11/7、大阪府立大学大学院農学研究科博士後期課程修了(農学博士)の府大OBで近畿大学 農学部長、ユーグレナ研究会(Euglena Research Association)会長、(公社)日本ビタミン学会会長(2017年6月まで)の重岡成さんにお話を伺いました。
現在大阪府立大学に農学部はありませんが、生命環境科学域応用生命科学学類が旧農学部を引き継ぎ、バイオサイエンスや、バイオテクノロジーの研究をしています。取材に同行した生命環境の学生たちもユーグレナを研究テーマにしており、重岡先生が大学教員の道に進まれたきっかけや研究テーマにユーグレナを選ばれた理由などについて質問を投げかけました。「研究成果は裏切らない」「大学人は芸術家に近い」など、研究の最先端にいらっしゃる重岡先生ならではの刺激的なお話も。また、後半では大阪府立大学の辻学長も加わり、重岡先生が長年研究を続けられている近畿大学・農学部の取り組みについてもお話を伺いしました。それではご覧ください。
◆プロフィール
重岡 成(しげおか しげる)
《学歴》
1975年大阪府立大学 農学部農芸化学科 卒業
1980年大阪府立大学大学院 農学研究科博士後期課程修了
《職歴》
1980年4月より近畿大学助手、講師、助教授を経て、1995年4月より教授、1991年8月より1年間 米国アリゾナ大生化学科 留学、2004年4月(株)植物ハイテック研究所設立 取締役就任(兼任)で現在に至る。この間、日本農芸化学会(奨励賞1992年、学会賞2013年)、日本ビタミン学会(奨励賞1981年、学会賞2004年)、バイオビジネスコンペ・ジャパン最優秀賞2003年、近畿大学研究奨励褒賞2013年を受賞
□ 近畿大学 農学部・大学院 農学研究科HP
http://www.kindai.ac.jp/agriculture/
□Kindai Picks ~ユーグレナをジェット燃料に ミドリムシと歩んだ研究者人生~
http://kindaipicks.com/article/001335
学生:就職という選択肢があった中で、教員という道を選ばれた理由を教えてください。
重岡先生:学部生時代はクラブ活動(剣道部)に打ち込んでいました。当時、農芸化学科には9つの研究室があったのですが、他大学から来られて、剣を交えていた博士課程の先輩に相談したところ、栄養化学分野でユーグレナをテーマにしている研究室があることを教えていただきました。恩師である北岡正三郎先生の研究室だったのですが、メンバーが一丸となって真摯に研究に取り組んでいるところを魅力に感じました。 大学院に進むかは正直迷っていたのですが、研究室初日に先輩から「君、大学院に進学するよね」と声をかけられ、思わず「はい」と答えてしまったことが進学を決めた理由です(笑)。
私には「物事を好きか・嫌いかで分けない/決断しない」というポリシーがあります。というのも、好きなものはいつか必ず嫌いになってしまうのではないかという考えを持っているからです。ですので、私の物事に対する判断基準は「嫌いじゃない!」とすれば、取り組む価値があるということ。私は研究が嫌いではなかったので、それならば研究を続けよう!と考え、研究の道を歩み始めました。もともと体力はあったので、大学院に進学してからはどっぷり研究にはまりました。当然、研究に夢中になり、気づけば研究室で朝を迎える日も多くありました。研究に取り組んで、どこまでやりきるか、研究者として何が最低でも必要なことかなどを身につけていただきました。
我々は、高校までの先生たちとは異なり、自分の研究と学生の教育を両立させなければなりません。私は、このようなヒトを「大学人」と呼んでいます。大学人の研究者としては、自分らの専門の領域(分野)を作り、確立することです。その為に、論文、特許、学会発表などを通して回りの皆さんに知らしめること、すなわち自らの作品を作る必要があります。実験は、事実を経験することですが、研究は研いて究めるものです。例え休みの日でも自分の研究が頭から離れることがありません。そういう意味で大学人は、芸術家に近いのではないかと考えています。
私の研究室は、毎年学部生が20人くらいで、これまで700人くらいの卒業生を輩出しており、うち10数名は大学教員の道を進んでいます。いかに”心・技・体”のバランスが整ったヒトを育てるかということを常に考えていますが、先生とは先に生まれたと書く、それだけのことですから、自分にも伸びしろがあると考えれば、ヒトを育てる中で自分自身も育ててもらっている、つまり一緒に育っていくという感覚を常に持っています。私は、大学人であることに誇りを持って研究と教育に励んできました。
学生:研究に取り組む上でのモチベーションは何ですか?
