医療や福祉をはじめ様々な分野で活躍する作業療法士。作業療法の「作業」とは、食べたり、入浴したり、家事をしたり、仕事をしたり、あるいは余暇を楽しむといった人の生活においてごく当たり前に行われるさまざまな活動のこと。つまり作業療法とは、そういった「作業」を行えるよう支援するリハビリテーションです。その対象となる領域は「身体障害」「精神障害」「発達障害」「老年期」と幅広く、様々なシーンで活躍が期待されています。
大阪府立大学の総合リハビリテーション学類 作業療法学専攻(地域保健学域)は、世界に通用する高度な技術と人間性を持った作業療法士の育成をめざしています。身体の仕組みと働き、発達、活動、暮らしに対する理解を深め、さらに4年間を通して行なわれる豊富な演習・実習によって、高度な専門技術や対象者の立場に立つことのできる豊かな人間性を段階的に育んでいきます。また、現場での活躍にとどまらず、作業療法の発展により貢献するための研究能力も育てていきます。
作業療法ゼミナールは、各学年の学生アドバイザーが担当しています。今回紹介する「作業療法ゼミナールII」は、2年次配当の授業です。立山清美講師、小島久典講師が担当し、2年次末に行われる4日間の病院などでの実習に向けたオリエンテーション、具体的な準備、必要なリスク管理の知識・技術を学びます。
取材にうかがった回では、2限と3限の2コマを使って4年生が演じる模擬患者に対する検査測定実技が行われました。これまで学んできた知識と技術が実際に患者と対面した際に活かせるようしっかりと身についているか確認できる機会です。
行われる実技は全部で4つあり、それぞれが別の教室で行われます。学生たちも4つのチームに分かれ、順に部屋を回っていきます。それぞれの部屋で待つ模擬患者役は同じ専攻の4年生。割り当てられた時間は実技後のフィードバックも含めて20分というスケジュールです。
授業は、受講者全員が集まってのオリエンテーションから始まりました。2年生は和気あいあいとしつつもみな少し緊張した面持ち。一方、4年生は2年前の自分たちと向き合うように朗らかかつ真剣な様子。担当教員の立山先生と小島先生から実習全体の流れの説明、2年生に対する簡単な留意点が述べられます。そして全員で「エイエイオー!」と声を上げ、チームに分かれてそれぞれの教室に向かいます。
1つ目の教室では、血圧と脈拍、感覚、そして起き上がりの4つの検査測定が行われました。
等間隔に並べられたベッドに、検査を行う2年生と模擬患者の4年生が2人1組になってスタンバイ。そして先生の合図とともに一斉に検査が始まりました。
「それではゆっくりと横になってください」
「血圧から測っていきますね」
「寒くないですか」
病院で誰もが体験したことのある検査の風景です。
2年生は実践さながらの振る舞いで、さらには着用している白衣のせいもあって、すっかり新人の作業療法士のようです。
一方、模擬患者はジャージなど動きやすい私服姿。この日の模擬患者は「80歳代前半、脳出血による片麻痺、構音障害」という設定なので、少しゆっくりとしたぎこちない動きです。しかし、2年生が間違いをしたり動きが止まったりすると、その瞬間に4年生にもどって、優しくアドバイスをする様子がとても印象的でした。
2つ目の教室では、「ブルンストロームステージ」と呼ばれる中枢神経疾患による片麻痺の回復度合いを判断する検査と、車椅子から椅子への移乗介助が行われました。
実技の手順は、まず車椅子に座っている患者を椅子に移乗させ、ブルンストロームステージの一連の検査を行い、そして再び患者を車椅子へと移乗させます。
車椅子の移乗介助は、2年生はこれまで気心の知れた同級生同士で何度も行ってきたそうです。しかし相手が模擬患者役の4年生になると、なかなかうまく行きません。人によっては車椅子の足置きに患者の足を引っ掛けてしまい、危うく転倒させてしまいそうな場面も。そんな時は一度実技をストップさせ、何が失敗の原因であったか4年生からアドバイスを受けていました。
ブルンストロームステージは、患者自身の力によって手や足をどれだけ動かすことができるかを検査していきます。「左の手でグーパーはできますか」「手を後ろに動かすことはできますか」「足を手前に引くことができますか」
そうした問いかけに患者が動作で応えるたびに、笑顔で「ありがとうございます」と寄り添うように声をかけている様子が印象的でした。
3つ目の教室では、「HDS-R」という認知症のスクリーニング検査と「線分二等分検査」という半側空間無視を評価する実技検査が行われました。
HDS-Rは、口頭での質問により行われます。そのため教室にはこれといって特別な器具などはありません。ただ、どこの教室にでもあるよう長机に模擬患者が1人ずつ待機し、そこに先生の合図とともに2年生たちが入ってきます。2年生は患者に緊張感を与えない適切な位置関係を見定め、さりげなくその位置を確保します。
2年生:「いくつか質問させていただきますが、いいですか」
患者役:「ええよ」
2年生:「お歳はおいくつですか」
患者役:「歳は……81」
2年生:「今日は何年の何月何日、何曜日ですか」
患者役:「平成29年……」
2年生:「何月何日かお分かりになりますか」
患者役:「12月の……20日かな」
2年生:「何曜日ですか」
患者役:「……日曜日やな」
このやり取りこそが「HDS-R(長谷川式認知症スケール)」と呼ばれる認知機能の検査です。質問は全部で9つあり、質問だけではなく、答えを待つ時間や答えられなかった際のヒントの出し方なども明確に決められています。
しかしこうした検査方法の詳細を覚えることと同様に、いかにして患者に不必要なプレッシャーを与えず、本来の能力を発揮できるようにするかも検査を行う上で求められる技術です。この点に対して2年生はまだまだ経験不足で、実技後のフィードバックでは4年生からさまざまな具体的なアドバイスが聞かれました。
そして4つ目の教室では、「ROM(関節可動域測定法)」「MMT(徒手筋力検査法)」という、関節の可動域と筋力を測定する検査が行われました。
車椅子への移乗と同様に、「ROM(関節可動域測定法)」は患者との接触が大きく、経験値の差が明確に見て取れました。検査を行う2年生は、チェック項目を書いた紙を一つ一つ確認しながら、自分と患者の位置関係や動作をひとつひとつ確認しながら進めていきます。それでもふとしたきっかけで検査の流れが止まってしまうこともありました。
しかし、失敗はなによりも大きな経験です。2年生はみな新しい課題を見つけ、目前に迫った臨床実習に向けて気持ちを引き締めているように見えました。
全ての実技が終了した後は、チームごとのフィードバックが行われました。
2年生からは「教科書通りじゃないということをあらためて感じた」「想定外のことが起きるとまだまだ対応できないということを知った」「練習時にできていたことがなぜかできなかった」「ひとつひとつの練習も必要だが、もっと検査の全体の流れをイメージする必要があると感じた」など、多くの気づきと反省の声が上がりました。そして4年生からは、さまざまな具体的な指摘とともに、温かい励ましの言葉がかけられていました。
【取材日:2017年12月21日】※所属・学年は取材当時