高生に向けて、今、何か伝えてあげられることがあるとすれば、どんな事を伝えたいですか?
松本
まずは「自分の気持ちに嘘はつかない」こと。例えば、いろんな事情はあるとは思うんですが、それでもやってみたいと自分がどこかで思う気持ちを大切にしてほしい。そうすれば、また新たな発見ができてくるだろうし、まずは自分の気持ちに嘘をつかずに信じる道を進んでいってほしいです。
廣畑
松本さんにとってIRISとはどんな存在でしたか?
松本
私がアナウンサーをめざすきっかけになった存在です。あらゆる世代の方々と交流が持てるのがIRISの良さです。小中高生ともつながれるし、企業で活躍されている女性の研究員の方や、大学の先生方ともつながることができるので、IRISを通していろんな方と出会えるというのは素晴らしいなと思います。
廣畑
では最後にIRISの後輩たちにメッセージをお願いします。
松本
IRISは誰か1人にでも「理系っていいな」「研究って面白そうだな」と思ってもらえるような活動だと思うんです。だから皆さんが「科学が好き!」「理科が好き!」という気持ちを前面に押し出して、科学の面白さや楽しさを、小・中・高校生の皆さんに伝えていってほしいです。
廣畑
本日はありがとうございました! 応援しています!
【取材日:2022年1月27日】※所属は取材当時。