重岡先生:学生の皆さんも知ってのとおり研究は楽しいことばかりではありません。なかなか思うような結果が出ないし、失敗や挫折も数多く経験します。まさに、楽あれば苦あり、苦あれば楽ありです。その中でのモチベーションは「研究の成果を出す」ということ。加えて、若い頃は今ほど知名度がなかった近畿大学農学部を世間に知らしめたい、という思いもありました。研究成果すなわち論文などの作品は、研究者を裏切りません。若い頃から論文を書き続けており、自称ペーパーホリック(若干アルコホリックの恐れあり?)ですが、その数は約37年間の研究生活で二百数十報あまり(原著論文)。論文を書いていないと落ち着かない時期もありました。おもしろいことに、このように成果を出し続けていると、ある時からおのずと共同研究や大型プロジェクトなどへの参加にお声かけをいただくようになりました。ただし、そこで成果を出さないと次の声はかかりません。ですから、共同研究でも結果を出すことにこだわりました。その積み重ねが今につながっているのだと思います。
学生:なぜユーグレナを研究テーマに選ばれたのですか?
重岡先生:(学生に対し) ユーグレナ(ミドリムシ)って大変“したたかな”生物だと思いませんか?眼を持ち、鞭毛で移動し、細胞壁がなく、動物の特性(ムシ)を持つ。一方で、葉緑体を持ち、光合成を行ない、自ら栄養成分を作ることができる特性(ミドリ)を持つ。さらには、ユーグレナ自身が栄養価の高いタンパク源であることに加えて、多くのビタミンや有用物質を生合成し、自らが作れないビタミンB1、B12なども、外から積極的取り込んで貯蔵する能力すら備えています。pH3.5やCO2が14%の高濃度(火力発電所の排気ガス)の環境でも平気で育つ、だてに5億年も生きていません。もっとミドリムシを知りたければサイエンスZER0・ミドリムシ(YouTube)を観てくださいね!
大学院生時代からユーグレナがつくる微量栄養素としての抗酸化ビタミンCなどとそれらの生合成・機能に関係する酵素群の研究をすすめ、ドクター論文もこのテーマでビタミン学会奨励賞を受賞し、近畿大学で働き出してからも、動物的な視点からの酸素毒性防御、抗酸化物質に関する分野の研究に没頭しました。しかし、ユーグレナで新しい発見をしても「それは珍しいね」だけでさらっと済まされ、どうしても動植物での分野での注目度やインパクトが弱いと感じていました。
転機といえるのは40歳を越えてから一年間アメリカのアリゾナ大学でユーグレナを材料としながらも、最先端の分子生物学的な技法や考えを学んだことです。それで帰国後は、原核藻類の藍藻から高等植物での研究にも取り組み、それらの成果を、植物系はもちろんのこと、生物全般の生理・生化学的な雑誌にも論文を出すようにしました。この間、ユーグレナの研究は片隅に追いやり、ほとんどユーグレナの分野から離れたこともありました。
それで、他の微細藻類や高等植物において、分子レベルで代謝生理を追求する“分子生理学的な考え”に自信が持てたので、今から十数年前に、もう一度、この“したたかな”ユーグレナの研究に分子生理学的な視点からチャレンジしようと思いました。これまで、動物分野そして植物分野両方の視点から多くの成果を出し、皆さんにちょっとは認められたのではとの思いから、ユーグレナで新しいことができるのではないかと考えたのです。そして現在に至ります。冒頭でもお話したとおり、こんな生き物は他にいません。チャレンジのしがいがあるテーマであり、研究対象として相手にとって不足なしといったところでしょうか。
学生:これまでに、環境ストレスに強い植物や光合成能を高めた収量増加の植物の作出を研究テーマの一つにされていますが、研究室から実用化のスケール、産業利用や栽培に移行するにあたり、苦労されている点はありますか?
重岡先生:日本では食品としての遺伝子組換え作物が、社会的に認められにくいことです。すなわち、飼料として遺伝子組換え作物は使われているのにも関わらず、食べ物としての遺伝子組換えにはまだまだ抵抗があるというのが実状です。最近のゲノム編集などは、今後どう取り扱いされるか興味ある問題です。そうこうしている間に海外では遺伝子組換え作物に関する認知が進んでいるので、海外の連携先と研究を進めていこうという話もあります。国内の規制について、曖昧な部分を残したまま、多くのことがうやむやになっていることが問題だと感じています。
学生:今後ユーグレナは、食料と燃料、どちらの扱いがメインとなってくるのでしょうか?
重岡先生:現在の世界人口が75億人を超え、近い将来に90億人にも達するであろう人口増加による食糧問題や65歳以上が総人口の25%以上となり、世界に類を見ない超高齢化社会である日本で、健康維持、生活習慣病予防などへの関心の高さから、ユーグレナが高質のタンパク源、ビタミンなどの多くの栄養素源としての食糧やサプリメントとして必ず活用されると考えています。
しかし、食料か燃料かという二者択一の質問に答えるならば、燃料としての扱いがより重要になると思います。というより、バイオ燃料としてのユーグレナの利用に真剣に向き合っていく必要があると思います。日本がこれからバイオ燃料の分野で世界のトップを走るためには、なんとしても微細藻類の先頭を切って、ユーグレナを使わなければならないと思っています。 ユーグレナが作るワックスエステルはジェット燃料に適しているのですが、この特性を充分に生かすことができるかが勝負です。今、本気にならなければ、藻類全体のバイオ燃料への活用としての流れが縮んでしまって、世界的な競争にも出遅れてしまうのではないでしょうか。
~辻学長が合流~
辻学長:今、近畿大学農学部には何名くらいの教員・学生さんがいらっしゃるのですか?
重岡先生:教員数は約90名、学生数は学部生、院生を含めて約3000名です。卒業生の約2割が大学院(他大学も含めて)へ進学しています。
辻学長:「農」と「食」の結びつきについてどのように考えておられますか?
重岡先生: 「食」と一言で言っても、たくさんの分野があります。農学部の卒業生のうち40%以上が「食品」や「栄養」に関連する企業に就職しています。それと、“農学部“という言葉を維持していることで、”我々が生きること”に関する、また世界の国々が抱える農学に関する諸問題を「環境」「生命・健康」「食糧」というキーワードで、産業的利用をはじめ、社会的な応用を意識した、基礎から実学までの研究ができることを自負しています。
辻学長:「流通」など食に付随する分野はどうでしょうか?
重岡先生:今、農林漁業生産と加工・販売の一体化などいわゆる6次産業と呼ばれているものに注目が集まっています。ただ、6次産業に取り組むにあたって、1次、2次そして3次産業について、特に、農学部に1次産業としての農・水産物の生産に基盤を置いた成果の蓄積があることが、食の流通分野での発展に大いに貢献にできると感じています。実際、我々の農学部に応用生命・バイオ・食品栄養(管理栄養)の分野に加えて、クロマグロの水産はもちろんのこと、農業生産や環境管理などの分野があることが強みです。そして現在、さまざまなアグリビジネスの分野へ多くの人材を輩出しています。
辻学長:農学部として奈良県と協定を締結されたとうかがいました。具体的にはどのような取り組みをされているのですか。
重岡先生:昨年から奈良県の地域社会の形成と発展、それらに従事する人材の育成を図るために、包括協定を結んでいます。具体的には、「農の入り口」モデル事業として農業への新規参入者、将来、農業に従事したい、農業の担い手になりたいと思う近大生を確保できるプログラムを進めています。 特に女性の従事者に期待しています。それで学部としても、農学系女子(ノケジョ)が学部生の40%を占めていますが、この割合を50%まであげたいと考えています。 他には、食育を介した幼児向け運動・スポーツプログラム、そして奈良県南部の森林の維持管理・活用(フォレスト・アカデミー)などに取り組んでいます。さらに、AIなどの最新技術を使った新しい農業形態(ユニバーサル農業)の試みも始まっております。これらを通じて奈良県とともに、これまでの農業のイメージを変えていきたいと考えています。
■リンク
【取材日:2017年11月7日】
【取材】
天田 克己 大阪府立大学院生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 博士前期課程1年
松原 裕樹 大阪府立大学院生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 博士前期課程1年
西本 歩紗 大阪府立大学生命環境科学域 応用生命科学類 4年
西野 寛子(広報課)
※所属は取材当時